パシオのお昼時、昼休憩中のアオキは街中のベンチでカブと昼食を楽しんでいた。ベテラントレーナーとの交流会の一件以降、アオキとカブは懇意の間柄となった。二人で食事処や温泉に赴くことも今ではすっかり恒例行事と化しており、その交友関係はお互いの同僚にも知れ渡るほどだ。
「ああ、そういえば」
 食事を終え、水筒の蓋を閉めようとするカブが思い出したように呟いた。
「どうしましたか、カブさん」
「いや、週末にガラルの皆でテレビ局の取材を受ける予定だったのだが、彼方でトラブルがあったらしくてね。別の日に変更になったんだよ」
「そうですか」
 アオキは昼食のおにぎりを味わいながら相づちを打つ。元々雑談の類いは好まないアオキだったが、相手がカブなら話は別である。会話を膨らませるべく、最後の一口を飲み込んでからアオキは訊ねた。
「……差し支えなければ、どう過ごされるのか聞かせてもらえますか?」
「そうだね、午前中はいつも通りトレーニングに励むが……午後には久しぶりにマルヤクデたちとキャンプをしようかな!最近のガラルではキャンプの時にカレーを作るのが定番なんだ」
「カレー……良いですね」
 アオキは直径15センチはあろう五個目の特大爆弾おにぎりを開封する手を止めて、以前見かけたグルメ雑誌の記事に思いを馳せた。その記事ではガラルのカレー作りが紹介されており、個性的なオリジナルカレーや食べ応えのある大盛カレーの写真があわせて掲載されていた。どれもが大いにアオキの食欲を刺激する。今しがた思い出すだけでカレー風味のホットスナックも購入しておくべきだったと軽い後悔を呼び起こす程には。
「そうだ!興味があるならアオキくんも一緒にどうだい?」
「自分が、ですか……」
「いつもお世話になっているし、アオキくんが来るのならはりきってカレーをご馳走するよ!」
「…………」
 告げられた提案を皮切りにアオキの長考が始まった。
 ──非常に行きたい。キャンプには特段興味はないがカレーには食指が動く。よしんばカレーがないにせよ親しいカブと過ごせるのならば悪くない。パシオにおいてカブはアオキが気を許す数少ない人間だ。彼との時間は非常に安らぎ、居心地がいいだろう。さらに今回はそのカブの手作りカレーを堪能する貴重な機会である。これは是非とも同行したいとアオキは願った。
 しかし残念なことにアオキには仕事がある。一般的に会社勤めのビジネスマンは週末が法定休日に該当するケースが多いが、パルデアリーグではジムリーダーを中心に取引先の殆どが自営業であることが影響し、営業職には固定休が定められていない。そして今回はたまたま週末が出勤日だった。現実は非常である。
 ではあっさり諦めるのか。いいや、カブの誘いを断るなどもったいない。自身の中に食べ物以外のなにかを惜しむ気持ちがあったことに新鮮さを感じながら、アオキは表情には尾首も出さず悩む。
「アオキくん?」
 黙りこくったアオキの様子を案じてカブは控えめに呼び掛けた。その声を聞きながらもアオキは思考を止めない。別日に調整してもらうか、それとも何か代替案があるか。
 数分の長考の末、無表情のままアオキは閃いた。
「……少々お待ちください」
 思い立ったが吉日、アオキは傍らに置いていたビジネスバッグからスマホロトムを取り出しおもむろに電話をかけ始めた。相手はパルデアリーグのトップチャンピオン・オモダカ、アオキの直属の上司である。
「……お疲れ様です、トップ。ええ、はい……その件は午前中に完了しました。それで……」
 業務報告もほどほどに本題へ入る。
「今週末は出勤する予定でしたが、私用により有給を使わせていただきます」
「アオキくん!?」
 思いがけない行動だった。まさかアオキが目の前で休みを取ろうとするとは想像してなかったカブはつい声を張り上げてしまった。なにもそこまでせずとも良いのでは、と引き留めようとするがアオキはそれを手で制する。
「後ほど就業時間内に改めて申請を……私用の詳細?……言う義務はありませんので。……はあ、そうですか。しかし有給は使いますので。それでは失礼します」
 上司との会話を半ば強引に終わらせてアオキはカブに向き直った。
「お待たせしました。是非ご一緒させていただきます」
「ああいや、それはいいけれど……」
 スマホロトムをバッグに戻しながらしれっとのたまうアオキとは裏腹に、カブは彼を案ずるように見上げる。
「そんなにいきなり休んで、お仕事は大丈夫かい?」
「まあ、大丈夫でしょう。どのみちもう決めたことなので……」
「だけど、……」
 カブは珍しく言い淀み、嘆息した。どうやら彼には何かしら思うところがあるらしく、諭すように言葉を続ける。
「アオキくん、無理はしなくていいんだよ?」
「無理……?」
「いつもぼくを誘ってくれるのはとても嬉しいが、そこまでして気を使う必要はない。君が自由に使える貴重なお休みなのだから、君が有意義に過ごせるタイミングで休むといい。わかるね?」
「…………」
 それはアオキを慮っての発言であろう。優しい声音で窘めるカブに、しかし彼は言葉を返さなかった。いつもの無表情でただカブの目を真っ直ぐ見つめた。その瞳は墨のように漆黒で感情が読めず、カブは息を呑んだ。思わず反射的に名を呼ぶ。
「アオキくん?」
「……カブさんは、御存じないようですが」
 言葉と共にアオキはそっとカブの手をとる。己に比べて小さなその手を握り止め、指の腹で撫でる。慈しむように、ゆっくりと。
「あなたと過ごす休日以上に、有意義な時間は自分にはありません」
 淡々とアオキは断言した。その通りだった。彼は何も無理などしていない。彼を苦しめるのは上司の無茶振りだけで、後はただ自分のしたいように生きている。
 そして、カブに対してもそれは変わらない。
「自分はあなたと居ると、たまらなく生きた心地がするのです」
 アオキはいつだって、本心だけをカブには伝えているのだ。

 それはまるで愛の告白のようで。目の前のカブの顔を頬から耳に至るまでくまなく赤く染め上げた。カブはなんだか恥ずかしくなってしまいアオキの黒い瞳から目をそらす。
「ええと……君は、意外と熱烈だね?」
「……?なんのことでしょう」
「いやなんでもない!すまない、余計な気を回してしまったね!」
 波打つ心臓から沸き上がる熱を誤魔化すようにカブは真っ赤な顔でへにゃりと笑った。アオキが最も好ましいと思っている顔だ。つられて彼の表情も和らぐ。
「そういうことなら、ぼくからはもう何も言わないよ。是非一緒に行こう!」
「……では、詳細に関してはまたメッセージで調整するということで」
「そうだね!折角お休みをとったのなら楽しまないとだ!」
 そうしてお互いに、晴れ渡った気持ちで週末の約束を交わした。
「……ところで、そろそろ手を放してくれるかな?ちょっと気恥ずかしくて……」
「……いつの間に……」



 一方その頃、宿泊施設の一室にて。
「…………」
 パルデアリーグのトップチャンピオン・オモダカは通話を終えて真っ暗になったスマホロトムの画面を書類片手にじっと見つめていた。
 オモダカの知るアオキは仕事への熱意に欠けた向上心のない男であった。しかし普通であるというポリシー故かはたまた面倒事を避ける為か、彼は決められた就業時間はよく守り有給休暇に関しても余裕をもって申請する。その彼が急遽私用で休みを取るのは今回が始めてだった。
 アオキが予想外の行動に出た理由は告げられなかったが、オモダカには察しがついていた。パシオで知り合ったガラルのジムリーダー、炎タイプの使い手カブ。彼にアオキはかつてないほど心を許している。きっと何かに誘われたりしたのだろう。二人の交流がガラルリーグとの友好関係を築くパイプの一つになるのならばオモダカとしても歓迎である。
 何より、ああも普通であることに固執した男が知ってか知らずか、今までしなかった行動を取るようになった。些細なことだが、それはオモダカの目には紛れもない進歩に映っていた。
(あの交流会に参加させて、本当によかった)
 手がかかる部下の変化にオモダカの口元は綻びた。

 ──それはそれとして、仕事は山ほどある。日中彼女が宿泊施設に滞在しているのもひとえに事務作業が積もり残っていたからであった。週末の出勤が無くなればその分皺寄せが週明けに襲ってくる。これはいつもより多めに回す事になるだろう、傘ではなく仕事を。
「……来週の働きが楽しみですね、アオキ」
 そう呟くオモダカの優雅な微笑みは、しかしどこか空恐ろしかった。


終わり

アオキさんはカブさんに対しては思ったことそのまま率直に伝えてほしいしその内容が「もう好きじゃん!?」って熱量だといい。アオキさんには何気ない一言でカブさんを真っ赤にさせてほしい。アオカブハマりすぎてて吐きそう。


おまけ

 待望の週末がやってきた。空模様は晴天、絶好のキャンプ日和である。
 キャンプ地である町外れの森へと向かうアオキは柄にもなく、そして自覚なく浮かれていた。普段のスーツ姿とは異なるカジュアルなワイシャツとスラックスに身を包み、猫背は相変わらずだがいつもより少しだけ足取りが軽い。本日はバディーズとしてではない外出のため、ノココッチだけでなく未だバディーズ登録をしていない手持ちポケモン達も連れてきた。カブが望むなら一戦交えることもやぶさかではない。久々のお出掛けにポケモン達も意気揚々だ。
 しかし集合場所へ向かう道中、カブからメッセージが届いた。
『アオキくん!今日のキャンプ、ユウリくん達が飛び入りで参加したいと言っているけれど大丈夫かな?』
 ユウリといえばカレーをこよなく愛する少女と伝え聞いている。おそらくはカレーを食べられると耳にしてカブの下に馳せ参じたのだろうと察した。
 望まぬ人付き合いは好まないが、不必要な衝突も避けたい。アオキは返事を入力する。
『お気遣いありがとうございます。自分は構いません』
 送信ボタンを押した後、アオキはしばらく棒立ちのまま、ゆっくりと空を見上げる。雲一つ無いさわやかな青空が視界一面に広がった。
(そうか……今日はカブさんと二人きりじゃないのか……)
 そんなことを考えていたら、段々と落胆が胸中を占めていった。突然の客人を拒絶するほど狭量ではないが、気心の知れたカブと二人きりの方が安らぐことは事実である。
 アオキは思った。折角ならば、彼との時間は二人が良い。食事を共にし、他愛ない言葉を交わしたい。彼の落ち着いた、優しい慈しむような声で、自分の名前だけを呼んでくれたなら。それはきっと何物にも替えがたい幸福だろうと感じた。
 カブのことを考えていたら胸の内で会いたい気持ちが強くなった。自然と足が動き出す。
 ──また今度、二人でキャンプをしませんか?
 合流したら訊ねてみよう、気が早いかもしれないが。珍しいことに、いつの間にかアオキの口角は上がっていた。

 アオキは胸に湧いてきたこの感情の正体をまだ知らない。それに気付くのはもう少し先の話である。



戻る/トップページへ