イビルジョーとボルボロスの告白話。この前の小ネタの続き。
恐暴竜×土砂竜
私は今、孤島の中央部にある洞穴にいる。日の当たらない内部は水の豊富なこの地らしく心地よい湿り気を帯び、ひんやりとした空間となっている。乾燥や熱が苦手な私には居心地の良い場所だ。人型時にしか入れないのが残念な程。
そんな好ましい環境にいながらも、私の気持ちは千千に乱れていた。何故なら──私は今、この洞窟で懸想の相手であるイビルジョーと向かいあって座っているからだ。
「………………」
「………………」
気まずい沈黙が洞窟に拡がる。一度覚悟をしたつもりでも、やはりその姿を目前にすると尻込みをする物だ。胡座をかいている彼は視線を空にやり、ばつが悪そうにしている。
私と彼は先日に少し、そう少し事故のようなことが起きてから一度もまともに対面していない。他ならぬ私が彼を意識しすぎてしまい会うのを避けていたのだが、それを聞いたウラガンキン達から呆れはてられた結果今日この日がお膳立てされたことになる。
──しっかりと話しあえ。
そんな後押しと共に、私は彼と二匹っきりとなった。押し込まれたここは普段アイルーがたむろしているらしいが、彼女達が口利きしてくれたのか今日は猫どころか虫一匹見当たらない。本当に、ここには今私と彼しかいないのだ。
だが、そうでないと意味がない。わかっている。彼の気持ちがどうであれ、私は己の感情を彼に伝える必要がある。その為に彼女達も協力してくれたのだから。
「ちっ、年寄りの冷や水が……」
彼の呟きが聞こえてきた。あまり抑揚のない低い声。久しぶりに聞いたその声が嬉しくて体は正直に反応する。
イビルジョーという竜は通常の姿でも雄々しく獰猛で、その巨躯と横暴さを畏れながらも好ましく思う者も多くいる、そうあの奇特なハンターが言っていた。その言葉通り、彼は特異個体としての姿になった時も大柄でたくましく、精悍な人型となる。あの肉体に戯れとはいえ迫られたのかと思うと、顔から火が出そうな程熱くなった。雄相手にこんな感情を抱くのは異常なのかもしれない。けれど、彼が私を救ってくれた時、彼にそんな意図が無かったとしても、私は強く彼に惹かれてしまった。
一向に喋らない私に痺れを切らしたのか、短めに刈り揃えられた深みのある暗い緑髪の下の金眼が仕方なしとばかりに此方を捉えた。視線がかち合うだけで一際大きく心臓が高鳴る。早く何か言わなければいけないのに、胸がつまって言葉が出ない。久方ぶりに姿を見て、たった一言声を聞いただけで全身が喜びで震える。ああ、私は本当にこの竜に特別な情を抱いているのだと、何度目かわからない自覚をした。
けれど、そんな私の態度を見た彼は頭を掻いて深いため息をつき、思いもよらないことを口にした。
「……お前、もう帰れよ」
「……え?」
「俺に会いたくなかったんだろ。奴らが何を画策してこんなことしたかは知らねえが、お前が無理する必要はねえ。さっさと消えろ」
彼の言葉を耳にした瞬間、身体が固まり脳の奥がズキリと痛んだ。違う、そうではないと反論したいのに言葉がつっかえる。この喉は誰のものだ。まるで他者のそれのように思うように動かない。
「……お前が行かねえなら俺が行く。もう二度と関わらねえから安心しろ」
「っ!」
私が狼狽えている間にも、彼は立ち上がって横を通り過ぎようとする。駄目だ、それだけは駄目だ。もう彼と会えないなんて嫌だ。──彼に、触れられないなんて。
「っ、待ってくれ!」
ようやく言葉を絞り出し、彼の腕を掴んで引き止めた。それは恵まれた体格を持つ彼には容易く振りほどける力だったが、彼は動きを止めて此方を向いてくれた。
「い、行かないでくれ……頼む、から」
そう懇願して彼の面貌を見上げた。情けないほどか細い声だったがどうにか聞き入れてくれたようで、彼は小さく息を吐いて今度は私の真横に座り込んだ。先程よりも近くなった距離が彼の高い体温や匂いを感じさせ、強く彼を意識する。
今だ、今言わなければ。けたたましい心音に思考を阻まれながらも、私はなんとかこの気持ちを伝えようと言葉を紡いだ。
「あ、会いたくなかったわけではないんだ。寧ろ、その逆で……お前の顔を見ると、この前のことを思い出してつい反応してしまうから……だから少しの間一匹になりたかったんだ」
「……あの時のこと、嫌だったんじゃねえのか」
「嫌でもないし、無理もしてない。私は、お前が──」
そこまで言って、ぐいと肩を抱き寄せられる。気付いたら私は彼の厚い胸板に顔を埋める形となっていた。肌に直接彼を感じ、かっと体温が上がる。ドクンドクンと血の流れる音も大きくなる。まだうるさくなるのか、この音は。
「あ、あの……」
「……俺はイビルジョーだ」
どつして、と訊ねようとするも、頭上から聞こえてきた声に遮られ、口をつぐんだ。その声音があまりにも真剣みを帯びていたから。
「同種の末路は散々見てきた。俺達は早死にするか、餓えて狂って狂い死ぬかだ。……そういう化け物の番になるってことがどういうことか、わからねえわけじゃねえだろ」
「!」
──番。信じられない言葉が彼の口から出てきた。願わくば彼とそのようになれたらと思っていた関係。
もしかして、彼はずっと私をそういう相手として考えてくれていたのだろうか。あの砂原での出来事も、その前からも。真剣に、私が想像していたよりも先々の事まで。
彼が何故今そんな話をしたのか、流石の私でもわかる。けれど、番という明確な言葉を耳にして心は素直に歓喜する。
「番に……してくれるのか?私を……」
「おい、話聞いてたのか?……まだ、無かった事に出来る。引き返すなら今の内だ。……お前は、どうしたい?」
問いかける声の低さは変わらないが、心なしかいつも以上にやわらかく鼓膜に響く。自らの種の特異性を理解した上で、今彼は私の為にあえて逃げ道を用意してくれている。きっと彼はここで拒まれても私を害することはしないのだろう。ぶっきらぼうだが優しい男だ。そんな彼に、私はもう並々ならぬ情を抱いてしまっている。私が彼と初めて会った時──私を見逃した時にみせた、侘しげな姿。あの姿を見てからずっと。
顔を上げ、彼を見る。表情を崩さないまま私のことをじっと見て、真剣に私の答えを待っている。目は口ほどに、とは言うが、その言葉通り彼の瞳には今、私を案ずる情けと一握りの欲が込められているような気がした。絶対的捕食者が故の孤独か、この眼が時々寂しげに陰ると潰れそうな程胸が締め付けられる。もうそれが答えのようなものだ。
そう、答えなどとうに決まっている。
私は、彼と。
「──番になりたい。私はお前を、愛おしく思っている」
先程までのつっかえが嘘のように、はっきりと彼に想いを伝えられた。とても清々しい気持ちで、口角もやわらかく上がる。やかましかった心音もいつの間にか落ち着いていて、その代わりと言わんばかりに充足感が胸一杯に拡がった。
彼はまるで私の答えが想定外だと言わんばかりに少しだけ目を見開いた。もしや見当違いな事を言ったのか、と少し不安になったが、私を力強く抱き締めて言葉をもらす姿に杞憂だと悟る。彼も同じ気持ちなのだ、と考えたらたまらなく嬉しくて、涙が溢れた。
「良いのか」
「ああ、お前と共に生きたい」
「長く生きたら、お前だって食うことになる」
「それでも良い。他の竜やハンターにやられるくらいなら、お前の血肉になりたい」
嘘偽りのない本心を伝えて彼の広い背に腕を回し抱き締め返す。彼になら何をされても嫌ではない。彼が憂う『その時』が来ようとも、それまで彼と共に生き愛しあえるというのならきっと最期も幸福に満ち溢れているだろう。彼は優しいからそんな未来を受け入れたくないのかもしれないが、そこに至るまでの行程で有り余る幸せを彼と得られたのならばいつかの私は喜んで彼の手にかかるはずだ。他ならぬ私が選んだこの選択は絶対に間違っていないと、自信を持って言える。
「……わかった」
彼の大きな手が私の頭を撫でる。壊れ物を扱うかのような繊細な指先の動きが彼の根底を表現しているようで心の奥底が擽られる。彼には多くの強大な竜を屠る程の力があるというのに、何故だろう、その手つきに庇護欲すらも抱いた。
「愛してる。……俺の番になってくれ」
耳許で囁かれた告白に素直に喜びながらも思わず苦笑する。私の気持ちは固まっているというのに、この期に及んでまだ彼は逃げ道を作ってくれている。普段の乱暴な姿からは想像できない程、何処までも甘く、優しい男。だけど誰よりも愛おしい。例え彼の言う通り天寿が全う出来ずとも、彼を番に選んだ事を本気で後悔する日が来ることなど決してないだろう。
「ああ。……不束者だが、これからよろしく頼む」
彼をあやすように背を軽く叩き、想いを受け入れる。気持ちが通じあうとこうも心が満たされるのか。肉体を通して伝わる彼の熱が心地好くて、瞳を閉じる。
──こんなに幸せなら、今すぐにでもこの身を捧げてしまいたいな。
気の早い欲望がむくむくと首をもたげるのに気がつかないふりをして、私は身体から力を抜き、彼に全身を委ねた。
終わり
イビボル告白編もなんとか文章で書けました。ちょっとシリアスめになったのと表現が乏しくてうーん……まあ書きたいところ書けたしいっかぁ!(ボルボロスがイビルジョーひき止めるとこ)三人称で書こうと思ったけど想像以上に書けなくなってて一人称です。もうちょいときめく文章にしたかったけどなぁ(実力不足)
この二匹は最終的にイビルジョーが怒り喰らうようになってボルボロスを手にかけるんじゃないかなぁと。しんどい展開だけど好き。このボルボロスは結構図太いしびびらない性格で一度そうとなったら腹をくくるのも早いので、あっさり受け入れそうです。逆にこのイビルジョーはそういったことも結構気にしそうなので、それが理由で今までがっと行ってなかったのかもしれません。
……このイビルジョーもしかしたら弊サイト獣竜種の中で一番思慮深くて理性的でまともなのでは……?(おおよそイビルジョーを形容する際に使われぬ単語の数々)イビルジョーとして考えたら大分甘い性格してるんで、初夜もひと悶着起こしそうです。
度々ですが他ジャンル更新ばかりですみません。数年前にMH擬やった時も数ヶ月書いたら満足したので今回もそうなるはず、もう少しお付き合い頂ければ幸いです。