グラビモスとドスイーオスがくっつく場合のイフ話。
鎧竜×ドスイーオス
ナグリ村に程近い巨大な洞窟は時期によって環境が大きく変化する事で有名だ。平時は肌を湿らす空気がこもった涼しげな洞窟だが、近隣の火山が活発化する季節を迎えると洞窟内部には溶岩が満ちて灼熱の火山地帯と化す。
地底火山と呼ばれるようになる頃、この地域にはイーオス種やグラビモス種といった火山帯を中心に生息するモンスター達が姿を現し始める。そして火山の活動が止まり洞窟内の溶岩もなりを潜め、再び地底洞窟と呼称され始める時期まで、彼らはここで生活を営むのだ。
地底火山上層部において、あるイーオスの群れに変化が起きようとしていた。二匹のドスイーオスがにらみ合い、牽制しあうように威嚇の鳴き声を上げている。その周囲を十数匹のイーオスが取り囲み、緊迫感をもって二匹の争いを見守っていた。
群れの一員であるイーオス達が関与しないのは、これが縄張り争いではなく代替りの儀式だからだ。より大柄で若々しい個体が長の座を狙う挑戦者、平均的な体長だが堂々とした風格の個体が現在群れを率いている長である。群れを率いる中型鳥竜種のモンスターは若く逞しい、より強力な長となる素質を持った者へとその座を譲っていく。しかし無条件に譲るわけではない。群れの長は新たな長になろうとするこの若い個体が真に長足り得るのか、実際に牙と爪を交わして見定める任がある。それが群れを率いる長の最後の責務なのだ。
若い個体には当然若さ故の体力と力がありその点だけ見れば有利と言えるが、長年群れを率いた長は経験というアドバンテージを持つ為、技でいなされ返り討ちにあうケースも少なくない。故に、圧倒的な力量差がない限り、どちらが今後の長になるのかは誰にも推し量れず、二匹を取り囲むイーオス達はただその成り行きを固唾を飲んで見つめることしか出来なかった。
威を測る時は終わり、ここからは力量を示すのみとなった。挑戦者たる若き個体の細長い瞳孔がかっと開くと同時に両者は一斉に互いへと飛びかかる。
彼は長の首を鍛えた咬合力で噛み砕かんと果敢に噛みつくが、長はその猛々しき一撃を、重心をずらしてすんでのところで避ける。同時に繰り出した爪撃は若輩者の腹部を浅く裂き、流血が地に舞った。しかし挑戦者もやられてばかりではない。傷に目もくれず、身を翻して雄々しく攻め立てた。
二者はしばしの間全力をぶつけ合った。互いの肉に鋭い爪を食い込ませ、尖った牙を突き立てて、二匹の赤き外皮に新たな咬創と切創が次々と増えていく。長のドスイーオスは痛覚により鋭くなった五感を用いて挑戦者との争いに集中した。より洗練された回避を見せ、より鋭い猛撃を繰り出す。長きに渡る戦いで培ってきた全技術を以てして挑戦者を追い詰めようと試みるが、相手も一筋縄では行かない。文字通り食らいつかんとして急所を見据える眼の奥を爛々とぎらつかせていた。
互いに決定打に欠ける中、争いは次第に長期戦へともつれ込んでいった。時間にしておおよそ三時間。長期戦になればなるほどより老いた個体である長には不利となる。傷による疲労の蓄積もあってか、長は段々と疲れを見せ始める。口は開きっぱなしとなり呼吸は乱れ、眼も濁ってきた。集中力は限界に至っている。
その為か、反撃の際に彼は小さなミスを犯した。僅かではあるが首下の守りを疎かにしてしまったのだ。決して気を抜いていた訳ではなく、その時間も短いものである。しかし、それは若きドスイーオスがつけこむには十分な隙であった。
刹那──長の首を挑戦者がついに捉えた。僅かな隙を見計らい、鋭き牙を肉に突き立てると身を捩り、万力をもって相手を岩壁に叩きつけた。岩肌の表層部がバラバラと崩れ落ち石片が長の肉の上へと降り注ぐ。長は全身を襲う衝撃に耐えきれず、そのまま地に倒れ伏した。
──決着はついた。
このドスイーオスの群れに世代交代の時が来た。
若き個体は己の勝利を示さんと高らかに咆哮した。同調するように群れのイーオス達も共鳴し新たな長の誕生を祝った。
一帯を覆う勝鬨の中、敗者は脚に力を込めてよろけながらも立ち上がる。既に勝敗は期した。今の彼に長たる資格はなく、後は群れを去るのみである。新時代の到来に沸き立つ群れを見遣ると眩しげに目を細め、脚を引き摺ってあらぬ方へとただ一匹で歩み始めた。
新たな長は這う這うの体で何処かへ去る先代の背を見つめた。その姿に何を思うのか、金の眼は先代の姿が見えなくなるまでただただじっと見据えていた。
敗れたドスイーオスはただのドスイーオスではなかった。群れから離れた彼の肉体は鳥竜の姿から段々と変容し、ついには人の形をとる。つり目がちの目縁の中に収まる金眼に猫のような縦長の瞳孔。細く長い赤髪を首の辺りで一つに纏めた、イーオスメイルに近しい軽鎧を身につけた痩躯の男。それが特異個体たるこのドスイーオスのもう一つの姿だった。
人型の姿には利点がいくつかあるが、通常時に比べエネルギーの消費が少ない点はとりわけ大きなメリットだった。その為、弱った特異個体のモンスターは人型に変じて回復に努める事が多い。ドスイーオスがこの姿をとった目的は回復ではなかったが、エネルギーの消費を減らす事は目的を成す為に必要であった。
──余計な気を回しおって。
ドスイーオスは脳内で呟いた。中型鳥竜種は群れを巡る争いで命を落とすことも少なくない。しかし、新たな長は彼を仕留めなかった。殺さなかった。殺そうと思えば殺せたはずなのに止めをささなかった。そこにどのような感情があったのかは定かではなかったが、恩情の一種である事は少なからず察せられた。しかし率いる群れを失ったドスイーオスにはより厳しい野生の世界が待っている。たった一匹、手足の如く動かせた手下達も居ない彼の生存は極めて困難であり、遅かれ早かれ死は必定だった。当然ながら彼は死を覚悟した。死を願ったわけではないがそうせざるを得なかった。客観的に考えて生き長らえることは不可能だった。
だが、これは摂理である。より弱き者が滅び去るは世の理、世の常。脈々と受け継がれてきたドスイーオスという種の性であり生存の知恵。長も手下も種の生存に必要なシステムの構成要素に過ぎない。彼もまた先代の弱者を押し退けて長の座に就いていたのだから、その因果が巡ってきた事は必然だと考えた。
故に彼は死に場所を求めていた。見知った者の誰もいない土地、一匹のドスイーオスの死体を見ても何の感慨を湧かせない者ばかりの地を。目指す方向は地上と洞窟を繋ぐ地底火山の出入口。其処から外へ出た時、死出の旅路が始まるのだ。
そしてその境界がいよいよ間近に迫った。さて死ににいくかと気丈な振りをして一歩、求めし死地に赴かんと踏み出した時、最も聞き慣れた、今最も耳にしたくなかった声が背後から聞こえた。
「その傷で何処に行くつもりだよ」
振り向いた彼の目が一匹の竜を捉えた。地底火山の食物連鎖の上位に君臨する強大な竜──グラビモス。人の形をとっていても大柄な体躯を持つ白髪の男がそこに立っていた。ドスイーオスは彼をよく知っていた。最たる理解者と言っても過言ではない。傲慢な点が玉に瑕だが、愛する者の為には誇りをなげうち己が全て、命すらも懸けられる心身共に剛健な男。ドスイーオスとは全く異なる力強い竜が眼光鋭く彼を見据え、一歩一歩近付いてくる。グラビモスは恐らく事のあらましについて勘づいているのだろう。長い付き合いである竜の真剣な眼差しを前にし、そう察して少し怯んだが、心中を覚られぬように毒づいた。
「こんな所に来るとは余程暇と見える。だが、貴様には然程面白みのないものだ。早々に棲家へ戻ると良い」
最後の強がりで微笑んでみせるも長くは続かない為、すぐに顔を背けて外へ向かおうとした。だが弱ったドスイーオスの歩みの遅さでは振り切る事など出来やしない。早々に追い付かれ、動きを阻むように肩を掴まれた。
「貴様……」
「酷え有り様だな。無茶しやがって」
キッと睨み付ける金の眼光を無視してグラビモスは眉をしかめた。視線は身体中に広がる傷へと向けられている。一通り傷の具合を目視した後、溜め息をついて彼を娘のように軽々と抱き上げた。
「っ、放せ!何を……!」
「なんだ、思ったより元気そうだな。良いからじっとしてろ。俺のねぐらで手当てしてやる」
「必要ない!」
「必要ないわけねえだろその傷で」
横抱きで抱えられるや否や、ドスイーオスは手足をばたつかせて抵抗を試みる。しかし圧倒的な膂力の差で容易く押さえ付けられた。グラビモスは悔しげに歪められたその表情を一瞥すると、踵を返して来た道を戻ろうとする。行き先は彼の告げた通り地底火山の奥地、グラビモスのねぐら。散々訪れた馴染みの場所へ連れていかれようとした時、舌打ちの後にドスイーオスの口から手当てが必要ない理由が淡々と述べられた。それを言えば解放してもらえると信じての事だった。
「本当だ。俺はもう群れの長ではなくなった。最早生き長らえる事叶わぬ身、いちいち治した所でどうせ直ぐに無駄になる。だからもう、必要ない」
「……ああ、そういうことか」
「わかったのなら下ろせ!俺は早々にここを去らなければならないのだ」
納得したように呟いたグラビモスが動きを止めた。その隙を見計らってドスイーオスは両腕に力を込めて厚い胸板を押し退けようとするがびくともしない。彼は体格差を恨みながら己を抱える男を睨んだ。
ドスイーオスがこの地を去ろうとするのにはいくつか理由がある。その中で最も大きいのがかつて率いた群れの存在だ。彼がこのまま地底火山で生き絶えたならばきっとすぐに元々の部下達がその死骸を見つけてしまうだろう。彼と同じ特異個体が集まったあの群れの部下達は皆、憎まれ口は尽きないが気の良い者ばかりで、きっと先代の末路を見たならば嘆いて僅かでも後悔するに違いない。己の死で群れの者達が気を沈ませるのはドスイーオスの本懐ではなく、ならばせめて誰も悲しむ者のいない土地で死のうと考えた。
しかしグラビモスが彼を地に下ろす事はなかった。それどころか抱える腕により力を込めて絶対に放そうとしない。ドスイーオスが忌々しげにその顔を見上げていると、唐突に言を投げ掛けてきた。
「そんなに死にたいのか、お前は」
「別に死にたいわけではないが、状況からしてそうなるに決まっている。ならばここから少しでも遠い地で終わろうと思ったまでの事」
「良いのか?本当にそれで。死にたくねえのにしょうがねえから死ぬなんて、馬鹿馬鹿しいと思わねえのか?」
否定のこもった問いかけはドスイーオスの癪に強く障った。馬鹿馬鹿しい──強がりの底に潜めた怯えを見透かしているかのように突き付けられた、たった一言。それはこれから起こる己の死に最も相応しい表現だと彼は考えてしまった。イーオスという種として、長として、この最期は必然である。そう信じてあえて目を逸らしていた、もっと根本的な心の内側の本音。ドスイーオスとしてではなく、一生命としての本心がその言葉に強く反応する。心が、剥き出しにされる。
思わずかっと頭に血が昇る。気付いた時には感情のままに喚いていた。
「っ、何が言いたい、何故そんな事を訊く!それを認めてしまったら、本当にただの無駄死にになってしまうだろうが!」
グラビモスの衣服を強く握り締めながら昂った感情をそのままぶつける。本当は死ぬ覚悟すらもしたくなかった。群れの長としてではなく個としてやり残した事が、やってみたかった事がまだまだ山ほどある。成長を見守りたい者も、別れがたい者もいる。それら全てを諦めて、欲を抑えながら群れの為に身を削って尽くし、その結果が野垂れ死にとは。
──あまりに報われない、と。
彼は心の底では考えていたのだ。
これがドスイーオスらしからぬ思考だとわかっていても最早止める事は出来やしない。特異個体の彼は人に近い感情を有しており、己がシステムの歯車の一つに過ぎない事実を割り切れなかった。自らを、役目を終えた古い部品なのだと容易に切り捨てる事が出来なかった。
ひとえに彼は、個としての自身の生に未練があったのだ。
「生きたいに決まっているだろう!だが、無理に決まっている!たった一匹、たかだかドスイーオス風情がこの自然界で生き残る術など無いのだ!それでも生き長らえる努力をしろと言うのか、どうせ餓え死ぬか喰われるかが関の山なのに!」
どうすることも出来ないのだとドスイーオスは瞳に涙を称えながら思いの丈を叫んだ。だから貴様には会いたくなかったのだと、理性的とは言い難い混迷した精神状況の片隅でこの出会いを悔いた。
何時だって彼はグラビモスにだけは己の気持ちを有りのままぶつけてきた。グラビモスの前でのみ、ただの個として振る舞えた。だからこそ、最期ばかりは距離を取り、あえて何も言わずにこの地から去ろうとした。会ってしまえば、この死ぬのに都合が悪い本心もまとめて全てさらけ出してしまうと確信していた。死にたいわけがないが、しかし、生存の道は既に絶たれている。ならばこの一生命としての感情には気付かない振りをした方がよっぽど楽に逝けたというのに。
しかし、そんなドスイーオスの苦悩を吹き飛ばすかのようにグラビモスは承和色の目を細めた。その笑みは、瞳はとても温かく穏やかで力に満ち溢れており、さながら太陽のようであった。
「全く、お前は本当に頭がかてえな」
愛情が込められた声音でやれやれと洩らした。そして彼は少しの間だけドスイーオスを片腕で抱き直すと空いた手でその頬に触れる。慈しむようにそっと、涙で輝く黄金の眼から溢れた滴を指で拭う。
「一匹で生きる必要なんかねえ。一匹で生き残れないなら二匹でいれば良い。自分より力のある種族を利用して、生きれば良いんだよ」
それはドスイーオスに生存の道を示す発言だった。一匹で成しえぬなら二匹、非常にシンプルでわかりやすい理屈である。しかしドスイーオスの表情は晴れない。今の己が如何に孤独な存在か承知しているからだ。グラビモスの言を受けて幾分か冷静さを取り戻した彼は、先程とはうってかわって小さく反論した。
「……そんな事を言われても、俺にはそんな相手などいない。群れを失って、一匹だけだ。貴様の言う通りにはいかない」
「おいおい、お前の目は節穴かよ」
グラビモスはとびきり明るく笑った。承和色の瞳を目蓋の裏に隠して、茶化すように。
そして、ドスイーオスが全く予想もしていなかった、しかしグラビモスとしては予てより想定していた未来に至る為の、決定的な投げ掛けを続けて言い放った。
「今まさに、目の前に、利用出来るもんがあるだろう?」
言い聞かせるように伝えられた言葉はドスイーオスを戸惑わせるのに十分だった。それはある意味では蜘蛛の糸、絶望に翳るドスイーオスを救う一筋の光。彼は驚愕に目を見開き、咄嗟にグラビモスの顔を見つめる。そこにはただ自信に満ちた笑みがあった。
「な、何を言って……」
「今までだって散々頼ってきたじゃねえか。今度は、お前が生き長らえる為に俺を利用しろよ。お前の生涯を預けてみせろ。そうすりゃあ、約束してやる。お前を必ず幸せにするって」
なんて事はないように、どこまでもあっけらかんと。口振りは軽快であったがその目には明確な決意が宿っていた。
グラビモスは嘘を好まない男だった。彼が誓ったのなら、たゆまない努力の結果、必ずや約定を真実にするはずだ。しかし、それはグラビモスに負担をかける事と同義である。ドスイーオスは群れで活動する種であり、個体の力は世界を闊歩する強大な種族には到底及ばない。その彼を護りながら生き延びるのは、おそらくグラビモス一匹で生きるよりも困難だろう。ドスイーオスを抱き上げるこの気丈夫な男は、まさに今、彼の生存の為に己が命を懸けようとしているのだ。
ドスイーオスは群れを生かす為にしばしばグラビモスの力を借りてきた。助けを乞い願った事も数知れない。この期に及んでまだこの男を煩わせるのか、己一匹の為だけに。そう躊躇うのも当然だった。
「っ、出来るわけないだろう。これ以上、貴様の足手まといになるなど……」
「今更なに遠慮してんだよ。お前が俺に迷惑かけるなんざいつもの事だろ?だからよ、いつものように頼ってみろって」
わざとおどけてみせるが口にした思いに嘘偽りはない。視線を落とすドスイーオスの手を握って穏やかに語りかける。
「なあ、素直になれよ。もうお前は群れのリーダーなんかじゃねえんだ。何をしようとどうしようと、誰もお前を咎めやしない。不安も恐怖も全部俺に任せて、お前は思うがまま生きろよ。お前の寿命が来るまでは、俺が生かしてやるから」
「…………」
「お前が行きたがってたリオレウスの故郷だろうと、過ごしやすい新天地だろうと、何処だって二匹で行こうじゃねえか。何処だろうと一緒にいてやるよ。だから俺の為に生きろ。俺はお前と生きていけたらそれで良い。俺は、お前と生きたいんだ」
そこまで言い切ると愛おしげに眦を下げ、抱き上げる腕の力を強めた。
彼はとっくのとうに決心していた。どのような形であれこの頭でっかちで不器用な昔馴染みを護り抜くと。何時からか欠かす事の出来ない特別な存在となっていたこの赤髪の小柄な男が必要とするのなら、弟と同じくらいかそれ以上の愛と献身を捧げようと。
誰かが幸せにするというのならそれでも良かった。この気難しい男が幸せになるのなら手段は問わない。だが、もしも眼前で希望とは程遠い暗き路を進もうとするのなら。その時こそは自らこの細い手を取り、二匹で幸福な一生を過ごすと決めていた。
彼の決心は独善的だった。傲慢で自分勝手で、酷く情に溢れていた。彼には、ドスイーオスが剥き出しの感情をさらけ出せる唯一の存在が己だという自負があった。故に、最たる理解者としてその生涯に寄り添えるはずだと信じていたのだ。
ドスイーオスもまた、彼の真意を正しく理解した。自分の為にこの男がどれ程の覚悟──それこそ己が抱いた死の覚悟とは比較にならないほどの──をしているのかを、言葉で、視線で、体温で感じ取った。その胸にはいつの間にか一縷の望みが芽吹き、段々と大きくなっていた。
──生きたい。
目の前に差し出された救いの手を握り返して、この男と共に日々を過ごしたい。そして彼の弟の成長を二匹で見守り、色々な地を気ままに流離って、並んで老いて穏やかに命を終えたいと。グラビモスに触発されて、そんな願いが心に根差した。
長としての矜持、イーオスという種の本来の生き方がノイズとなり自覚出来なかったが、ドスイーオスは心の底ではきっと誰よりもグラビモスに会いたがっていた。何も無くなった彼その者を受け入れて、ボロボロのこの命を肯定してほしかった。そしてこんな自分でも、それでも見捨てず側にいてもらいたかったのだ。
心の芯の部分が欲した言葉を全て与えられた彼は一連の言動で無意識にこの男に助けを求めていた事を覚り、今にもすがり付いて、声をあげて泣き出したい衝動に駆られた。目の前のたくましい首に己の両腕をぐっと絡ませて首元に顔を埋める。とても落ち着く、安心する温もりがより伝わってきてもっと目頭が熱くなる。
「俺は、本当に面倒だぞ」
「ああ、知ってる」
「何も力になれないかもしれない」
「構わねえよ。側にいればそれでいい」
「恐らく、貴様に甘えてばかりになる」
「今更だろ」
「本当は欲深いし我が儘ばかり言うかもしれない」
「無理の無い範囲なら聞いてやるよ」
消え入りそうなくぐもった声で小さく、ぽつりぽつりと伝えたい事を紡ぐと、同じように言葉が返ってきた。淡々と、淡々と。しかして万感の想いを乗せ織り成されたやり取り。そこに悲壮感は微塵もなく、寄り添いあう互いの心があるばかり。
「……俺にはもう本当に何もない、貴様だけが拠り所だ。だから……」
ドスイーオスは弱った身体に鞭を打ち、精一杯に息を吸う。それから顔を上げて、涙と共に感情に震えた声を発した。
「……絶対に後悔してくれるなよ、この大馬鹿者が!」
頬に大粒の涙を溢しつつ、今日初めて本心から満面の笑みを浮かべた。今まで数える程しか表面に出てこなかった、自然で晴れやかな笑顔だった。もうその胸中に死という選択肢は無い。あるのは目の前の男と生きる未来のみ。ここに居るのは長や種族の在り方から解放された、ただの一匹の命だった。
グラビモスはその清々しい表情を見ると満足したように瞳を閉じて、彼の額を己のそれに引き寄せてくっつけた。
「するわけねえだろ、この野郎」
ドスイーオスはその身を全て委ね、グラビモスは離すまいとしっかと抱き上げたまま。笑みを交わして二匹は歩み始めた。これからの事、やりたい事。一つ一つ語らいながら先ずはグラビモスのねぐらへ。その先はまた、二匹で選び取って進んで行くだろう。例えどのような結末になろうとも、その道程は幸福で満ち足りた物となるに違いないと、彼らは予感していた。
二匹が地底火山の奥に消える間際、地上から吹き込んだ風が草の匂いを乗せて優しく彼らの背を撫でた。まるでこれからの道行きを祝福するようであった。
終わり
中々の熱量で書き上げた。彼らが一緒になる世界線はあまりないだろうけどくっついたら最高に幸せなモンスター生を過ごす事になると思う。グラビモスのキャラクター性を考えれば考えるほどどんどん「ぼくのかんがえたさいきょうの男前」になってきて困る。