「例えばお前の思う正義が、小さな犠牲に目を瞑っても国の為に動く事なら、それを貫け。それこそが正義の一つだ。」
「もし迷うなら、それはもう正義じゃない。迷った時点でお前の負けだ。不義だ。」
「例えば私とお前の正義が倒錯して、銃口が互いを向いたなら、迷うな。引き金を引く事を迷うならそれは偽善に過ぎない。」

「識さん、好きです。」
「……私は嫌いだよ。」

「これ、報告書です。」
「あぁ、わざわざ悪いな。」
「……あの、」
「なんだ?」
「識さんは今、どちらに?」
「……さぁな。最近は連絡が取れてねぇ。」
「え?」

「聞きましたか?例のゼロの、あの警視長の女性の話。」
「……いや、聞いてない。何か?」
「それが、最近上層部が連絡つけようとしても全然取れないらしくて。警察の情報を売ってるんじゃないかって噂が。」
「まさか。」
「あ、それ俺も聞きました。なんでも潜入捜査とか、任務関係なく裏の組織と親密そうにしてるのを警察関係者が見掛けてから連絡を絶ってるって。」

まぁ極秘任務かも知れませんけどねぇ。

薄ら寒さに震えた。

「識は裏切った。殺せ。テロリストに渡る事はあってはならない。黒の組織の者として殺して来い。それなら、お前の組織での信頼もあがるだろう。」

「……冗談ですよね……?」
「冗談じゃねぇ。こんなタチの悪い冗談あってたまるか。」
「なんで、なんでですか!識さんが裏切るなんて……!ま、さか組織に何か脅されているんじゃ……!」
「その可能性も、なくはない。」
「じゃあまず識さんを救う事を優先すべきでは……!?」
「馬鹿言え。警察を裏切ったのは普通の人間じゃない。救うなんて選択肢はなくなるんだよ。」
「ですが、福山警視長!識さんが人質に取られた時は救う事を優先しました、出来るはずです!」
「あの時とは状況が違うだろ!あの馬鹿がこっちの情報をテロ組織に流してるんだぞ!!何人の捜査官が危険に晒されてると思ってんだ!!!この状況でアイツを救う!?綺麗事言ってんじゃねぇよ!!騙されてようが、弱味を握られていようが、理由は関係ねぇ!!今現在アイツは確かに警察の情報を流してて、裏切ってんだよ!!潜入任務なんて課してねぇ、この時間!アイツは仲間を売ってるんだよ!!」
「ッ……」


「…………悪い。」
「い、え…… 」

「ほん、とに、……始末を……?」
「……あぁ。お前には随分と重いものを背負わせるが……」
「……」
「犯罪者の射殺と、割り切ってくれ。」


「……死なば諸共と、言っていましたが、お二人は、どうなさるんです。」
「……さぁな。識を始末したら、……そうだな。お互いに殺し合うかもな。まぁ、原はまだ受け入れられてないのか識を説得しようと探し回ってる。」
「原警視長が……」
「1度裏切った奴をゼロに入れられる訳がねぇのにな……」
「……」
「俺と原にも疑いが掛かるだろう。それでなくても危険因子と見なされてきた。処分される前に、……終わりぐらい自分達で飾るさ。」


「原が寝返るなんて巫山戯た事を言い始めるその前に、……さっさと片をつけてくれ。」
「……わかり、ました。」


嗚呼まさか、彼女に教えられたソレがこの照準と重なる時がくるなんて。
貴女の正義と僕の正義が向き合う事なんて一生ないと笑い飛ばせない時がくるなんて。

撃て、撃て、撃て

彼女の教えの通りに
いや待て
本当にそれで良いのか
僕は本当に今此処で彼女に向けて引き金を引いて良いのか
嗚呼いっそ
貴女が僕に気付いて
その愛銃が、銃口が、僕を向いてくれたなら
僕は甘んじてそれを受け入れる
いや待て
それじゃあ僕が今まで信じてきた正義は何だったんだ
駄目だ。終わりには早いだろ
今この任務を失敗すれば国は、国はどうなるんだ
今まで積み重なった犠牲は、僕の正義は、

『迷った時点でお前の負けだ』

嗚呼皮肉なものだ
こんな酷く残酷な決断を迫られた時思い返すのが、僕を容易く突き放した貴女の詞だなんて

ざり、とアスファルトを踏み締める音が倉庫に響いた。
驚きを宿した瞳と視線が交差する。
その手が迷わずホルスターに伸びるのを認めて、僕は一瞬目を瞑り、開いた。

僕の正義は貴女を前に消えるものではない。偽善ではない。

引き金を引く瞬間、*嫌いだよ*と囁かれた気がした。


「ど、して……嫌いって……撃つのを迷うなと、教えたのは貴女なのに……っなんで、なんで、」
笑って、
「この任務はお前が組織から信頼を得る為に必要だった。敵対する組織の中、黒の組織に目障りな動きを繰り返す。それが識の任務だ。……だから目を掛けて、特別気に入ってるお前に、*嫌い*だなんて何の捻りもない分かり易い嘘を吐いたんだろ。」
「……、……うそ……?」
「当たり前だろ。誰がどう見たって識がお前を嫌ってるなんてのは嘘に決まってる。それに、こいつが本気でお前を撃つ気なら、お前と目が合った瞬間には銃口がお前を向いてたはずだ。」
「なんで、そんな、」
「お前が識に向けて引き金を引けなければ、この任務は失敗だからだ。だから態々お前に嫌いと伝える事で距離を置いてあったんだろ。そしてまるでの正義が警察からは離れたのではないかという情報までお前の耳に入れさせた。全てはお前の危険な任務を少しでも成功させる為だ。」



「識は回収するぞ。敵に渡ると面倒だからな。」
「……、」

なんで、教えたのは貴女なのに、
引き金を引けなければお前の負けだと、

「…っんで…弾が入ってないんだよ…ッ!!!」

*私は、嫌いだよ*

貴女の嘘が優しさだったと気付かされた


「お久しぶりです、降谷さん。」
「風見か……あぁ。今日は警察庁に用があったのか?」
「えぇ。直接報告をしに来ました。」
「そうか。その後問題は?」
「特にはなく。そういえば、ゼロの方に降谷さんがいつ登庁するかと聞かれたんですが、丁度よかったようですね。」
「ゼロの……?誰だった?福山警視長か?」
「いえ。女性の警視長の……穂積さん、でしたか?」
「……は?」

見慣れたデスクには湯気の立ち上る紙コップ。
いや待てでもなんでどうして
デスクは綺麗なまま書類なんてのはない
でもいや、まさかもしかして、
呆然と立ち尽くす僕の後ろで靴音がした。

「あれ降谷君?良かった。任務上手くいってるみたいだね。久しぶ、り…ぃ…!?」

ホン、モノ……?

「な、んで」
「は?」
「なんで生きてるんですか……っ!?確かにあの時、息はしてなかった筈なのに……!」
「え、や、勝手に殺すなよとかつっこめない空気かな、これ……!いたたた。降谷君痛い痛い腕痛い」
「答えろ!!!!」
「答えろも、何もっ、肺撃たれてから1時間も放置されたら心肺も停止するっていうか……」
「まぁ一時心肺停止なだけでその後は勝手に蘇生するけどな。死にかけで。」
「冷静に言ってんじゃねぇよ薫ゥウ!!!てめぇ降谷君に死んでねぇ事伝えとけって言っただろうが!!!」
「伝える事を承諾した覚えはねぇが、降谷に識が死んだと言った記憶もねぇな。」
「!!それは屁理屈じゃ……!何で教えてくれなかったんですか!?」
「そうだぞ!私は伝えろって言っただろ!」
「私達が反対しましたので。」
「!?」
「え……?麗が……?」
「はい。主に私ですが、ここに居る滝川さん、黒瀬さんは全面的に賛成してくれました。勿論その他大勢です。」
ムカ。
「林さん!!!なんでそんな悪質な事したんです!!!」
「貴方が穂積さんの嘘を容易く信じて離れたからです。」
「……っ」
「私が望んでもなれない場所にいて、信頼を得ながら貴方は穂積さんの簡単な嘘さえ見抜けず、あまつさえ彼女が警察を裏切っているのではないかと思い込んだ。許せますか、許せませんね!」
「そーそー!ほんとそれー!相棒誇らしげにやっときながら識ちゃん信用しないとか何事ー?しぬー?」
「いっ、言い過ぎじゃないですか……?」
「なにー?文句ー?正論だと思いますけどーだから僕達は識ちゃんが元気でバリバリ働いてるのを黙ってる事に決めましたー」
「た、確かに、識さんを疑った事やうそを見抜けなかったことは僕が悪いので謝りますけど、」
「いや降谷君考えて。どう考えても嘘ついた私が悪いよ。ていうか嘘ってバレてたらこの作戦成功してないし、皆の怒りおかしいからね?気づいて??」
「大体、拉致られた時にあんなにボコボコにされて死んでねぇ奴が1発の弾で死ぬわけねぇだろ考えろ降谷。」
「……それも、そうですね……」
「ごめんね?ラーメン奢るからそんな悲しそうな顔するなよ。誰だって人殺したら冷静じゃいられないって。ね?」
「やーいばーかばーか。カッコつけばーか。」「テンパるイケメンばーか。」
「……ッ!」
「ちょっと畳み掛けるのやめなさいよ!!降谷君泣いちゃうだろ!!!」
「そもそも識の射殺を頼まれた時点で疑問に思うだろ。識を殺すのは俺と原が適当だ。」
「情で見逃してしまうからかと……」
「俺はお前が識になら撃たれてもいいと言い始めるんじゃないかと気が気じゃなかったけどな。」
「!」
「んな訳ないでしょ。降谷君には、ちゃんと私でも撃つように教えてたんだから。」
「へぇー……?俺には撃つのを躊躇ったように見えたがな?」
「!!」
「照準合わせてたんでしょ?」
「つーか2ヶ月もゼロへの報告怠った零君が悪くね?あの後ゼロに来てたら死んでないのすぐ分かったじゃん。」
「!!!!!」
「こんな時だけ正論言うんじゃねぇよ原ァァァ!!!!!」


「福山警視長のあの怒鳴る姿も……送り出す時の皆さんの苦しそうな顔も全部……迫真の演技だった訳ですね……」
「笑い堪えんの必死だった。」
「それな。」
「私は本気でしたよ。穂積さんが裏切ったと信じきった貴方への怒りをそのまま出したので。」
「僕だって……好きな識さんを撃つのにどれだけ苦しんだか…………原警視長は……」
「俺笑っちゃうから外に出てたよ。録画済だけどね!……ぶふっ」
「……」
「あ、あー……降谷君、変な任務にしてごめんね?」
「識さん……」
「あぁでもしないと降谷君は私を撃てないでしょ?いくら死なないと解ってても、知り合いに引き金を引く事はできないと思って。君の事だから組織から信頼を得る為、なんて言ってもそれぐらい自分で得るとか言っちゃいそうだし、だったら私が正義の敵に回った方がいいかなって。」
「……そうですね……でも、識さんはただの知り合いではなく、好きな人です……」
「うぐ……っ」
「は?図々しくない?降谷君図々しくない?」
「本当に図々しいですね。好きな穂積さんの嘘も見抜けなかったくせに。」
「僕が言いたいのは!識さんはただの知りあいじゃなく、僕の好きな人って事です!!!なのに!好きな人を撃ち殺せって任務だったんですよ!?もう少し慮ってくれてもいいんじゃないですか!?」
「ちょっと……もうやめて……好きとか連呼しないで……むり……」
「識さんにも僕が引き金を引く時にどれだけ苦しんだか知ってもらいますからね!」

「え、てか待って。普通に聞いてたけど、なに?零君って識好きなの?」

「……え?」

「俺てっきりすっげぇ慕ってる方の好きだと思って聞いてたんだけど、零君のそれ恋愛感情だよね?」
「……え??は?本気?え。そうなの?降谷そうなの?」
「え!?嘘、そっち!?マジでか!」
「…………恋愛……?」
「あっいや、あの、……!」

「降谷、詳しく聞かせろ。」
「な、なん、」
「俺も詳しく知りたい」

「言い忘れてたけど、福山さんと原さんって割とモンペ気味だから気を付けて」
「は!?モンペ!?」
「誰がモンペだ。ぶっ殺すぞ。」
「ね?やばいでしょ?あの三人仲間意識高過ぎてしんどいと思うよ。おつ!」
「ちょっ」
「零君、俺に恋愛相談とかしてくれていいんだよ?ちなみに識が最近好きなのはドラゴン・ブレス・チリ!」
「絶対嘘ですよね!?識さん蕎麦に七味かけ過ぎて噎せてましたよ!?僕が嫌われるように仕向けてます!?」
「へぇ……飯に誘ったのか……」
「……ぃゃ、いやいやいや!!普通にお昼は一緒に食べますよね!?!?ちょ、やめ!何処連れてく気ですか!?ねぇ!!識さん!!助けて!!」
「むり……しんどい……2人が私のこと大事にしてくれてる事がわかってしんどい……私も2人の事しゅき……」
「あら、顔真っ赤。」
「蹲っちゃった。てことで、降谷自分で何とかしないと無理だね。」
「ふざけるな、この三馬鹿……ッ!!!」
「あ?てめ誰に向かって馬鹿だって?」
「先輩にそんな口聞く子に識はあげません。」
「そういうところが三馬鹿って言ってるんです!!!!」


「……なんだかんだ、好かれてるよね、降谷。 」
「それ。」
「識さんは全く恋愛感情はなさそうですが。」
「まぁまぁ。もしかしたら両思いになるかもよ?」

 


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