二匹は草原地帯に到着した。視界の奥には煙が濛々と上がり、あそこが墜落地点かとディノバルドが目星を立てる。片やリモセトスは同種の群れを遠方に確認し、混乱し惑っている群れの中に己の番を見つけて肩の力を抜きほっと胸を撫で下ろした。
「ああおるわ、あそこにいてるわ。……よかった」
「無事で何よりだ。お前は番の側にいてやるといい、俺はあちらの様子を確認してくる」
「ああ、兄ちゃんも気ぃつけや」
ディノバルドはその場でリモセトスと別れ、煙の出所へと向かった。草を踏みしめ歩き続けていると次第に巨大なクレーターと見覚えのある若者達の後ろ姿が視界へと入ってくる。声の届く距離まで詰めて、彼は二匹の名を呼んだ。
「ドスマッカオ、ホロロホルル。先に来ていたのか」
彼の声を聞いた二匹は我に返り、後方──ディノバルドのいる方角を向く。二匹共あり得ない現実を目の当たりにし茫然自失と化していたが、常々力ある種として頼っている斬竜の姿を見るや否や渡りに船と言わんばかりに顔に血色を取り戻した。
「ディノバルドさん!よかったぁ、様子見に来てくれはったんやね。もう僕怖くってぇ〜」
憧れの竜を前にしてすっかりいつもの調子を取り戻したホロロホルルは雌と見紛う愛らしい顔を緩め、細く柔らかい青髪を揺らしながらディノバルドの下へ駆け寄った。その勢いのまま斬竜の逞しい肉体に抱き着いたのは恐ろしかったからでも感極まったからでもなくただの彼の趣味である。計算高い彼はこれ幸いにと敬愛する竜にべったり甘えようとした。
平時であれば軽口の一つや二つ挟むのだが状況が状況だ。ディノバルドは表情一つ変えず慣れた手つきで彼を軽々と引き剥がしその首根っこを掴みながら呆れ顔のドスマッカオが立つクレーターの外周まで進んでいった。
この特異個体の跳狗竜ドスマッカオは極彩色の派手な見た目に反して慎重な竜である。常から古代林全域に斥候を放ち、己の群れに影響を及ぼす異変が起こりそうならば直ちに対処に当たる。その為にホロロホルルやディノバルドに助勢を求める事も少なくない。
そして斥候からの報告を日夜処理する彼の下には自ずと情報が集まる。古代林で知りたい事があるならば、まず彼を訪ねるのが最適であった。少なくとも首根っこを掴まれ嬉しそうに頬を染めている変人ならぬ変鳥よりはこの事態に対してまともな見解を寄越してくれそうだと、ディノバルドは判断した。
己より幾分か小柄な鳥竜の横に並ぶと、早速ディノバルドは問いを投げ掛ける。
「どうだ?何か分かったことはあるか」
「わかったっちゅうか、にわかに信じがたいっちゅうか……」
「なんだ、歯切れの悪い。隕石か何かじゃなかったのか?」
「……直接見てもらった方が早いっすわ」
言葉と同時にドスマッカオは未だに燻るクレーターの底を指差した。出来たばかりのこのクレーターは通常種の斬竜が二、三匹程入っても余裕がある程巨大で深く、これが形作られる程の衝撃たるや計り知れない。世界は広く、各地にはより大型のクレーターが存在し得るのであるが、それでも彼らにとっては十分脅威を感じる大きさだった。
しかし、彼が指し示したのはクレーターそのものではなかった。深いクレーターの底に在る『それ』。つまるところ、落下物。
『それ』の正体を視認するや否や、ディノバルドは目を見開き己の認識力を疑った。まさか、と呟き碧眼を向ける先を一点に集中させる。
おおよそその場に居て良いものではない異質な存在。『それ』が稀代の芸術家の追い求めし到達点・最高傑作と説明されたならばさもありなんと頷く者も出てくるであろう程に完成された銀と褐色の造形。焦土の中心において傷一つ負わずたおやかに横たわる、現実から乖離した幻想の美。
其処に居たのは一匹の竜。
それも人の形をした、彼らと同じ特異個体の竜だった。
「……これは、確かに信じがたいな」
ディノバルドは嘆息した。竜の類いまれなる美しさにもだが、現実離れしたこの様相が自らの眼前に在る事実に何より驚いた。
生物が無傷で墜落してきた、それだけでも驚愕に値するが、ドスマッカオは死んだ目で更に予期せぬ事実を告げる。
「せやろ?しかもあれ、寝とるんですわ」
「は?」
「よう見てもらったらわかるんやけど、……なんか、ゴロゴロしとって」
手渡された双眼鏡を用いて謎の竜を観察した。ドスマッカオの言葉通り、確かに時折身動ぎをして体勢を変えている。まるで日の当たる縁側でまどろむ猫のように穏やかに、能天気なほどなごやかに、のびのびとその竜は眠っていた。
「……はは、いやいや何の冗談だ。あの衝撃の中平然と寝られる竜がいるわけないだろう」
信じがたい現実に直面したディノバルドは口角をひきつらせて乾いた笑い声を上げた。
天空から落ちたら死ぬ。飛竜とて翼をもがれ墜ちれば同じ事。殆どの生物は落下時の衝撃に肉体が耐えきれず息絶えるか、よしんば生き長らえたとしても命に関わるような重傷を負うのが常である。この規模のクレーターが作られる程の衝撃の中無傷で生き延び、ましてや眠っているなど明らかに常軌を逸していた。
並の生物では到底到達し得ない、例外中の例外。生命の理をいとも容易く超越してみせる生命体。彼はそのような存在に心当たりがあったが、口に出す前にドスマッカオがぼやき始めた。
「いや本当、俺も最初は隕石か何かやと思うとったんすよ……ていうかそうであってほしかったわ……なんやねんナマモノが堕ちてくるって、ありえへんやろが……!」
頭を抱えた。理解が及ばず苦悩に顔を歪めて髪をかきむしる。この場にいる全員が共通して抱いた戸惑いを彼は全身を使い表現した。
しかしそれでは現状は変わらない。友を諌めるように、未だ首根っこを掴まれたままのホロロホルルが神妙な面持ちで前進の一言を放つ。
「気持ちはわかるけど、今はそれ以上に気にせなあかんことがあるやろドスマッカオ君」
「言わんといて!今ちょっと処理が追い付いとらんねん!つかいつまで摘ままれとんねんお前!はよ降りぃや!」
「だがそう目を逸らし続ける事も出来んだろう。奴が起きてからでは遅すぎる」
このまま謎多き竜を放置して、果たして古代林が無事であるかなど保障はない。故に彼らは今、この場で、決断し行動する必要がある。
ようやくホロロホルルを地に下ろしてディノバルドは言葉を続けた。
「奴が何者か探り──そして、これから俺達はどうするべきか。今の内に考えておかなければな」
そして一同は警戒の視線を謎の竜へ向ける。件の竜は何も知らないまま、依然として心地好さそうにスヤスヤと眠りこけていた。