今回の短文は他ジャンル。バギベリだけどベリオロス不在です。ドスバギィの内面中心。
眠狗竜×氷牙竜
狗竜
その竜が初めて凍土から他の地へと赴く際に目にした物は果てまで無限に拡がる蒼天であった。一年を通して雪が降り厚い雲の緞帳が下りる極寒地帯では、雲の切れ間から日差しが射し込むことはあれど快晴は皆無である。彼ら凍土に住まう生物にとってこの空はただそれだけで異質でありながらも惹き付けられる壮大さを覚える物であったが、その竜にはとりわけ強い感慨を抱かせた。
──ああ、同じ色だ。
特異個体の眠狗竜を率いる長、ドスバギィは心の中で呟いた。
幾年月が経ち、彼が幾名かの部下を伴い他の地──主に孤島へと赴く事は最早日常の一つになった。凍土の地は食糧に乏しく群れの者からも時折飢えや食事の質の低さを訴えられている。部下達の不満を解消する事と有益な情報を仕入れる為にドスバギィは人型に姿を変じてしばしば遠出を繰り返した。その風貌は傍目からは眠狗竜素材の装備を身に纏った人間の青年でしかなく、彼自身つり上がった鋭い目縁に収まる金の瞳がふいに剣呑に光ろうとも言動と雰囲気で誤魔化し煙に巻く術をわきまえていた。
ドスバギィは此度も一匹の部下と共に孤島へと旅立った。凍土に最も近い人里から近年交通網の一つとして確立した飛行船に人のふりをして乗り込み、徒歩で行けば数週間はかかる行程を大幅に短縮して彼の地へと向かう。
とはいえ大移動であることは違いなく、技術の進歩をもってしても旅程は数日を要した。飛行船が人里を出発してから既に3日が経過している。その間飛竜の急襲や劇的な天候の変化もない。空を走る船は補給も兼ねて人里に寄り、旅客を降ろしては新たな旅人を乗せて航路を安全かつ順調に消化していた。
目的地の孤島にある集落、モガの村には飛行船の停泊所が無い為、一度最寄りの村で下船し海路に切り替える必要がある。その村で顔馴染みである近縁種の特異個体と落ち合う予定だ。土産の特産品が入った袋を持ち直しながらドスバギィは遥か下へと視線を落とした。
彼は飛行船による旅程を一際好んだ。乗っている間は大概、空気の薄い甲板にある転落防止用の手すりにもたれ掛かりその金目を空や陸へと向けている。見下ろせば陸と海の境が目に見えてわかるほど地上が遠くにあり、視界に映るものは異なれど同じ視点に立てた事に微かな喜びを覚えていた。
暫くすると、「隊長、そろそろ到着します」と部下が声をかけた。周囲も下船の準備で慌ただしくなっている。両手で事足りる荷物だけを持って凍土を出た彼らはそのまま降りるだけだったが、これもまた旅の風物詩と、目的地に着くまでの間右往左往する船員や乗客の様子を冷やかし半分で眺めるのだった。
数時間後。ドスバギィが飛行船の停泊所から出て久々の大地を踏みしめていると聞き慣れた声がした。
「予定通りの到着だな、ギィ」
ギィという名はドスバギィが人里で使う偽名である。その名を知る者はこの村に現在一人、いや一匹しかいない。声のした方を向けばそこには狗竜素材の装備一式に身を包んだ紫髪の青年が腕を組んで立っていた。形良い金の双眼を細めている男は紛れもなく彼が知る特異個体のドスジャギィである。
探す手間が省けたとドスバギィが近付いていく間にもドスジャギィは彼に向け言葉を投げ掛ける。
「その分だと今回もなんら問題のない船旅だったようだな。何か事件の一つでもあれば酒の肴くらいにはなっただろうが」
「そうほいほい問題が起きるんじゃあ奴らも商売にならねえだろうよ。安全なルートが確保されてるって証明だ、リスクが低いのは良い事じゃねえか」
「一理ある。しかしそういうことではないのだ。日々同郷者や来訪者が引き起こす問題に振り回される私のような苦労をお前達も少しは味わえばと、ちょっとくらい願ってもバチは当たらないだろう?」
「立ち話をお望みか?こっちは一息いれたいんだが」
天を仰ぎながら凍土の竜は同じ特異個体であり近縁種でもある彼の話を打ち切った。ドスジャギィはやれやれと軽く息を吐きドスバギィの背を叩く。
「ではまずは腹ごしらえでもするか。勿論その食い意地のはった部下も一緒にな」
「え、良いんですか!?喜んでご一緒させて頂きます!」
「あまり甘やかしてほしくはねえんだがなぁ……」
良い飯屋があるのだと淀みなく先導するドスジャギィに従い、凍土の二匹は歩き始めた。何度か立ち寄ったとはいえ彼らには未だ馴染みのない村だが目の前の狗竜は土地勘を持つ程度にはここを散策しているらしい。事実、連れられた屋台の料理は良質であり食の乏しい地で暮らす二匹には舌鼓を打つに足る美味だった。
二匹は胃が満ちるまで食事を堪能した。量にも味にも満足し木製のフォークを皿に置く。そのまま今後の行程を確認するべく地図を開き始める部下の横でドスバギィは視線を空へと向けた。この日は雲一つない快晴であり澄みきった青が上空にひろがっている。眩しさに瞳を細めれば遥か頭上を鳥の影が過った。
「お前はよく空を見ているな」
一匹だけ食後のデザートに興じていたドスジャギィがふと言葉を放った。ドスジャギィとしてはなんてことはない世間話の一つだったがそれは彼の意表を突く発言だった。ドスバギィは内心動揺するも顔には出さず、作り笑いで取り繕って軽口を返す。
「そりゃあ凍土じゃ中々拝めないからな、珍しいもんは見たくもなる」
上手く誤魔化したつもりだったが聡い者には通じなかった。その一瞬だけで何かを察したドスジャギィはからかうように口角を上げる。
「それにしては熱っぽい眼を向けるじゃないか。──まるで誰かと重ねているかのように」
ドスバギィの顔から笑みが消えた。どこまで踏み込もうとしてくるのだこの男は、と心中で舌を打った。
けれども否定の言が出ないのは図星だからであり、事実青は彼にとって愛おしい色だった。澄みきった蒼天が如き色──彼の手が届かない、孤高の竜の眼の色は。
「……だから何だ?お前には関係ないだろうが」
「確かにそうだ。だが意中の相手の前では気を付けるといい。お前が思うよりも目は口ほどに物を言う」
「………………」
「高嶺の花なのだろう?ならば気付かれないよう振る舞わなければな、遠くから眺めることすら出来なくなるぞ」
「……ご忠告、痛み入る。杞憂だろうがな」
そう、杞憂だ。彼の飛竜は決して己に強い関心を抱かない、故にこの情を察することもないはずである。彼はそんな確信に近い予想をしているが、さりとて相手の謂わんとする点も理解出来なくはないため本心のまま言葉を返した。ドスジャギィの口元は彼の言を聞くやいなや苦味を含んだ笑みを形作る。
「杞憂と思うか……ならば、私からはこれ以上何も言うまい。結局の所お前の問題だしな」
その言葉と共にドスジャギィは木製のスプーンを空の器に置き、おもむろに立ち上がった。
「さて、甘味も食したことだし、そろそろ移動するか」
「ああ、無駄話もキリが良いしな。おい、行くぞ」
「あ、はい!」
ドスジャギィにならってドスバギィ達も席を立つ。目指すは孤島行きの船が待つ乗船場。ようやく本来の目的地へと向かう中、ドスバギィは先ほどの会話を思い返していた。
(さて、俺はそんなにわかりやすかったかね……)
自戒しているつもりではあったが足りなかったか。当事者に気付かれることはなかろうが周囲が感付き余計な事を漏らさぬよう、より注意せねば。そんな事を考えるドスバギィだが、如何に彼が努力しようとも土台無理な話であろう。凍土だろうが孤島だろうが飛行船内だろうが人里の中だろうが──彼の脳裏の大半を占めるのはいつだって美しき彼の竜のことだからだ。
初めて彼の竜を見た時、その美しさに彼は一瞬で心を奪われた。寒く暗くひもじい地獄のようなこの凍土にこうも美しい生き物が存在するのかと目を見張った。
長い睫で縁取られた鋭く輝く蒼眼と品のある高い鼻すじ、真一文字に引き伸ばされていることが殆どな口元すらも淡い桃色の唇に彩られており造詣が深い。そこに指通しの良さそうなやわらかな白髪が落ちてその美貌を更に引き立てる。繊細で汚れを知らない雪肌は触れてしまえば溶けて消えてしまいそうな危うさすらあった。彼の竜の面貌は気難しい性格を少しまろやかにするだけで種族や雌雄を問わず求婚する者が現れる程の物であるが、それは叶わなかった。あの美しい竜は他者との交わりを好まない。番はおろか親しい者もいない。孤高であるが、何者にも染まらないその有り方がよりドスバギィを惹き付けてやまなかった。
ドスジャギィとの会話の通り、彼は自らの思慕が伝わるどころか実を結ぶなどとは思っていない。そしてそれで良いのだと信じていた。彼はただ、愛する飛竜がいつか必ず選びとるであろう番と愛を育み幸福な生を全うすることを願っていた。その為にはこの恋情を枯れさせて己が身を文字通り犠牲にすることも厭わない。否、犠牲になれることが喜びですらあった。例え身勝手な自己犠牲だろうが、凡弱な種である自分が彼の飛竜の生に僅かでも貢献出来るのなら、それはまさしく栄誉であろうと信じていた。
そんな生半ならぬ感情を抱いておきながら雰囲気や言動、視線、全てに気を回し誰にも覚られることなく隠し通すなど神業に他ならない。脳の大半を占めるその情が如何に容易く他者に伝わるか、など彼は自覚していなかった。
自覚ないまま前を歩くドスジャギィと部下から視線を反らし、何度目かの空を見上げる。視界全てが青に塗り潰されて心地好い。愛おしい飛竜の眼と同じ色は視界に収めるだけで彼の胸を多幸感で満たした。
(あんたは今どうしてるんだろうな)
などと思えど回答は既に脳内にある。きっと彼の竜は今日も凍土の曇天の中、翼を広げて翔んでいるのだろう。誰も寄せ付けず、何者にも心を許さず。
その美を思い起こすだけで彼の口角がゆるく上がった。
──彼の竜の、内に秘めた慕情の相手が己であるとは露とも知らずに。
終わり
三人称と台詞と台詞の間に改行を無くしてみたらどうなるかというお試し文。こっちの方が会話のテンポが良い気がする。久々にタイトルもつけてみたけど相変わらずタイトルセンスが死んでいる。
ドスバギィは重めかつ湿度高めの感情をベリオロスに向けているのですが心の底から自分が彼と番になることはないと信じています。今後ベリオロスが痺れを切らして己から告白しても練習か冗談か何かだと流しそう。亜種モンスターの擬人化予定は今のところ無いのですがもしもアグナ亜種やボロス亜種がいたらこの辺りとベリオロスを番にさせる為動きそうです。この二匹がくっつくには周りも巻き込んで相当ベリオロスが頑張る必要がありますね。
それか分かりやすくドスバギィが瀕死の重体などになって、回復しても力が戻らず群れを率いることが出来なくなった(恐らくドス鳥竜種には死を意味する)所でベリオロスが囲うとか……これはこれでドスバギィが色々な意味で耐えきれなくなりそう。
……どうしたら幸せになるのだろう、この二匹(書いてるお前が考えろ)
話の内容とは直接関係はないが飛行船でも孤島⇔凍土はもっと日数かかるかもしれない。