「Hey,you!Do you know the way to the radio station?My fellow wait!」
「………」
驚いた。冗談抜きで驚いた。仕事帰りにのんびりと散策をしていた最中、少年は青天の霹靂として俺の目の前に姿を現した。心の準備?そんなものあるはずがない。この国で暮らす多数の人物は日本語しか話せないのである。
早口の英語で何かをまくしたてた少年を一瞥するも、俺の口は全く動かない、否、動かすことができない。これでも一応常識的な英会話くらいはわかっているつもりだが本場の早さには耳がついていかなかったようで、はっきりいって少年が何を言いたいのか理解が出来なかった。
「……Sorry,please speak slow?」
自分より随分小さな少年の赤い目を覗き込んで全く聞き取れなかったという旨をたどたどしい英語で伝えると、彼は聞き分けが良いようで僅かばかりテンポを落として喋ってくれた。
「I want to go to the radio station,please tell me!」
「……ああ、なるほど。ええと……follow me」
「Oh,thanks!」
今度はちゃんと理解出来たので、案内をするために軽い指示を出す。言葉が通じないのならば口で説明するよりこの方が確実だ。早速ラジオ塔へ連れて行こうと足を踏み出すと彼も駆け足気味に後を追いかけてきた。
道幅の広い道路を並行に歩きながら、尽きぬ言葉を並べ立てる異国の少年の容姿を確認してみる。活発な赤の眼と癖の強い白髪はそこまで外国を感じさせるものではなく、身に着けているものも俺達とそう変わりはない。それなのに、その唇からこぼれる言の葉は日本語とは確実に違う響きを持っていて、なんとなく不思議だと感じた。
視線を体から瞳に移した時、好奇の色を帯びた赤目と交差する。あの人の瞳の色と同じだ、意味もないのにそんなことを考えた。
「Huh?」
「ああ、いや。No,problem」
返答すれば、にっこりとそれはそれは元気一杯な破顔一笑。思わず此方もつられて口元を緩めれば、何を思ったのか俺の腕を引っ張ってまた異国の言葉を口走る――しかも、とんでもないことを。
「Hurry!I like you,I'll introduce!Let's go Issu!」
「ん、何………え?」
その内容に、一瞬呆けた。唖然とした。何に驚いたって、出会って数分の男に渡米しようと持ちかけてきた彼のその類い希なる精神にである。もしかしたらこの子は我が家の面々よりもぶっ飛んだ思考回路を所有しているのではないかと思う。そりゃ経験の一つとして外国に行ってみたいと思ったりするが、こんな形で渡米とはいくらなんでも唐突すぎやしないだろうか。大きな目を見てみると、無邪気そのものといった体で此方を見つめ、未だに腕を引っ張り続けている。
「Hurry,Hurry」
「いや君、ちょっと……」
「Shionー!Megyuー!I take new menber!」
「勝手に話進めんな!」
人を急かしたかと思ったら今度は勝手に駆けていき仲間と思われる人物名を叫ぶ。まだ数分の付き合いだが彼の人となりは奔放極まりない振る舞いを見ただけでよくわかった。ようするに、自由人か。これは困った人種に話しかけられてしまった。
(まずいな……さっさと帰らないと)
賢明な判断をした俺は、踵を返して帰路へ向かおうとした――が、コートの端を掴まれ、引き止められる。遅かった。観念して首だけを動かし、少年の方を確認する。彼は、期待に満ちた瞳で小首を傾げ、じっと俺を見上げている。
「Come?」
「……maybe,I can't」
事実を述べたら、きっと状況が悪化するのだろう。だが、こんな純粋な瞳に嘘を吐けるものか。こうとしか答えられない。
少年の瞳が拗ねたように細められる。ああもう仕方ない、こうなったら何でも来い。俺は瞳を閉じて、少年の二の句を待った。
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