とある日の、青空広がる清々しい朝だった。
目覚めの身支度を終えた僕が相棒のピカチュウを肩に乗せてポケモンセンター付随の宿泊施設から飛び出すと、ちょうど道の向かいにカブさんを見かけた。カブさんはどうやらランニングの帰りのようだ。いつも首にかけている赤いファイヤーパターンのタオルで顔の汗を拭っていた。
「カブさーん!」
ピカ!と元気良く鳴くピカチュウと一緒に僕は大手を振りながらカブさんに駆け寄った。カブさんは此方に気付くやいなや、表情を和らげてグローブを装着している手を振り返してくれた。
「ケイにピカチュウくん!おはよう!良い天気だね!」
「はい、おはようございます!この間はありがとうございました!」
僕は挨拶と共にお礼をした。というのも先日、僕はカブさんと一緒に温泉へと赴いた。バトルで連敗が続き悩んでいた僕を励ますためにカブさんが誘ってくれたのだ。カブさんの気遣いとあったかい温泉に癒されたおかげで僕とピカチュウはすっかり調子を取り戻した。
「こちらこそ、良い時間を過ごさせてもらったよ!あれから何か気になるような事はないかい?」
「いえ、おかげさまで!」
力強く返事をする僕と共にピカチュウも胸を張ってピカ!と一鳴きした。
実のところ、僕にとってはお世話になっただけではない。僕はパシオに来る前からカブさんのことを知っていた。ガラルのジムバトルは他地域に比べてオープンだからちょっとネット検索にかければ様々な形でリーグ事情やバトルの動画に触れられたし、なんなら僕が住んでいた地方では地元のポケモン雑誌や放送局でも取り上げられることが多かった。当然ガラルのジムリーダーも露出が多く、中でもぼくが最も惹き付けられたのが、ほのおジムのジムリーダーとして活躍する燃える男カブさんであった。これ以上掘り下げると収拾がつかない程長くなるので割愛するが、まあとりあえず全人類カブさんのバトルを見てくれ。マジで燃えるから。
そんなカブさんと朝イチから話せるなんて今日はついているな、と喜びもひとしおだった。もっと色々と話したくて
「この間の温泉ってすごく良いところでしたね!結構な穴場って感じでしたけど、よくいくんですか?」
「いや、一人ではあまり行かないかな。ぼくもアオキくんのおかげで知ったんだ」
「へー、あの温泉ってアオキさんの紹介だったんだ!」
意外な名前に僕はちょっとだけ目を丸くした。アオキさんといえばパルデア地方でサラリーマンとジムリーダーと四天王を兼ねている凄腕のポケモントレーナーだ。ガラルのカブさんとパルデアのアオキさんでは接点も特になく、強いてあげるならばジムリーダーであることくらい。不思議な繋がりだが、これも様々な地方からバディーズが集まるパシオならでは、かもしれない。
「そう!最初はたしかアオキくんが調べてくれて一緒に行ったんだったかな」
「えっ!?」
続けざまに僕は驚いた。アオキさんとカブさんにそんな交流があることにも驚いたが、何よりも。
「アオキさんって誰かと温泉とか行くんですか!?」
その一点が衝撃だった。ひどい言い種かもしれないが彼を知る人ならきっと同じ反応をするだろう。
だって、あのアオキさんだよ?普通、平凡を自称する非凡人。凄腕ではあるのだがちょっと、いや色々な側面から見てもだいぶ規格外の人であり、抱えている仕事の膨大な量から周囲に流されがちな断れない性格なのかと思いきや実際は微塵も自分を曲げる気がない図太い芯を持つタイプだ。正直人付き合いを好む質とはとても思えない。飯を理由に飯の誘いを断りそうなマイペースの極みであるあの人が一般的に飯よりもハードルが高いであろう裸の付き合いとかするものなのか?僕は訝しんだ。
カブさんはそんな僕の反応を気にせず質問に答える。
「もちろん!ぼくはもう彼と何度も行っているよ」
「何度も!?」
一際張り上げたおかげで声がひっくり返ってしまった。いやしかし、何度も?一人のプライベートを大切にしそうなアオキさんが、そんな頻繁にカブさんと温泉に?その様子を想像してみるが普段のアオキさんの姿となかなか結びつかない。ピカチュウと共に疑問符を頭に浮かべ混乱した。
「気になるなら、少し彼の話をしようか?」
そんな僕達に気をつかってくれたのか、カブさんはアオキさんとの交流について更に詳しく教えてくれた。曰く、アオキさんとはパシオでほぼ毎日お昼や夕食を共にしているとのこと。そしてお互いの休日が揃った日は湯治やキャンプにも頻繁に出掛けているらしい。
アオキさんが、人とキャンプ……?にわかには信じがたいが、お茶目なジョークでもない限り嘘などつかないであろうカブさんの口から出てきたものなら信じざるを得ない。今度アオキくんの提案で久しぶりにホウエンへ行くことになったんだと嬉しそうに話すカブさんの笑顔がとても眩しい。
気付いたらいつの間にか、僕たちの話題はアオキさんの話にすり替わっていた。
「でも正直びっくりしました。アオキさんってもっと一匹狼というか、一人の方が気楽なタイプだと思ってたので……」
「そうかな?ぼくにとってはこれが普通だったから……君もアオキくんと話す姿を見かけるが、そういった話にはならないのかい?」
「うーん、ご飯なら誘ってもらったことがありますけど一度や二度くらいですね。それでもチリさんに『自分、オフのアオキさんに飯誘われたんか!?珍しいこともあるんやなぁ』ってちょっと驚かれましたよ」
「そうか……本当にアオキくんはあまり他の人と出掛けないんだね」
「はい、アオキさんがプライベートでも人と会うことがあるんだって全然知りませんでした。カブさんとアオキさん、仲良しなんですね!」
これに尽きる。カブさんのコミュニケーション能力ってすごい。きっとアオキさんとここまで仲良くなれる人はそうそういないだろう。もともとの憧れも相まって尊敬しちゃうな。
「う、うん……仲が良い、とは思うけど……」
その時、珍しいことにカブさんはもごもごと口ごもった。いつもはハキハキと元気良く話してくれるのにどうしたのだろう、と僕は不思議に思う。気付くとカブさんの顔全体がほのかに赤みを帯びている。
「ひょっとして……アオキさんと何かトラブルでもあったんですか?」
「いや、アオキくんにはとても良くしてもらっているよ。そういうわけじゃないんだけどね……」
言葉を選んでいるのだろうか、目線を斜め上に逸らし、少しだけ考え込む素振りを見せてから口を開く。
「……アオキくんは、とても素直に思ったことを伝えてくれるから……時々照れちゃうんだよね!」
そう言いながらカブさんは頬をかきつつ顔を綻ばせた。時々見せる目尻の下がった朗らかな笑顔だ。今回は発言通り照れ臭そうに頬を赤らめているので、歳上の男性に対して言うのは失礼かもしれないけれどいつもよりどこか可愛らしく見える。
──ただちょっと待ってほしい。僕はパシオで知り合った中ではそこそこアオキさんと話す方だと自負しているが、アオキさんにそんな照れさせられたことは一度もない。照れるようなことを言われた覚えもない。精々軽く褒められたくらいだ、それも少なくともカブさんなら聞き慣れているであろう程度のあっさりとした褒め言葉で。断じて、顔を真っ赤にするようなことはない内容だ。
──い……いったいカブさんにどんな事を言っているんだアオキさんは……!?
僕はカブさんにこんな表情をさせるアオキさんに驚き突き抜けてもはや好奇心を覚えた。肩のピカチュウも眉をしかめた怪訝の面持ちなので、僕と同じ気持ちだったのだろう。
その後ルリナさん達がカブさんをバトルヴィラへと誘いに来たことで、この日のカブさんとの会話は打ち切られた。
そして、幾数日。
この間のカブさんとの会話があまりに気になってしまい、僕とピカチュウは暫くアオキさんの動向を観察していた。といっても、見かけた時に様子を窺う程度だけど。
結果として、アオキさんは僕といる時は勿論、チリさんやオモダカさん達といる時もとくに変わった素振りは見せなかった。求めた観察結果が出ないのであればこれ以上の詮索は不要どころか失礼なのでは、とも考えたが、やはりカブさんの見せたあの表情がひっかかる。彼の言うことが間違っていないのだったら、アオキさんはカブさんに対してだけ言動がおかしいということなのだろうか?セントラルシティの華やかに舗装された街道を歩きながらつい考え込んでしまう。
「ピカッ」
そんな中、ピカチュウがくいくいと僕の服を引っ張った。彼が指差す方を向くと丁度アオキさんとカブさんが道端で話している。これはチャンスだ。僕達は見つからないよう少し離れた街灯の影に身を隠す。そこから顔を出し、耳をそばだてて二人の会話を聞こうと試みた。
「カブさん。今夜はいかがですか?」
「勿論良いよ!いつも誘ってくれてありがとう!」
「いえ……自分が、カブさんと飯を食いたいので」
カブさんの言う通り、アオキさんは本当にカブさんを誘っていた。知ってはいたけど見ると聞くでは大違いだ、この光景を目の当たりにすると思わず自分の五感を疑ってしまう。心なしかアオキさんの声もいつもよりやわらかく聞こえる。
そのまま僕は聞き耳を立て続けた。頭の上に移動したピカチュウも僕のリュックから取り出した双眼鏡を構えて興味津々だ。
──後にして思うと、ここで退いていれば良かったかもしれない。二人の会話を聞いている内にカブさんが先日言い淀んでいた理由も段々と明らかになった。それはもう、嫌と言うほどに。
そんなわけで以下、僕達が聞いた会話の一部抜粋である。
「アオキくん、他の子から聞いた話では僕以外とあまり出掛けてないらしいね。構わないのかい?」
「まあ、とくには……あまり他人とプライベートで関わろうとは思いませんので」
「それならいいんだ。他の子と行きたいのに無理をさせてるんじゃないかと思ったよ」
「有り得ませんね。シンプルに、自分がカブさんといたいんです」
「そ、うなんだ」
「はい。カブさんと一緒に食うと、更に飯が美味く感じます」
アオキさん……!
「そういえば、君にこの写真を見せようと思ってたんだ」
「……可愛いですね」
「そうだろう?この鳥ポケモンくんはガラルのワイルドエリアで出会ったんだよ、ノーマルと飛行の複合タイプで」
「いえ、カブさんが」
「えっ」
「差し支えなければそちらの写真を頂いてもよろしいでしょうか?」
アオキさん……!!
「ところでアオキくん、そろそろお昼休みが終わる頃じゃないかな」
「そうですね」
「時間は大丈夫なのかい?」
「…………」
「アオキくん?」
「……自分は、まだカブさんと一緒にこうしていたいです」
「!」
「ご迷惑でなければもう少しだけお付き合いいただけませんか」
アオキさん……ッ!!!!
僕は絶句した。こんなの絶句するしかないだろう。アオキさんは今、カブさんの手をグローブの上から包むように握り、感情の読めない真っ黒な目でじっとカブさんを見つめている。声色がやわらかく聞こえたのは幻聴じゃなかった。あの人は本当に嬉しいんだ、カブさんといられることが。彼がああも好意剥き出しの言葉を吐く姿こそがその証左である。
「う、うん。いい、よ」
カブさんなんて気恥ずかしそうに赤面しながら目を泳がせているが無理もない。そりゃあそうなるって、あんなん口説いてるようなものだし──もしかして、口説いていらっしゃる?
しかもそれだけではなかった。アオキさんは、信じられないことに。
「ありがとうございます」
なんと、笑った。ご飯を前にした時のような、しかし明らかに異なる感情を一瞬だけ瞳に宿らせてカブさんに微笑んだ。
僕は、彼が誰かにあんな顔を向ける所なんてみたことがない。けれどそれでもわかることがある。齢十いくつの僕にすら理解が出来た。
──その眼差しは、誰かを愛している人のそれでしかなかった。
僕は目を見開いて唖然とした。開いた口が塞がらない。絶句に絶句を重ねさせるな律詩になるだろうが、なんてすっとんきょうなことを思い浮かべてしまう程に脳へとメガトンキック級のドでかい一撃を食らった。他の仲間には驚きすぎと笑われるだろうか、いや知り合いがあんな露骨に恋をしてたらハラハラするだろう誰だって。何、これ。今、僕はいったい何を見ているのだろう。そこそこ交流があるとはいえ、あくまでバディーズ仲間としての繋がりしかない僕が知るにはいささかもて余す事実を腹に抱えてしまい狼狽する。僕は今後、アオキさんとどう接するべきなのだろうか。
僕が打ちひしがれていたら、いつの間にか二人はもうそこにいなかった。体感だと数秒だったのだがどうやら十数分は経過していたようだ。その間の周囲の記憶がものの見事に飛んでいる。ポケモンが技を忘れる時ってこんな感じなのだろうか。なんだピカチュウよ君も今の見なかったことにしたいのかい?ようしじゃあ一緒に忘れよう!せーのっ、いちにの…ポカン!
──止めよう、そろそろ正気に戻らなければならない。
そんな中、突然ポンと肩を叩かれた。
振り返るとそこにいたのは同情と共感の眼差しを向けるチリさん。長い睫のかかる紅玉が如き目を細め、形良い口角を美しく上げていた。相変わらず見惚れる程に綺麗だが今はどことなく恐ろしい。
彼女は、たじろぐ僕にそっと耳打ちをする。
「あれ、自覚ないで」
「はあ!?」
あれで!?嘘でしょチリさん、いやアオキさん!僕達は驚愕の事実に愕然とした。動じる僕達を見ながらチリさんは喉の奥でくつくつと笑う。
「まあ立ち話もなんやし」
ひとしきり笑ったチリさんはウインク一つすると立てた親指をくい、と遠目にあるポケモンセンターへ向けた。口ほどにモノを言うのは非言語コミュニケーション、ということか。僕とピカチュウはチリさんの言わんとする所を瞬時に察した。
顔を見合わせて一つ頷くと黙って彼女に着いていき。そして。
「アオキさん、カブさんのこと好きすぎじゃない!?ラブじゃん!激ラブじゃん!愛しちゃってるじゃん!」
「せやろぉ!?チリちゃんもあの唐変木にはやきもきしてんねん!あんなんもう惚れとるやんなぁ!さっさと告白せえっちゅーの!」
「ピカピー!」
ポケモンセンターのカフェスペースでモーモーミルク片手にあの二人の話で大いに盛り上がったのだった。
ケイ君の捏造っぷりが酷すぎる。自己投影タイプの主人公って都合良く書きがちでぇ……すまんケイ君。
私は無自覚に愛してる人がする無自覚ラブラブモーションに戸惑うお相手さんと第三者が大好きなのでそんなアオカブを沢山読みたい。