ディノバルドは竜から視線を戻してさっそく二匹に問いかけた。
「手短にいこう。まずは、誰かあの竜を知っているか?」
「いや、知らんわ……」
「僕も色んなとこ行くけど会うたことないなぁ」
揃って首を横に振る。が、ふとホロロホルルは不安げに言を漏らした。
「……でもなんや、なんとなく想像はつくわ」
「お前もか、奇遇だな。俺もだ」
「いや、この状況下ならそりゃあそうなるやろ……」
ざわめくような胸騒ぎが三匹を襲う。その原因はどうやら三匹共に同じであるようだが、しかしそれは偶然によるものではなく、眼前の異常事態から推測された必然の予想であった。
このような事象を引き起こす生物は限られている。中でも取り上げられるのは、とある種族たち──常識の通じない、超越した生命。その総称は人の世が発祥であるようだが、人里から段々と広まっていき、今では特異個体のモンスター達の間にもすっかり浸透していた。
三匹は眉根を寄せ、言葉を漏らした。
「……古龍、かなぁ……」
「まあ古龍だろう……」
「古龍かぁ……」
──古龍。人智を、自然界の理すらも易々と凌駕する、あらゆる意味で強大かつ分類困難な生物。人はこの謎多き希少な生命達を総じて『古龍』と称した。古龍達の有り様は千差万別であるが、その名称のみで人は息を呑む。古龍の目撃情報が近隣で報告された日には驚倒し死を覚悟する。恐ろしい事に世には彼らすらも捕食しうる通常種の生物も確認されているようだが、それはただ絶大な力を有するのみである。
生物の例外に当てはまる、未だ解明されていない存在こそが古龍と呼ばれるのだ。
彼らの共通事項はただ二つ。分類の難しい、謎多き存在であることが先ず一つ。続いて二つ目が、その生命活動は時に国を滅ぼす大天災に比肩する被害をもたらすということ。そんな人の世を滅ぼすに足る生命が古代林に墜落し、目覚めた時。はたしてこの地域が無事であるか、という問いに対して彼ら三匹は黙って首を振ることしか出来ないであろう。事実、ドスマッカオとホロロホルルの顔は沈んでおり光明射し込む余地は無い様子であった。何せ古龍、抱く印象は万別であれど古龍と接した生命の多くが発した感想は『ヤバイ』『ぶっとんでる』『常識の埒外』『不条理』。実際に古龍の姿を見たことはない彼らであったが、馴染みのハンターや一部特異個体らの発言を思い返し絶望するのだった。
絶望するくらいなので当然当惑もする。運良く龍がそのまま去るのならばそれに越したことはないが、そうなる保証はどこにもない。災害に等しい異端の生命を前にした凡庸な生物達は不明瞭な先行きへの不安と恐怖に心を支配され、ただおののくばかりだった。
「……終わりや」
青ざめた顔をしたドスマッカオがぽつりと漏らした。
「もうあかん、古龍なんざどうしようもあらへん。俺らにゃなんも出来へんわ……」
「諦めたらあかんでドスマッカオ君。まだ目覚めとらんのやし、今から皆で逃げることだって……」
「何処に逃げんねん、人里でも他所の土地でも群れの奴ら養うんは厳しいわ。……俺らには、ここ以外に居場所なんてあらへん」
彼の意見は正しかった。身一つのホロロホルル達とは違いドスマッカオには率いる群れがある。十数匹程度の小さい群れとはいえ新天地を目指してろくな準備もなく放浪するとなれば負担も大きい。道中で野垂れ死ぬか、理想の地にたどり着いたとしても疲労と餓えで体力を消耗しきった彼らが土地土地で既に完成された生態系に割り込むことなど不可能であった。
「せやけどお前らは別や。他所に顔馴染みもおるやろ?俺に遠慮せんではよ逃げぇや」
「っ、なに言うてんねん!僕かてそう薄情やない、ドスマッカオ君が残るなら僕も残るわ!」
「阿呆、お前まで巻き込んでたまるか。リモセトスのおっちゃん達もおるやろ、頼むから一緒に逃げてくれ。ダチまで失くしたくないわ」
「ドスマッカオ君……」
「さっ!群れの奴らに説明せんとなぁ。あいつらにも一応選ばせんと、まーた不平不満が募るしな」
空元気に微笑む友を見てホロロホルルは口をつぐむ。鼓舞や慰めなど出来るはずもなく、同情などもっての他。種も、抱えるものも違う彼には、死を覚悟した目の前の友に何も言葉をかけられない。項垂れ、己の不甲斐なさに歯噛みするばかりだった。
しかし、ディノバルドは違った。彼は既に己の為すべきことをわかっていた。それが本当に正しいのかまでは推し測ることが出来なかったが、それでも己がやらねばならぬと決心した。
しばらくは黙したまま彼らのやり取りをうかがっていたが、ついに沈黙を破る。
「俺は、奴を保護しようと思う」
二匹は驚きで目を見開いた。あまりに突拍子もなく、想定外の発言だった。
保護と称したが正確には監視である。目覚めた時、仮に古龍が暴れたとて己が対すれば他の特異個体らが逃げる時間くらいは稼げるだろうと考えてのことだった。何より彼らは人型の特異個体、通常種とは異なる強みを持つ。それは人間のように言葉を用いて意志疎通を図り、情報を共有し、時には協力して難事に対処出来る点である。見たところ件の龍も特異個体、言葉を交わす事で惨事を避けられる可能性もある。既に大型のクレーターが出来てしまっている現実も十分惨事と言えるが、その被害をゆうに超える地獄を見ずに済むのならそれに越したことはない。彼は命をもって被害を抑えられる可能性に賭けた。
「何言うてんねんあんた、自殺行為やで!」
「ドスマッカオ君の言う通りやでディノバルドさん、貴方にもしもの事があったら僕……」
ドスマッカオ達は揃って難色を示してディノバルドを見上げる。古代林における彼の実力は二匹も承知の上だが、未知の古龍に通じるかは別の話だった。
しかし彼は一歩も退かない。曇りなき碧眼に揺らがぬ意志を込め、視線を真っ直ぐ向けて言い放った。
「いや、保護する。このまま放置していたずらに被害を広げるわけにもいかないだろう。交渉の余地があるなら、試す価値はあるはずだ」
「せやけど!」
「ドスマッカオ」
名を呼び反論を制する。
「諦めることはない。逃げるのならば森丘か、渓流を目指せ。なんとかして辿り着け。そこには俺の弟達──ライゼクスとタマミツネの特異個体がいる。俺の紹介と言えば少しは融通してくれるだろう」
「っ、ちゃうねん!そういうことやない!俺らはあんたが心配で……」
「案ずるな、そう簡単にはくたばらん」
言い残すと彼はクレーターの内側へと足を踏み入れ、滑るように龍が眠る深部へと降り始めた。衝撃でえぐれ焼けた地面はやわらかく不安定であったが砂漠ほどの悪路ではない。底に至った後はしっかとした足取りで古龍の傍らへと歩み寄った。龍は相も変わらず心地好さそうに、安らかに眠っている。未だに起きる兆しのないその姿は無害にすら感じられた。
(まったく、此方の気も知らないで)
抱えあげる前に眠る美貌を覗き込む。ただ眠っているだけなら可愛いものなのにとディノバルドは苦笑した。この美しくあどけない寝顔が、目覚めた時にどう変貌するのか。一匹の龍が巻き起こすであろう混迷とした未来が恐ろしくもあった。
(いや、考えても仕方ない)
頭を振り雑念を排除する。彼がすべきは古龍との対峙、友の逃亡の手助け。かつては幼い弟達を護るために何度も生命の危機に瀕したが、ここもまた命の張りどころであろうと腹をくくった。
やるしかない──その一言を胸に龍を抱き上げ、ドスマッカオ達の下へと戻った。
「ディノバルドさん……」
二匹はディノバルドの身を案じるように不安を込めて見つめてくる。その不安を和らげようと彼は自信ありげに口角をあげて嘯いた。
「まあ任せろ。例え刃を交えることとなろうが、古龍ならば相手に不足もない。見事討ち果たして見せようとも」
そうして、彼は龍を伴い古代林の奥地──人間達が足を踏み入れぬ禁猟区へと向かっていった。腕の中の龍を、制する為に。