「いやぁ、それにしても綺麗というか……やっぱりああいうものを見るのは楽しいね」
「そうですね……まあ、俺達は行事にあまり関心が高い方ではないですが」
「そんなこと言って、君はクリスマスとかバレンタインとか楽しんでいるじゃないか」
若いとはいいね、と年寄りめいた言葉を付け足して、隣の家――というよりは研究所と言った方が正しいであろうか、そこの住人であるレムさんは僅かに残っていた紅茶を徐に喉へと流してからカップを机に置き、目尻を微笑まし気に下げた。暗に彼との関係のことを言われているのだと気付いた俺はその母親のような慈愛溢れる瞳に堪えきれず、嬉しさ半分照れ半分、そういった心境で視線を横へとずらす。視界には冷蔵庫にセロテープで貼られた、赤丸だらけの今月のカレンダー。本日の日付のところには何も書かれていない。
「ハロウィン、か……」
「おや、少し興味を?」
「いや、今日は依頼がないので……でもあまり詳しくないので、何をしていいかはわかりませんが。俺には仮装とあの有名な言葉しか思い浮かびませんね」
「じゃあ、そんな君に朗報を一つプレゼントしようか」
眼鏡の奥の瞳を細めながら珍しく悪戯に笑う男性に、眉尻が上がる。彼が一体何を言おうとしているのか、あまり想像がつかない。そんな俺の反応に満足したのか、彼は嬉しそうに口を開いた。
「今夜、ラジオ塔でハロウィンパーティーを開催するらしいんだ。勿論皆仮装でね。そのパーティーは人間もポケモンも出入り自由、お菓子も食べ放題の上にクルミちゃんのハロウィン特別放送も生で聴けるらしいよ」
「……凄いイベントですね。ハロウィンはそんなに浸透してたんですか……」
「さあ、そこは情報戦の勝利といったところじゃないかな」
そう言ったレムさんの顔が随分楽しそうで、此方もつられて笑みを形作る。そうしながらも、頭の片隅で仲間の面々を思い浮かべ、検討を始めてみた。仮装なら、貴六は楽しめるかもしれない。常日頃から理解に苦しむ奇抜な服装を、全く笑えないというのにボケとして着る男だ、きっと趣味全開の服装をしてくれることだろう。あまり見る側としては喜ぶべきことではないが。
(あとは道雪や弥九郎も好きそうだな、一応声かけとくか)
そこまで考えて、ある問題にはたと思い至った。それは、一番一緒に行きたい人が、絶対に同行してくれなさそうという、事実。想い人はあまりこういう事に関心がない、バレンタインなども此方が勝手にやっているだけという節がある。そんな彼にパーティーのお誘いをしたところで一蹴されるだけのような気がするし、実際そうなるであろうことは容易に察することが出来た。
(お菓子とかあるから、政景さんには向いてると思うんだけどなぁ……ああいう雰囲気は苦手そうだし)
ダメ元で誘ってみようかと迷っていたら、突如上品な笑い声が客人の方から聞こえてきた。不思議に思いレムさんを見れば、案の定目縁を線にして笑っている男性の姿。何が可笑しいのか。頭の中でそんな問いを浮かべていたら流石エスパータイプといったところか、まるで心を読んだかのように疑問の回答をしてくれた。
「基継君は、本当に彼が好きなんだね」
「………」
見事なまでに自身の内面が見透かされているというか、よく理解されている事に気まずさを覚え、また視線を逸らさざるを得なくなる。読心術でも習得しているのだろうか、それともテレパシーの一種か、おそらくそのどれでもなく、ただ単に俺の顔が感情を露出しすぎなのだろう。その事実に打ち拉がれた。
「まあ、そういうことだから楽しんでくるといい。それじゃあ私はこれで」
「あ、ちょっと……」
立ち上がり、隣家に戻ろうとする長い金髪を呼び止める。が、彼は小さく笑って手を振っただけで、直ぐに玄関の方へと向かってしまった。一人、残された俺は、二階の部屋にいるであろう想い人の姿を思い描いて、胸を心地よい痛みに晒す。衝動的に、彼に会いたくなってしまった。
(……とりあえず、誘ってみるか)
僅かでも喜んでくれる可能性があるのなら、其方に賭けるしかない。そのついでにあいつらにも声をかけてやるか。結論の出た俺はゆっくりと立ち上がって、一つ伸びをしてから廊下の階段へ向かい一歩を進めた。
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