あの人の珍しい泣き顔に申し訳なさよりも喜びが先走ってしまいました。
その上薄い形の良い唇の間から発せられた予測不可能な不意討ちに頭を横殴りにされたような気さえする。
頬を伝う感情の証が綺麗で彼という存在自体が一種の芸術品のようで――心の中の十字に懺悔する、これは紛れもない悪事で自らはどうしようもない馬鹿野郎なのだと。
でも、それでも俺はこの人のことを無意識に傷つけてしまうのだ。
「っだから……好きだと言ってるだろうが……!」
俺の胸元を掴むその手は少し震えていて、涙が彼の赤を宝石みたいに輝かせている。
なんでこうも彼の泣き顔は綺麗なのだろう、怒った顔も笑った顔も可愛いけれどもしかしたら一番好きなのは俺にしか見せないこの顔かもしれない。
だってあまりにもその姿が綺麗で可愛すぎるから。
(……俺は異常なのか)
自分では別にそういう性癖をもっていたつもりはなかったのだけれど。
この人の全神経が今俺に注がれているのだと錯覚してしまい思わず小さな独占欲が奥底でふつふつと沸き上がってくる。
隅々まで愛したい、もっと可愛い顔がみたい、この人は俺のものだと証明したいと思うこの欲求。
これが異常か、ならきっと皆異常だ。
知らぬ間に常識が狂い狂っていつかこれが普通に代わるのだろう。
「政景さん」
彼の泣き顔を見つめて、出来る限り優しく笑う。
相対的な表情をしてる互いがなんだか可笑しい。
根本にある感情は二人同じなはずなのに。
「俺も、大好きだから」
もっと泣いてほしい、と。
喉元まで這い上がってきた本心を飲み込み泣かないでくれと頼む。
彼には救いようのない俺の本音を知らないでいてほしい。
これは俺の願望であって彼のそれではないのだ。
「笑ってくれないか」
だから俺は言葉を選び、この人が好きな表情で、この人が望むことだけを口にする。
嘘つきなどと言わないでほしい、これもれっきとした愛なんだ。
誰だって好きな人には幸せでいてほしいもので、俺だってその辺りは一応常識的なつもりである。
「愛してるんだ」
願わくは、もっと泣かせてしまいたい。
俺だけにこの感情の起伏を見せて、俺だけに心乱されてしまえばいいとすら思う。
「あんたの笑顔が好きだ」
あんたの泣き顔が好きだ。
「優しくしたい」
酷くしたい。
「そう思ってるのは俺だけじゃない」
そう思うのは俺だけでいい。
延々続く反意語の連鎖。
裏表の本音と偽りになすすべもない俺は、ただ彼を酷く愛してるのだということだけを改めて知った。
――ああ、本当に俺は愚劣な男だ呆れた男だ。
この馬鹿げた仕組みの脳は惚れた相手一人すらまともに愛せやしないのだ。
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