現在自らが置かれている状況に、王鞍の頭は白一色となった。急激な心拍数の上昇により脳は正常機能を失い、感情の整理が付かなくなる。
目の前には不機嫌極まりないといった様子で眉をひそめているチームのリーダー、揺武の碧眼があり、細められたそれは真っ直ぐ彼を突き刺している。身動きをとろうにも手首は絡め取られ、ビルの壁に押さえつけられているので微動だにできない。炎を操るこの青年は草木の力を有する王鞍にとって天敵と言っても良い存在である。いたたまれない状況に彼は瞳を濡らすことしかできなかった。
どうしてこのような状況になったのか、恐怖に震える心で考える。キンセツシティに着いて、自由行動の許可を主人から得て、それから揺武に声をかけられたのだ――俺と来い、と。その提案を断ったらこうなった。一連の流れを想起するもこれだけではどういうことなのか全くわからない。王鞍は目尻から頬へ涙を伝わせ、力無く首を振った。

「やだっ、……離して」

「うるせえ」

か細い声で拒むも、それをかき消す程に力のこもった言葉に、王鞍は口を噤まざるを得なかった。先ほどよりも力強く握られている手首はそこから燃やされてしまいそうなほど熱を持っている。触れる体温が目の前の男の感情そのものを体現しているようだった。
それから、両者の間に暫しの沈黙が流れた。交わる視線はそのままに、口を閉ざし微動だにしない二人の様子は異質極まりない。
寒波を誘う秋の風が草木を語らせ、茜色の空に溶ける。王鞍は、どうすれば良いかわからずに眉を歪めた。眼光鋭い幼なじみの青が心臓に直接突き刺さるような、奇妙で恐ろしい感覚に襲われている彼の精神に安寧はない。一体相手は何がしたいのか、そこがわからない王鞍はついに精神的負荷に耐えられなくなり、瞳を閉じ、交わる視線を拒否した。
――その時、遠くから二人の名を呼ぶ少女の声が聞こえた。紛れもない、彼らの主人の声である。いきなり名を呼ばれて動揺したのか僅かに男の力がゆるむ。王鞍はその隙に乗じ、拘束から逃れた。鋭い視線に貫かれて体を震わせるも、控えめに口を開き、芯のない声を漏らす。

「も、もう、行かなきゃ……」

逃げる言い訳を告げるや否や、感情の整理もつかぬまま彼は駆け出した。手首はまだ熱く、掴まれた感覚が呼び起こされる。痛い、と叫んでいた。それが何処のことを差しているかは本人もわからない。男の奇行の理由についてもまた同様であった。
一方、揺武は、彼の背を追わずその場で立ち止まっていた。緑髪が遠くなって行く様子をじっ、と見つめた後に、こぼれたのは一つの舌打ち。歪んだ眉根はその胸の内を一寸違わず表していた。
碧眼をビルの壁に向け、拳を叩き込む。外気に晒され続けているそれは秋の空気に冷やされ、拳の熱を吸い取った。

「……どんだけ、俺が嫌いなんだよ」

普段の覇気に満ちた声音とは程遠い、小さな言葉が空気を震わせた。秋風が金の髪を揺らし、色鮮やかな木の葉を舞わせる。赤と茶の枯れ葉は天へと舞い上がり、やがて揃って地へと重なった。
もうすぐで、夕暮れの頃合いである。


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