できてるアオカブ。






 不意に、アオキはカブに問いかけた。
「……自分は、カブさんに甘えているのでしょうか」
「えっ」
 カブは目をぱちくりさせながら現在のアオキの状態を眺めた。ここはパシオの宿泊施設の一室。アオキは今、仕事終わりにスーツの上着を脱いだラフな姿でソファーの上に寝転んでいる。
 もっとも、ただ横になっているわけではない。アオキは同じソファーに座るカブの鍛えられた腿に頭を預け、仰向けの状態でカブの顔を見上げていた。つまるところ膝枕。主に親しい間柄でしか行われない体勢。業務以上には他人と関わることがない普段のアオキからは想像がつかない姿である。
 ──これを甘えていると言わずしてなんと言うのか?
 カブは質問に質問で返した。
「アオキくん、もしかして自覚してなかったのかい?」
「はあ、まあ……先日、チリさんに指摘されるまでは全く」
「……なるほど」
 アオキは図太かった。あまり自身の振舞いを省みたことはない。しかし、同僚である彼女に「ちょいカブさんに甘えすぎちゃいます?気ぃ抜いとるといつか見限られんで」と苦言を呈された際、少しだが、ほんの少しだがひっかかった。もしかしたら自分は知らず知らずの内に恋人を振り回しているのではないかと。
 とはいえ夜を徹して悩む質でもなかったので、こうして変化球無しの直球で本人に訊ねた次第である。
「それで、どうでしょう」
「ははは!そりゃあ、思ってるよ!」
「そうですか……」
 いい笑顔であまりにもさらっと同意されてしまい、暫し嘆息した。

 アオキの信条とは『普通』でありシンプルであることだった。地道に無理なく出来る範囲で出来ることを着実にこなし、平坦な人生を歩むことを良しとした。この世を劇場と見なして、舞台の中心でスポットライトを浴びるスターがいるのならば、アオキはそれを眺める観覧の客かはたまた裏方でありたい男だった。
 しかし周囲の人間はそれを許さなかった。あえて理解しようとはしなかった。それほどまでに、アオキには天賦の才が備わっていた。ノーマルと飛行、異なる二つのタイプ統一パーティーをそつなく使い分けてジムリーダー業と四天王業を兼任できる人間はパルデアに限らずそういない。ましてや、『上司の命令だから』という後ろ向きかつ受動的な理由などでは。その底知れない才覚を目の前で見せつけられた者の中には、ふてぶてしく平凡を語るアオキに複雑な感情を抱いた者も少なくなかったはずだ。本気になれば何処まででも高みに至れる可能性があるのにどうして、と。
 そんな中、アオキの信条を認め、肯定してくれたのがカブである。己のポリシーを伝え、正面から受け入れてもらえたのはアオキの人生で初めてのことだった。
 アオキは人に受け入れられる喜びを知ってしまった。受け入れてくれたカブのことをもっと知りたいと思った。生涯を通して隣に居て欲しいと願った。誰かを強く渇望するなど初めての経験だった。まさに、恋だった。

 そして今、想いが成就してこのような関係に落ち着いたのだ。アオキはこの男を万が一にも手放したくなかった。
「君が人の言葉を気にするなんて珍しいね」
「まあ……彼女の言うことにも一理あったので」
 アオキは腕を額に当てて目を瞑った。アオキはカブとの関係をお互いに尊重しあった良好なものと捉えていた。しかし初めての理解者だったからこそ、無意識に甘えていたのかもしれない。その存在にもたれ掛かりすぎていたのかもしれない。もしもそうだとしたら、あまりに自分よがりな拙い恋である。恋に狂うほど若くはないと思っていたのに、何故。今までには抱かなかった種類の後悔に戸惑いながらも、柄ではない弁解をポツポツと口にする。
「……恋人が出来たのは、初めてなので」
「うん」
「年甲斐もなくはしゃいでいたのかもしれません」
「そうかもしれないね」
「こんな甘えたな男は、嫌いですか」
「まさか!そんな君もかわいくて大好きだよ」
 カブは初めてアオキが信条を伝えたあの日の夜のように、彼を受け入れた。過去に挫折と再起を経験し人生の酸いも甘いも味わい、なお知らないことを学ぼうとするカブの度量は深く柔軟だった。いい歳の男にかわいいは如何なものかと疑問に思いながらもこれしきのことでは動じない恋人の懐の深さにアオキは内心安堵する。
 とはいえ、それも束の間。
「それにね」
 と、続くカブの言葉に耳を傾けた。
「ぼくは少し嬉しいんだ」
「嬉しい……ですか」
「そうだよ」
 意外な発言にアオキは目を開けて頭上のカブを見上げた。カブは温かな眼差しでアオキを見つめ、慈しむような手つきでアオキの頭を撫でている。
「君がこんなに甘えん坊くんになるのなんて、ぼくにだけだろう?」
「…………」
「他の誰も知らないこの姿を独り占めできるのは、恋人冥利に尽きるよ。……なんて、ちょっと恥ずかしいね?」
 そう言うと、誤魔化すようにはにかんだ。温かい日差しのような愛だった。自分とは違い、情愛に狂いそうもない実直な人。いつも安らぎと気力を与えてくれる優しい人。アオキは無表情のまま、おもむろに起き上がり、カブの目をじっと見つめ返す。
「……カブさん」
 名を呼んだ。愛しいこの男に触れたい衝動に駆られた。カブの頬に手をやり、指の腹で彼の人生が刻まれた皺をそっとなぞった。そして、ロマンスグレーの短い髪を撫で上げる。視線を交わす内に、カブの肌に少しずつ赤みが帯びていった。
「アオキくん」
「……嫌いではないのでしょう?」
 アオキはカブをソファーの上に押し倒した。目線が逆転し、今度はカブがアオキを見上げる形となる。いつもは表情に乏しいアオキの顔が、この時のカブには微笑んで見えた。甘えている男の顔をしているように思えた。事実、アオキは甘えていた。
 カブの手を掬い取り、指先に口付ける。次は手の甲に。腕に。段々と唇の触れる位置が口元へと近付いていく。乾いた唇の感触にくすぐったさを覚えながらも、カブの目元は充足感で弛んでいた。すがるように接吻を落とす男が、たまらなく愛おしかった。
「……うん。好きだよ」
 口付けが首に落とされた後は、少し見つめあった。それからカブはアオキの背に腕を回し、体を委ねる。カブの小柄な体はアオキの長躯にすっぽりと覆われて隠れてしまう。抱き合う形になると肌の触れあう面積が大きくなり、布越しに互いの体温がじんわりと混ざる。まるでそうしているのが普通であるかのような深い心地よさを味わった。
「アオキくん。ボクからも一つ、良いかな?」
 抱き合いながら、カブは話しかける。
「なんでしょうか」
「本当にね、大人げないことだけど」
 カブは目を細め、アオキに伝えた。いささか唐突な内容だった。
「二人きりの時は、あまり他の子の名前を出さないでほしいな」
「……それは」
「年甲斐も無く、妬けてしまうから」
 わかるね、と念を押す。微笑みながらもその瞳の奥にはひっそりと炎が揺らめいていた。その言葉の意味するところは、カブもまたアオキと同じであるということ。
 ──お互い様だった。お互いに人生の折り返しに差し掛かる年頃で、老いらくの恋と呼ぶにはまだ若く、されど青い恋に沸き立つには歳を重ねすぎた。それでも、脇目もふらず恋情にのめり込む瞬間がある。長く生きている分、体裁を整えることは立派になっただけで、一皮むけば二人して恋の熱に浮かされていたのだった。
 アオキは自らの振る舞いがカブに影響を与えるとは思っていなかった。そのため彼の言葉に一度は驚いたが、段々と喜びが勝った。カブもまた、たった一度二度別の名を呼ぶだけで悋気を起こすほど同じ感情に侵されているのだ。その事実は想像以上に甘美であり、アオキの心は日々の食事よりも満たされた。愛熱を共有するこの男と生涯を共にしたいと強く思った。
「……今後は、改めるようにします」
「うん、ありがとう」
 恋に落ち、されど溺れすぎないように情愛と情動のきわのみを享受するなど土台無理な話なのかもしれない。平時は落ち着き払った彼らですらこのザマなのだから。
 二人は笑いあった。互いの音しかしない物静かな部屋の中。二人は心行くまで触れあってから、暫くのあいだ熱のこもった眼差しで見つめあい。最後にどちらともなく唇を重ねた。



まだアオカブが脳裏から離れない。イチャイチャが見たくて書いたがあまりに拙く恥ずかしくてしゃあない。

おまけ
特殊編成ボイスを耳にした同僚の感想。



「カブさん、本日はよろしくお願いします」
 カブの名を呼ぶアオキの声を初めて聞いた時、チリは耳を疑った。共に働いている時には聴いたこともないほど嬉しそうで柔らかな声音だった。
 ──何その甘い声?
 ばっとそちらを見やると今度は目を疑った。眉尻を下げて愛おしそうに目の前のカブをじっと見下ろすアオキの姿。表情の動きとしては微々たるものだが普段のやる気の欠片もない面構えを知っている彼女には充分大きな違和感を与えた。何より、目。平時は空恐ろしさすら覚えさせる虚ろで真っ黒な眼が、今はカブだけを映して深い情愛を湛えている。
 ──何その甘い顔?
 顔や声色だけでなくアオキの全身からカブへの好意が溢れ出ていた。一目瞭然と云わざるを得ないほどアオキはカブに惚れていた。意外とわかりやすい、というより本人の主張通りシンプルな男だとは感じていたが、その反応はあまりにも単純すぎるのではないか。チリはいつもと異なる同僚の様子に驚き越えて呆れ返った。
 ──あの男は、彼の前ではいつもああなのか?あんなベタ惚れた目で?周囲に筒抜けの好意むき出しで?
 チリの頭に続々と疑問符が湧き上がる。疑問というより猜疑心に近い。それほどアオキのカブに対する態度は信じられないものだった。
(あのおっさん、メシの時よりイキイキとしとるやんけ……)
 思い返せばアオキはパルデアにいた頃よりもパシオに来てからの方が声に張りがあり血色も良い。カブとの交流で心の栄養が満ち満ちているということか。やかましいわとチリは心中でツッコミを入れた。
 何はともあれ、アオキがカブに並々ならぬ好意を抱いているのは明らかだった。そうなると問題なのは、相手がガラルリーグのジムリーダーであることだ。ガラル地方においてジムリーダーは広告塔の側面もあり、各企業がスポンサーとして彼らのバックについている。そのためスポンサーのイメージを落とす可能性があるスキャンダルはご法度である。特に今まで色めいた噂がろくになかったメジャーのベテラン選手の痴情など、パパラッチの格好の餌だろう。特段ガラルのマスコミ事情に詳しいわけではなかったが、人のゴシップで飯を食う輩は何処も同じであろうと踏んだ。
 あのマイペースな同僚が配慮出来るだろうか。いいや、もう既に出来ていないのを彼女は目にしてしまった。このまま何事もなければ良いが、何事かあってしまったら最悪ガラルとパルデア間の国際問題に発展しかねない。チリは頭を掻く。アオキがプライベートへの詮索を好まないのは承知の上だが、先方に迷惑をかける危険性は流石に看過できなかった。
「しゃあない、チリちゃんが手助けしたるか……」
 戦闘時はさておいて、平素のチリはとても面倒見が良い。パルデア四天王は良くも悪くも個性が強く、彼女の活躍ありきで回っている節がある。特にマイペースが過ぎるアオキのフォローは慣れたものだった。そして今回もまた優先度+5の支援技を繰り出すべく、同僚がカブと別れていつもの調子に戻るタイミングを見計らって突撃した。
 しかし、チリは気付いてなかった。アオキと同じ感情を相手も有していることに。そうやって自分がアオキの世話を焼く度に、誰かの底にある嫉妬を煽るとは、チリは思いもしていなかった。



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