その日のアオキは一日中浮き足立っていた。同僚の問いかけには生返事を返し、上司の苦言は話し半分にしか聞かず、営業先のジムでは熱意なく提携企業の新製品を紹介しては
それもこれも、理由は一つしかない。普段は遠い地に住む恋人──カブが、遥々海を越えてここパルデアにやってくる日だったからである。本心では全日程休暇を取って少しでも多く恋人との時間を確保したかったのだが、人員不足によりこの日だけはどうしても出勤せざるを得なくなった。雇われ人の辛いところだ。代わりに翌日以降の連休は
『メッセージが届いたロト!』
夕方頃、パルデアのリーグにてアオキが営業終わりの事務作業をこなしている時、私用のスマホロトムがメッセージの受信を知らせた。横目で通知を見たらそこには恋人の名前が表示されている。
「開いてください」
脊髄反射的に告げるとロトムがウィンク一つして画面をメッセージアプリのトークルームへと切り替える。届いたメッセージにはこう書かれていた。
『パルデア地方に着いたよ!とても綺麗な景色だね!』
続いてややピントの合っていない海の写真が送られてきた。写真の端に写る着港直後の旅船と港の様子からそこがマリナードタウンと見て取れる。
アオキの口角が僅かに上がる。浮き立つ心のまま手早くメッセージを返した。
『長時間の船旅、お疲れ様です』
本当ならばそのまま仕事を投げ出して恋人とのやり取りに興じたいところであった。しかし奥から上司の優美な微笑み──圧力を感じたので、今は。
『今夜、逢えるのを楽しみにしています』
とだけ追加で送り、しずしずと仕事に戻った。どちらにせよ残り数時間の辛抱である。あるのだが、今のアオキには途方もなく長く感じた。
──午後6時。終業時刻を迎えた。
「お先に失礼します」
アオキはアナログ時計の長針と短針が文字盤の中央縦一線に揃った瞬間立ち上がり、足早に職場を後にした。背に受ける「業務中にもその機敏さを発揮して頂きたいものですね」という上司の麗しい嫌味など知ったことではない。
外に出るとまだ日は沈みきっておらず西の空に夕明かりが広がっていた。初夏の日入りは遅い。長い日照時間により大地に蓄積された暑さの名残が地面から立ち上って大気を未だ熱くさせている。冷房で冷えた体にはかえって心地がよかった。
タクシーに乗り入る時間が、惜しい。
「ムクホーク、全速力で飛んでください」
アオキはモンスターボールからムクホークを呼び出すとその背に跨り、ちょうど太陽が沈みゆく西へと向かった。鍛えられたムクホークの全力のスピードは安全第一であるタクシーの比ではない。ぐんぐん風を切って飛んでいくと、海が近くなるにつれて潮の香りが強まった。
今回カブがパルデアにやってきた主な目的は観光であった。数週間前に連絡した時、これこれこの日のこのくらいにパルデアに着いてそこから数日滞在するつもりなんだ、なんて大まかな予定を聞いたアオキは自ら案内を申し出た。そして「パルデアに到着した初日からカブさんの時間を頂くことは可能でしょうか?」と欲も見せた。
恋仲とはいえ、長旅を終えた直後の逢瀬はカブにとって負担ではないかとも考えたが、一秒でも早く逢いたい気持ちが勝ってしまった。我欲ばかりの提案をカブが快く受け入れてくれたのは幸いだった。
カブとは仕事終わりにパルデア西方の港町・マリナードタウンで落ち合う予定である。今回は船でやってくるというので下船先である彼の地を集合場所とした。そこからタクシーでカラフシティに移動して、ジムリーダーでもあるハイダイに挨拶がてら彼が営む中華料理屋で夕食をとるのが本日のプランだ。パルデアのポケモンバトルに興味を持つカブの助けになればと、アポイントとまではいかないが何人かのジムリーダー・四天王には前もって声をかけている。根回しなど仕事の上では面倒としか感じなかったが恋人が喜ぶ可能性があるならばいささかも苦ではなかった。
町に着くと、すっかり日も暮れていた。アオキは早速カブを迎えに行った。あれから新しく送られてきたメッセージによればカブは競りを見学しているようだ。町の中央に位置する市場へと向かう。
マリナードタウンの市場は電灯の付いた屋根が備わっており昼夜天候を問わずに営業をしている。当然目玉である競りもだ。そのため夜でも珍しい品を求める地元民や観光客が多く訪れた。
その日も競りの会場は賑わいを見せていた。熱気あふれる入札の怒声がそこかしこから響く。入るに難い群衆の外側から様子を
「──アオキくん!」
先にカブがアオキを見つけた。アオキの背は平均よりも高いため雑踏の中でも文字通り頭一つ抜きん出ており目立つのだ。
聞き馴染んだ声のした方をアオキが見やると人混みを避けながら自分の下へと近付いてくる初老の男の姿を捉えることが出来た。
久々に会ったカブは私服の姿だった。臙脂色に黒線が入ったポロシャツと白のワイドパンツのセットアップは彼が普段身に着けているユニフォームを想起させる組み合わせだ。荷物は事前に宿へと配送するサービスを使用したようで軽装である。
恋人との合流を果たしたアオキはようやく人心地ついた面持ちで自らもカブへと歩み寄った。
「お待たせしました。お久しぶりです、カブさん」
「そうだね!直接顔を見るのはパシオ以来だ!」
パシオとは二人が出会った人工島である。科学技術の粋を尽くして作られたその島ではWPMと呼ばれる特殊な世界大会が開催されたことをきっかけに、ポケモンとコンビを組んだバディーズと称されるトレーナー達が世界各国時代すらも超えて集結する。
彼らはそこで開かれたベテラントレーナーと若手トレーナーの交流会で顔を合わせ、親しくなった。特にアオキのカブに対する態度は顕著であった。同僚曰く、その顔色は日増しに良くなり声にも張りが出ていたとのこと。「愛の力やなぁ」と揶揄されたほどである。
パシオでのアオキは傍から見てもわかるようなあからさまな愛をカブへと向けていた。カブもそんなアオキに絆されてしまったのかもしれない。段々と憎からず想い始め、遂には結ばれた。
二人は久方ぶりの再会を互いに喜びあった。
「元気そうで良かった。こうして逢えて、嬉しいよ!」
「自分もです。競りは、いかがでしたか?」
「白熱していて非常に興味深かったよ!今日の参加者は皆、燃えていたね!」
「そうですか、良かったです」
アオキは口角を微かに上げる。そのまま談笑を続けたい心境であったが、今後の予定を思い出して手早く話を切り上げた。
「失礼、そろそろ行きましょうか」
「ああ、任せっきりですまないね。アオキくんがオススメしてくれるご飯はとても美味しいから、今夜も楽しみだよ!」
「良い店ですよ。カブさんのお口に合えば幸いです」
アオキはスマホロトムのアプリから迎車を依頼し、カブと共に崖上の乗り場へと向かった。
──アオキは初めて恋をしている。
実のところ、折り返しまで生きてきた人生の中で恋人と呼べる関係の相手がいなかったわけではない。今となっては考えにくいものの、幼い頃から背も高くポケモンバトルに秀でていた彼の青年期は意外と同年代の女子の目を引いていた。マイペースで輪から外れていた彼をクールでミステリアスだと捉え、それとなく言い寄る奇特な少女も時たま存在した。
当時はまだ己のポリシーが確立していなかったアオキは若気の至りもあってか、
その一件からアオキは己が恋愛に向いていないのだと自認した。もとより他人に執着もなく、人から見たら平凡でつまらないであろう自分のような男には恋など上等過ぎる代物なのだと決めつけて。関わりのない人生を歩んできたのだが。
とんだ思い違いだった。
単に知らなかっただけだった。
アオキは今までの人生において、心弾むような温かい愛情を抱かせる相手に出逢ったことがただの一度もなかったのであった。
──そんなアオキが今、初めて恋をしている。アオキは少年のように浮き立つ自らの心を冷静に俯瞰しては、自嘲混じりに一笑した。そうしながらも中々悪くないものとしてこの胸の火照りを愛おしんだ。
やってきた二人乗りのそらとぶタクシーに並んで座り、カラフシティへと向かった。道中の話は尽きなかったが、アオキはその間もカブの顔を満足そうに見つめていた。
カラフシティのジムリーダー・ハイダイはアオキにとって同じジムリーダーとしては勿論のこと、リーグの営業先としても店の常連としても顔なじみである。彼が営むここ『ハイダイ倶楽部』では一流の中華料理を堪能出来る。出先での食事を楽しみとするアオキもまたその鮮烈な味に惹かれる部分があり、カラフシティに用事がある時はたびたび店へも顔を覗かせて賞味した。
店に着いたのは丁度混み合う夕食時だった。ハイダイはカブと入ってきたアオキを見て「お前さんが人と来るなんて珍しいこともあるもんだい!」とえびす顔で大笑した。
カブもまたガラルのジムリーダー、そして一人のポケモントレーナーとして他リーグのジムリーダーに興味をそそられた。ほのおタイプが苦手とする、みずタイプのジムリーダーならば尚の事だ。
「今度是非、ぼくと勝負していただけますか?」
「おうとも、楽しみにしとります!」
軽い自己紹介の後にそう約束し、カブとハイダイはカウンター越しに握手を交わした。
その後は二人掛けのテーブル席について大皿で運ばれてくる品々を楽しんだ。久方ぶりに共にした食事は
暖簾をくぐり出た頃には、夜も更けきってしまった。辺りは閑散としており人の往来も疎らである。代わりというわけではないが日中の熱は幾分かマシになり過ごしやすい気温だった。
二人はハイダイ倶楽部を出て左手側にある噴水の近くで一息ついた。
「いやぁ、とても美味しかったよ!紹介してくれてありがとう、アオキくん!」
「いえ、気に入っていただけたようで何よりです」
「ハイダイさんはとても気持ちの良い人だね!少し話しただけでも彼の人の良さが伝わってきたよ」
「まあ、彼も人格者ですから……今のカラフシティも、ハイダイさんが築いたようなもので……」
──それからつらつらと、取り留めのない立ち話を続けた。生来の話好きではないアオキであったが出会ったばかりの頃からカブといる時は自然と話題が口をついた。アオキの言葉を遮らずに頷いてくれるからか、それとも真っ直ぐ目を見て話してくれるからか。そのどちらともだろうし、それもまたきっと彼に気を寄せるきっかけの一つだったに違いない。
今のアオキはカブの様々な側面を愛しく感じている。挙げろと言われても、とても両の指では足りなかった。
「この時期のパルデアで美味いものは──」
その時、突如、砂塵が舞った。カラフシティは砂漠と隣接しているためしばしば街に砂埃が立つ。観光客にも知られている、この街の風物詩でもあった。
意識がそちらに向いたのをきっかけに、随分と時間が経った実感を抱く。スマホロトムを見れば時刻は十一時をとうに過ぎていた。
「……もうこんな時間ですね」
「本当かい?楽しくてつい話し込んでしまったね!名残惜しいが、そろそろお開きにしようか」
大抵のホテルでは遅くとも当日中のチェックインを求められる。数日前に教えてもらったカブの宿泊先もまた同様であった。
「たしか、今日の宿はカラフシティでしたか」
「うん。さっき通りかかったところにあるホテルだよ」
「そうですか……」
「君のおかげでとても楽しい夜だったよ。明日からもよろしくね!」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「それじゃあ、お休み!」
カブが眉尻を下げて元気に手を振る。その姿を見た瞬間、アオキの全神経をある情動が走った。
──まだ電話越しに互いのスケジュールを調整していた頃、カブが宿泊先について訊ねてきた時は全く気に留めなかった。自ら各所の評価が高い宿を紹介したくらいであった。宿泊先の宿で過ごす時間もまた旅の楽しみの一つだろうし、それに恋人だからといって四六時中共にいるものではないはずだとアオキは考えていた。
彼が許してくれる限りの時間を自分と過ごしてくれるのならばそれで良い。それが初老の自分達には丁度いい恋愛かもしれないと納得していた、はずだった。はずだったのに。
今、目の前ではカブが踵を返そうとしている。愛しい人が離れていこうとしている。アオキの本能が無意識の内に叫びをあげた。
帰したくない、と。その望みを脳が言語化した時には、既に。
──口よりも先に、手が動いていた。
気付いたら背を向けようとしていたカブの手首を掴んで、引き止めていた。
「アオキくん?」
アオキを見上げるカブの声には困惑の色が混ざっていた。無理もない。そしてこれからそれを更に悪化させてしまうことになる。
アオキもまた、自らの行動に内心驚いていた。己の内にこれほどまでに若い衝動があったのかと珍しく
アオキの黒い瞳孔が僅かに開く。息を呑んだ彼の頬を一筋の汗が伝った。
「、カブさん」
絞り出した声が掠れる。自分がこれから紡ごうとする言葉がどの程度カブを困らせるか、理解はしていた。社会人として常識のない振る舞いだろう。これは、アオキの信条とする『普通』ではないのかもしれない。
だが──男として。社会的地位も立場も関係なく、ただ一人の男性としての単純明快な欲求がアオキを突き動かしていた。人間も結局は動物だ。理性と本能のどちらがよりシンプルか、など。問うまでもなかった。
「よければ、うちに泊まっていきませんか」
アオキは請うた。カブの都合も考えず、自分本位に請い願った。ホテルのキャンセル、荷物の再移動、度重なる移動による疲労、様々な部分で負担をかけるに違いなかった。
それでもアオキは掴んだ手首を離せなかった。例え無理を強いることになっても、カブと居たい。夜を徹して傍にいてほしいと願った。久々に出逢った恋人と、離れ難かったのだ。
カブは初め、驚いたように目を見開いた。断ることは容易いはずだ。アオキも彼が拒むのならば諦めが着いた。
──けれど。
「……うん。良いよ」
カブは目尻を下げて小さく肯いた。街灯に照らされるカブの瞳はまるで満足そうに熱っぽく、どこか潤んで見える。その目を視覚に捉えた瞬間、アオキは自身の心に情欲の火が灯ったのを感じた。
二度目のタクシーは、一度目とうってかわって静かだった。何処かあらぬ方を向きながら両者ともまんじりとした様子であった。
しかし、それは表向きでしかない。
一分一秒が長く感じる。早く早くと焦れていた。風の音が無ければ、聞こえたのはきっと早鐘のような二人の鼓動だっただろう。彼らはパイロットに見えない位置で指先を触れ合わせ、密かに互いの熱を確かめあった。
二人はアオキがジムリーダーを勤めるチャンプルタウンへとやって来た。この町は住人が評す通り大小様々なビルや飲食店がないまぜに軒を連ねている。中には、夜に営業する店も多くあり、深夜帯でも街の灯りは絶えなかった。
アオキの自宅はチャンプルタウンの単身者向けマンションにある。その部屋はホウエン式に表現すると十畳ばかしの1DKに必要最低限の家具だけが備えられた、華美なものがない落ち着いた色合いの空間だった。広大な土地を有するパルデアにしてはこじんまりとした住居だがシンプルを好むアオキらしい一室である。
──もっとも、今の二人にとってはそんなことどうでも良いのだが。
「……カブさん、」
玄関の鍵を閉めるや否や、アオキはカブを強く抱き寄せた。上背のある自らの身体で小柄なカブを抱きすくめ、乾いた唇を強引に塞いだ。電気すらも点けていない。情欲に昂った彼の肉体は我慢などもう出来なかった。
カブもまた限界であった。久方ぶりの熱に戸惑いながらも愛しい男の広い背に手を回し、たどたどしく口内の愛撫に応えた。普段は受身であるカブには珍しい反応だった。
互いの体液が舌を介して混ざり合う。何度も角度を変え、口の端から唾液を垂らしながら、ただ肉欲のまま喰らいあった。それからどのくらいの時が経ったか、ようやく唇を離すと、互いの舌の間にどちらのものとも言えない唾液が糸引いた。
玄関窓から漏れ入る通路光が淡く室内を照らす。荒い息の中、熱に浮かされ濡れた視線が交わり、じっと見つめ合う。脳が沸騰しそうだった。心臓から指先の毛細血管に至るまでを循環する熱い血潮が身体を昂らせ続けている。
──足りないと、本能は訴えていた。
「カブさん、」
アオキは自らの指をカブの筋張った皺のある指へと交互に絡ませてぎゅっと握る。もっと、先を。恥じらいを見せる恋人へ言外にねだった。
「っ駄目だよ、準備をしないと……」
「構いません」
「せめてお風呂に入ってからに、」
「なら、一緒に入りましょう」
有無を言わせぬ力強さでアオキが宣う。彼の墨のような黒い瞳にはギラついた欲情が乗っている。それは彼が自称する凡人の男の目では決してない。餓えの最中に獲物を前にした猛禽類の眼光とよく似ていた。
その双眸に曝されたカブは息を呑んだ。喉を鳴らしたと言っても良い。普段は表情に乏しい沈着な男が今、特徴的な太い眉を寄せ、獰猛なまでに余裕がない様相で己を求めている。全身に歓喜が走った。その姿が愛おしく思えてしまい、腹の奥を疼かせた。
そんな感情を抱いておいて、拒むという選択肢が浮かぶはずもなかった。カブは真っ赤な顔で自ら彼の口を塞ぎ、二度目のキスで肯定を示した。
──そこからは、没頭した。
淫れた。縋った。貪りあった。
肌を交わし、互いの名を呼び、想いの丈を囁やき求め合って。
愛欲の行為にのめり込んだ。押し寄せる快楽と多幸感にどうにかなってしまいそうなほど夢中で溺れた。恋を知ったばかりのように、青く若い時間を過ごした。
彼らが我に返った頃には既に夜も明けており、朝ぼらけの日光が窓から差し込んでいた。初夏の日の出は日の入とは違い、早かった。単に早く感じただけかもしれないが。
二人はグチャグチャになったシーツの上で、一糸まとわぬ姿で抱き合いながら掛け布団にくるまり、照れ臭そうにはにかんだ。
「いやぁ……燃えた、ね?」
「……はい」
事実だった。この歳でもまだこれほどまでに燃え上がれるのかと戸惑う程、燃えに燃えた。当の二人が最も驚いていた。肉体の
整髪料できちりと整えていた髪も今は乱れきっている。アオキの額に垂れるブルーグレーの髪一房に手を伸ばしながらカブは微笑んだ。
「ふふっ、髪の毛ボサボサだね」
「お互い様ですよ」
「本当だ」
──そんな中。不意にカブが、目を伏せてポツリと告げた。
「……ごめんね、アオキくん」
突然の謝罪だった。何に対しての謝罪なのかもわからなかった。どうしてカブが謝る必要があるのか、むしろ我儘で迷惑をかけたのは自分だと言うのに。アオキは疑問を抱いた。
昨夜、カラフシティを出る際にカブは急いでホテルのフロントへ向かってキャンセルと荷物の回収を依頼した。己の提案が起因のため、流石にキャンセル料金はアオキが支払ったが、フロントのスタッフに向けて申し訳無さそうにする恋人を見て、想定の通りに面倒をかけてしまったと少しばかり反省した。改めるつもりは特にないけれど。
それが直近でかけた迷惑だった。どう考えてもカブに非は無く、それ以前を振り返ってもカブに詫びられるような案件は思い当たらない。アオキは彼の謝罪が筋違いだと思った。
「謝るのは、自分の方では?」
「違うんだ。君にはそう思えるかもしれないけど、その……」
バツが悪そうに言い淀む。カブはアオキの胸元に顔を埋め、やっとのことで白状した。
「──本当は、最初から君とこうしたかったんだ」
「……それは」
「だから、二日目からはそもそも宿を予約してなかったです。無理にでも、泊めてもらおうと思ってました」
「────」
アオキは二の句を継げられなかった。珍しく困惑した。視線を下ろすと耳まで真っ赤な恋人の、白髪混じりのつむじが見える。
思い返せば当時、確かにカブは初日の宿泊先は教えてくれたが、その後の日程の宿に関しては言葉を濁していた。アオキが追加で紹介した宿に対しても好意的な反応を示してくれてはいたが、結局「色々見比べてから決めることにするよ」と最終決定は明かさないまま当日を迎えた。
しっかり者のカブのことだからきっと彼好みの宿を自ら決めているはずで、自分はその宿の場所に合わせて柔軟にスケジュールを変更していけば良いかと考えていた。しかし、先程のカブの発言を聴いた後では話は変わる。
カブの行動が自立した男としてのものではなく。単に恋人から家に誘われるのを待っていたのだとしたら。
──アオキは、自らの察しの悪さに呆れ返った。
「……すみません。そういうのには、とんと疎かったようです」
長考後、やっとのことで絞り出したのは謝罪であった。『カブを家に泊める』、その発想もなかった訳では無いが本当に小さな閃きだけで欲求にも至らなかった。それもカブにおすすめの宿を訊かれた際にすぐ鳴りを潜め、昨夜急激に肥大化するまでは一向に表へ出てこなかった。関心ある相手に対してはそこそこ働いていたアオキの察しの良さは、こと色事においては発揮されなかったようだ。
カブは大慌てで起き上がり、重ねて謝る。
「いや、此方こそすまない!君を責めるつもりではなくてね、そうしたいのなら最初からぼくが言い出すべきだったんだ。なのに、結局ホテルの人にも迷惑をかけちゃって、……君にも、立て替えてもらって……」
最後の方は、消え入りそうな声だった。言葉尻に迫るにつれて辺りの空気が静寂に寄る。
カブの表情が翳り始める。アオキが見たことのない顔だ。──只事ではない。まだ、何かある。いきなりの変化にアオキは思わず呼び掛けた。
「カブさん?」
「……ぼくは、人が思ってるほど出来た人間ではないんだ」
突然の告白だった。きっと先程の謝罪の原因もそこにあるのだろう。
アオキは疑問に思う。彼の知る人間の中でカブほど人格に秀でており器の大きい人はそうそういない。そもそも周囲に理解され難いアオキの人間性と信条をそのまま受け入れ認めてくれている時点で並の人間ではないのだが、それを抜きにしても、カブのポケモンバトルに限らず全てにおいて前向きに学ぼうとする熱く真摯な姿勢、悩む若者を陰ながら励ます頼もしい先達の姿には尊敬の念を向ける者が多かった。
そんなカブが自らをそう評するのだという。カブは自分に厳しい質ではあるが、しかし、その言葉に含まれているのは謙遜だけではなかった。アオキは自身も起き上がり、カブに向き合った。
「と、いうと?」
否定をすることは簡単だが、まずは話を聴くことにした。そう考える理由を知りたかった。
カブはポツポツと語り始めた。
「ぼくは今までの人生でたくさん悩んできた。ポケモンバトルにせよ、私生活にせよ。その度に思い付いた打開策を繰り返し実行した。何ごともまずは行動し、試してきたつもりだが……」
そこで一度はためらうが、大きく息を吐いて続けた。
「……相手を慮りあう、まともな恋だけは……ろくに経験してないから。君に嫌われずにどう伝えていいかわからなくて、怖かったんだ」
そう話すカブの目は、バトルの場では見せない愁いの感情を帯びていた。恐らくアオキ以外の誰にも漏らしたことはなかったであろう、裏の奥底に秘められた感情だった。
「昨夜もそうだし、それ以前からもそうだ。君がぼくを求めてくれるのを待っているばかりだった。自分にだって君としたいことはいくらでもあるくせに、歳だなんだと気にしてはいつも躊躇してしまう。君からの好意に甘えてるのは、本当はぼくの方なんだよ」
「…………」
「いつも言わせてしまってごめん、いい歳の男が情けないよね。人生日々修行と謳っておきながら、恥ずかしい限りだよ」
せきを切ったようにカブが打ち明けたのを、アオキは黙って聞いていた。
アオキはカブの恋愛遍歴を知らない。わざわざ掘り返す気もなかった。しかしカブの口から発せられる言葉の節々から、かつての恋人達にどのような扱いを受けてきたのかを暗に理解する。そして、いつもは何事にも全力で真っ直ぐなカブが恋愛に関しては奥手であった理由もなんとなく察した。
──さて、なんと返すか。
実を言えばアオキにとってカブの話した内容自体は重要ではなかった。アオキはカブが悩みから躍進出来る男だと知っている。肝心なのは『恋人にそんな悩みを植えつけるような不安を抱かせ続けていた』点だった。カブは情けないと自嘲しているが、恋人として情けないのははたしてどちらだろうか。
アオキの信条は普通であることだ。そして、普通ならばこう思うはずなのだ。恋人には幸せでいてほしい、と。少なくともアオキの中の普通はそうだった。
過去がどうであれ、今現在恋人として隣にいるのはアオキである。不安で思い悩んでいるのなら、その不安を取り除いてやりたいと願うのは当然で。
では、どうすればよいか。
──決まっている。もとよりアオキにはこれしか出来ず、そしてこれ以上最も単純で強い方法を知らなかった。
アオキは正直に、いつもの調子で口を開いた。
「……良いんじゃないでしょうか、別に。無理にそうあろうとせずとも」
「え……?」
「自分は好きですよ。カブさんにしたいことをねだって、許してもらうの」
頭を上げたカブの頬に右手を伸ばし、目尻の皺を撫でる。彼が生きた歴史を刻んでいる皺。その歩みがどれ程の苦難に満ちていたか、全て知ることは叶わない。アオキはそれで良いと考えていた。
アオキは伝えるべきことを伝えるために胸の内を言葉に変換していった。
「まあ、ご存知でしょうが……自分は、貴方が許す限り、満足するまで貴方を求めるので。その無遠慮を良しと受け止めてもらえるのなら、何よりです。今後も改めるつもりはありません。逆に、本当に嫌な時があったら断って頂けたら幸いです。カブさんの嫌なことをしたくないので……」
まだ話は途切れない。珍しく饒舌だった。
「それはそれとして、貴方が喜んでくれるなら、出来る限りのことはしたいですね。頼って頂けるのなら極力応えたいと思っています。……なのでまあ、気が向いたらカブさんも、自分に何を求めているのか思ったまま教えてもらえると助かります」
「……アオキくん」
「貴方の望みも、貴方の欲も。自分が充たせるものなら、充たしますから」
アオキは本心を告白した。彼に出来るのはただそれだけだった。しかし、それがカブの不安を取り除くのに最も適しているだろうと推測した。
アオキは今のままでも十分幸せだし、カブがそうありたいと願うのならそれもまた良しとした。結局は、カブが在りたいように生きてもらえればそれが一番良い。その横でアオキは自らがしたいようにカブが許してくれる範囲で我欲を押し通す。例え今回の一件でカブの不安を消せなかったとしても、消え失せるまで言動で示し続けようと思っていた。
そんなアオキの言葉を聞いて──カブは不思議と心が軽くなったような気がした。そうだった、己の愛したこの男はこういう人間だった。自ら人に足並みを揃えることはめったに無いけれど、押しつけもしないのだ。そしてそういうところがまた、カブにとってもよく馴染み、惹きつけられる部分であったと改めて感じた。
二人の間に短い沈黙が流れる。しかし先程とは違い、沈んだ空気ではない。アオキの手は依然としてカブの頬を撫で、カブもそれを受け入れた。まるでいつもの調子であった。
二人はそのまま短い言葉を交互に投げ合った。
「きっとぼくは、君が思うよりも欲深いよ」
「強欲同士で良いのでは?」
「年甲斐もない嫉妬だってするし」
「自分もたまにしてます」
「……本当に、言ってもいいのかい?」
「構いません」
「……じゃあ」
頬に触れるアオキの大きな手に自らの手を重ねて。カブはアオキの黒い瞳を見つめて問い掛ける。
「ぼくを、最後の人にしてくれる?」
燃える男の目には珍しく執心が浮かんでいた。それに対し、アオキは日常の一コマのようにさらりと返す。
「初めからそのつもりですよ」
彼の言葉に嘘偽りはなかった。
──他人に執着しないはずの自分をこうも心弾ませる人は。無精者の自分が仕事でもないのに、根回しまでして喜ばせたいと思える人は。
そんな人間は後にも先にもカブだけであろうとアオキは確信していた。また、そうであってほしいという願望もある。最初で最後の恋の相手がカブならば、本望以外の何ものでもない。
短いやり取りを終えた時、二人はどちらともなく微笑みあった。カブはアオキの肩にポスンと頭を預けた。
「アオキくんの真っ直ぐ愛してくれるところ、たまらなく好きだよ」
「恐縮です」
「アオキくんは籍を入れるのどう思う?」
「特に拘りはありませんが、カブさんが入れたいのなら是非入れましょう。ガラルとパルデアどちらにしますか」
「ははは、気が早いね!なら、後で一緒に考えようか!」
「そうですね。まあ、今は、ただ」
アオキはカブの肩を抱いて共にベッドに倒れ込んだ。ぼふりと沈む。
「自分と朝寝に興じて下さい」
それはカブ一人であったら絶対にあり得ない行動だろう。いつでもマイペースな恋人の要求に対し、カブは笑って肯いた。頭の中にはこれからアオキとやりたいことが次々と浮かんでくる。
──起きたら、何から始めようか。
まずは遅い朝の支度からである。何しろ今、二人は服すらも着ていない。それにあれだけ運動をしたのだから、きっとお腹もすくはずだ。
その後は本格的に観光に行っても良いだろう。がっかりスポットと噂されるパルデア十景も、恋人と行けば愉快に感じるかもしれない。これから出会うトレーナーとのバトルも楽しみである。
──そんな楽しみは後に取っておいて。
ひとまず、今は。
「……おやすみ、アオキくん」
「はい、おやすみなさい」
幸せそうに目を瞑る恋人の腕の中で、今まででもいっとうの幸福感に包まれながら、カブは心地よく微睡んだ。
捏造しすぎて一周回ってこれでいいかと思い始めてきたぞ……後で冷静になって見返した時に修正入れるかもしれません。
おまけ
※性格捏造アオイちゃん注意
パルデアの太陽が沈み、空に星々が瞬き始めた頃。ある一人の少女がマリナードタウン近辺の絶壁の上から町へと向けて飛び降りた。
といっても世を儚んでの身投げではない。宙を行く彼女はメタリックなボディを持った近未来的フォルムのポケモンに跨っている。そのポケモンは一鳴きするとジェット機の主翼のような羽を水平に伸ばし、彼女を乗せたまま風を受けてゆっくりと滑空していった。高度が下がるにつれて、次第に町の灯りも近くなる。
程なくして一人と一匹はマリナードタウンの市場の屋根へと降り立った。
「ありがとう、ミライドン」
運んでくれたポケモンの顎を撫でながら御礼を言う。ミライドンと呼ばれたポケモンはうれしそうに喉を鳴らした。
「さて、と」
彼女はポケモンの背から降りて辺りを見渡した。無許可で屋根上に登るなど行儀の悪い振る舞いだが、こんなところへ来たのには理由がある。
少女はこの町でとある噂を耳にした。『夜になると町の上にゴーストポケモンがやってくる』、というよくある話だ。だが以前彼女が立ち寄った際にはゴーストポケモンなど影も形もなかった。眉唾かと疑った。
しかし一度肩透かしを食らっただけではそう断ずることはできない。説を立証させるには再現性が必要だと元研究員の担任もいつかに言っていた、気がしてくる。難しい話など知ったことではないがとりあえず、場所が悪かったとか、天候が適していなかったとか、何かしら出てこなかった要因もあるのかもしれない。単にたまたまそういう気分じゃなかった可能性だってある。
数多のもしもを潰していけば、噂のポケモンに出会えるかもしれない。そんな期待を胸に抱く彼女はミライドンのボディを撫でながら周囲を警戒した。地上では恒例の競りが行われているようで、ざわざわとした人集りの騒々しさが屋根上まで届いている。こんな喧騒の上にゴーストポケモンがやってくるのか?少し訝しむ。
丁度その時、下の方から一際通りが良い大きな男性の声を聴いた。
「──アオキくん!」
聞いた名だ。知っている。彼女は反射的にしゃがみ、眼下を見た。市場の屋根は一部ガラスが張られている為、下の様子を窺い知ることが出来る。賑わいの中を注視すれば、そこには確かに知った顔と、彼と親しげに話す知らない顔があった。
アオキ──それは奇しくも彼女と名が似たジムリーダー兼四天王の名前である。名はあまり関係ないかもしれないが、縁が有って彼とは三度対峙した。何れも苦戦を強いられたが、彼女にとって最も印象的であったのは、その強さの質。戦う度、徐々に露わとなっていく『本気』は三度バトルをこなせども、まだ上限が見えず仕舞い。面白い男だと彼女は思った。次戦う時はどんな強さを見せてくれるのか、ワクワクさせられたものだった。
少女は彼のことを殊更気に入っていた。だから彼女は知人に最も好きなジムリーダーを訊かれた際、アオキの名を挙げた。この好きとはもちろん恋愛と無縁の感情だ。また戦いたいと願った、再戦希望の相手としての選出だった。
そんな、自分が強いと認めた男が、自分の知らない人と会っている。しかも一度だけしか見たことがない、山積みになったおにぎりを前にした時のような安らいだ顔で。食べ物だけでなく人間にもそんな顔を向けることがあるのか、と少女は意外に感じた。なんだか面白くない。唇を尖らせる。
「ふーん……?」
もやつく心の中で少女はなにげなく思う。強いおじさんと仲が良いおじさんは、きっと強いのではないだろうか。
そこまで考えて、ある思い付きが降りてきた。なに、ちょっとした悪戯だと、彼女は口元に弧を描く。公序良俗に反しない範囲で大人を困らせるのも子どもの務めなのだ。
「よーしっ」
思い立ったが吉日とはまさにこの事。逸る気持ちを抑えながら早速スマホロトムのチャットアプリを起動し、バトル好きの親友に連絡を取った。明日、チャンプルタウンに行かないか。楽しいバトルが出来るかもしれないよ、と。
──少女の名はアオイ。幼くしてチャンピオンランクに到達した新進気鋭のポケモントレーナーである。
「──それで、わざわざ押しかけてきたというわけですか……」
アオキは呆れたように眉をひそめて嘆息した。太陽が西へ傾き始めるお昼過ぎ、カブの提案により彼は現在チャンプルタウン近くの草原でピクニックに興じているところだった。
しかし今、隣に居るのはカブではない。隣に居るのは顔見知りの少女・アオイ。二人は道に広げたピクニックセットの折り畳み椅子に並んで座りながら、ポケモン達と一緒に超ロングサイズのサンドウィッチをのんびりと頬張っている。
そして、彼らの視線の先、離れでは。
「そこだっ、ウィンディ!『じゃれつく』っ!」
「ああっ、パーモット!」
ネモとカブの激闘が繰り広げられていた。
丁度バトルはウィンディがパーモットの懐に瀕死の決定打を与えたところだった。これで手持ちの数は二対三、若干カブが優勢である。
「どうしたネモくん、パシオで見た君はそんなものではなかったはずだよ!」
「アハハ、勝ったつもりはまだ早いですよカブさん!行くよ、ヌメルゴン!『だくりゅう』で巻き返す!」
「その意気だ!さあ、まだまだ燃え盛ろうっ!!」
「はいっ!!」
と、意気軒昂に腕を掲げてはポケモンへ次の指示を出すのだった。
──熱い。物理的にも精神的にも熱い。距離を取っているというのに戦いの余波がここまで届いている。ヌメルゴンのだくりゅうで少しは涼むだろうか、いや再び燃え盛るに違いない。戦う二人の目にはいまだ潰えぬ闘志の火が宿っていた。
「いやー……元気ですねぇ……」
「そうですね」
バトルに勤しむ二人と対照的にアオイとアオキは落ち着いていた。疲れていると言ってもいいかもしれない。手持ち、組み合わせ、バトルの方式──手を替え品を替え、既に各々五回はバトルをこなしている。アオイとアオキのポケモン達もすっかりくたくたになってしまい、何匹かは目の届く範囲ですやすやと眠りこけていた。残りは無心でサンドウィッチを味わっている。
「あー……お空きれいだなー……」
「そうですね」
「いや全然見てないじゃないですか、空」
「そちらこそ」
中身のない適当な会話を交わしつつ、アオイはアオキの顔を横目で見た。表情に動きはない。だが、昨夜と同じ目だ。安らいだ満足そうな目、それをただカブにだけ向けている。アオイの記憶の中の彼はこんな視線を人間に注ぎなどしなかった。独りの似合う、強者でしかなかったのだが。
──見慣れないその眼差しが、なんだかとても気になったので。
「ねえ、あの人は、刺激が強くないんですか」
悪戯に笑ってアオイは不意に訊ねた。かつての意趣返しでもある。以前彼女がアオキに言われた言葉──それを引用してアオキをからかった。ポケモンバトルに燃える熱い努力家は、まるで彼とは正反対。苦手そうなのにね、とパッチリした目を好奇心で細めてアオキに向く。
彼もまたその言い回しに気付いた。長考とまではいかないが少し考えて、ポツリと返す。
「まあ……強い時もありますよ」
「やっぱり?」
「ですが、それも悪くないと感じています」
「ふーん」
「それに」
と、続くはアオキの告白。
「彼は既に、自分の普通の枠内にいますので」
「────」
「彼の温かさがないと、もう普通でなくなってしまいます」
アオイは目を丸くした。昨夜から彼女はこの男の新鮮な姿ばかりを目撃している。
その言葉は想定以上に重い意味を持っていた。普通を尊ぶ男の普通に組み込まれる──どういうことかなど、子供の彼女でもすぐにわかる。
なんだ、そういうことか。気付いたアオイはサンドウィッチを片手に持ち替え、頬杖をついた。
「アオキさんも、そんな情熱的なこと言うんだ」
「……そう思いますか」
「人と関わるの嫌いだと思ってた」
「まあ、好き好んではしませんが」
「アオキさんにとってあの人は、太陽みたいなものなんですね」
太陽。得心がいく表現だった。時に暖かく、時に苛烈に、時に侘しく。毎日あらゆる形で接し当たり前のように天に在る恒星。己の人生においてカブはまさしく太陽のようで、また、そうあってほしいと願う存在だった。当たり前のように、彼を傍に感じていたかった。
「……そうですね」
アオキは肯いた。視線の先には切り札のマルヤクデを呼び出すカブの姿がある。丁度マルヤクデがカブの指示の下『ほのおのむち』を繰り出すところで、躍る炎の眩しさに目を細めた。
バトルもいよいよ大詰めである。互いに最後の一匹が場に出揃う。カブのマルヤクデとネモのラウドボーンが対峙する、炎と炎のぶつかり合いだ。最高潮に熱い。
この一戦の終わりは、近いだろう。感じ取ったアオイは立ち上がって一つ伸びをした。そしてくるりと向き直り、アオキに詫びる。
「お邪魔してごめんなさい。このバトルが終わって、サンドウィッチ食べ終わったら私達は帰りますね!」
「そうですか。自分は、カブさんが良いのなら気にしませんが」
「あーいいです、いいです!」
と、両手を前に出して遠慮する。
「──だって、ポニータに蹴られたくないですからね!」