FBI
ガラスの割れる音と誰かの悲鳴を聞きながら、穂積の指は目の前の女の首を掴まえていた。
外からは死角になるよう、体勢を低く保つ。
どくどくと脈打つ頸動脈を押し付ける。
青褪めた様子の女が口を震わせる。
「随分な事してくれるじゃないか。ナンパしといて外からスナイパーに私を狙わせておくなんて酷い話だ。」
嘆く言葉を舌に載せてガッカリしたとばかりに息を吐く。
自分の下に組み敷かれた女は、首を抑える腕を掴みながら違うと呟いた。
「違うのよ、ま、まさか撃つなんて作戦は……!それにそんな指示もっ」
「……だろうね。」
「えっ?」
「この銃が狙ってたのは私ではなく貴女だった。」
「そ、そんな!何で彼が……!?」
「そんで私を狙ってる銃もあった。……それが貴女の言う『彼』のものかな。」
「!?じ、じゃあ私を狙っていた別の奴がいたって事……!?」
動揺を隠し切れないと言った様子で狼狽える女を尻目に、突然ガラスが大破しその場で首を絞めて詰問している様に、周りが動き出す。
近付いてくる客と店員に睨みを利かしながら、穂積は指に力を込めた。
「ク……ッ……」
「お姉さん、所属は?」
「アメリ、カの…………ッ」
「組織の名前は?」
「グ……ッ」
「言えない組織なのかな?じゃあ此処で逮捕されても問題ないね?」
「!!……ッFBI……!」
「は、マジかよ……日本で勝手に動いてんの?」
驚愕した穂積の指の締め付けが弱まる。これ幸いと大きく呼吸するFBIの女に、穂積は米神を掻いた。
「連邦捜査局が日本で勝手に捜査して、私に接触してきたなら、……アメリカでも活動が活発な国際的犯罪組織、か……」
「……っ、いい加減退いてくれないかしら、?」
「……思ったより痕になったな。ごめんね?綺麗な肌なのに。」
「は、」
「警察です。被害状況は?」
「あ、あの赤い髪の人が外国人の女性を押し倒してて……!」
「うわやべ。」
「あ、ちょっ」
「次会う時はその首に似合うネックレスでもプレゼントさせてね。」
「識何やらかしたの?」
「ばっか。何もしてねぇのに撃たれたんだっつの。原こそ見てたでしょ?」
「急に言われてちゃんと喫茶店の見える位置に移動した俺に感謝して欲しい。」
「で?敵は?」
「急過ぎて見えなかった(ハァト」
「は?マジ無意味の極み。通信してくんな。」
「辛辣すぎワロタ。でも、識狙ってた男なら見えてるよ。」
「それをはよ言えや。」
裏路地に入り、ゴミ箱を踏み台にして3階の手摺を掴み勢いそのままに足を掛け、ビルの屋上に登る。
「そのまま3つ右の青いビル」
距離の少ないビルの屋上を飛び移る。
ベランダの手摺や室外機を蹴りながら飛び上がり、指示されたマンションの屋上に立つ。
「随分遠いな……」
「あ、そこ下下左でよろしく」
「ゲームコマンドの類じゃねぇから。」
「そのもう一階下おりて、」
「はいよ、」
手摺を掴み滑るように下の階のベランダへ体を滑り込ませる。
「そしたらそこにスナイパーがいます。」
「は、はぁぁああ!?!原ァア!!テメェエエ!!!」
目をかっ開いた男と目が合った。そうだろうそうだろう。かく言う私も目をかっ開いている自信がある。取り敢えず滑り込ませた勢いそのまま男を蹴り上げる。僅かに呻いた男の隙を見切ってそのまま地に伏せさせた。
「おぅわ!ちょっ待っ……!」
とんでもない力で抵抗するお兄さんに全体重を載せて地に抑える。背骨を膝で押し込んで体重を掛けると、漸く抵抗が弱まる。小さく息を吐いて、力を緩める事無く男の耳元に顔を近付けた。
「さっき私を狙ってたなら、お兄さんもFBIだよね?」
「……あぁ。」
「あ、れ……?案外簡単に口割るんです、ね?」
「ここを見付けられたご褒美だよ。」
「ありがとう、ございます?」
「こちらの身分は明かしたのだから、そちらの身分も明かしてもらえると有難いんだがな。こんなに熱烈な歓迎ではなく。」
「え、あー……しがない情報屋ですよ。」
「ほぉ?」
「ていうか、私を撃ち殺そうとしてた人にとやかく言われたくないんですけど。」
「撃ち殺そうとはしていない。仲間に危害を加えようとした時の保険だ。」
『識。』
ピアスに通信が入る。チラと男を見やってから意識をピアスに向けた。
「よぉ原ァ。今お前のせいで男前のお兄さんに馬乗りしなきゃいけない状況なんだけど。」
『それより伏せてくんない?さっきあのFBIの女狙った奴の銃口多分今そこ向いてるわ。』
「……は?」
言われた通りすぐ様伏せると、男が何事かと視線を寄越してくるので、小さく舌打ちして自分の耳を男の耳と重ねる。一瞬男の体が強ばった。
「で?何でそいつの銃口がこっち向いてんの?」
『多分ビル群飛び移ってる識を見つけちゃったんじゃない?』
「てめぇが目立つ場所ばっかチョイスするからだろうが……!!」
『いやぁまさかそんな近いと思わないじゃん?』
「近い?」
『ほぼ真向かい。こっちからは建物から覗く銃の先端が2cm程度見えるだけだけど、まぁさっきの銃弾の撃ち込まれた角度からして間違いないと思うけどね。』
「真向かいってーと…………うわ、アレか。」
「……確かに。明らかに不審な男のライフルがこちらを向いているな。」
「撃ち落とす事は?」
『流石に2cmに当てた所で怯ませても逃げられるし、下手したらそこ2人お釈迦じゃない?』
「……、」
「……どうするんだ?相手はこちらの出方を窺っているが、こちらが動いた瞬間に撃たれるのは目に見えている。君が退いてくれたら俺が相手を撃ってもいい。」
『やめとけば?顔上げて銃構えた瞬間に撃たれるかもよ。』
「しかし、」
「OK。私が囮になろう。」
『マジで?その距離だったら脳幹に食らうんじゃね?』
「見切るよ。」
「危険だ。やめた方がいい。」
『援護しマース。』
「おいっ」
男から耳を離し細く息を吐く。
何か男が言ってくるけど、ちょっと五月蝿いぞFBI。
「日本警察の本気、見せてやんよ。」
にっと笑うと男の目が驚きに見張られる。ピアスからは咎めるような声を頂いたが無視を決めた。
「……いいのか。所属を明かして。」
「敵じゃないって解った方が、お互いやりやすいでしょ。」
片目を瞑れば息を吐く様な笑いを頂戴した。
さて、ぶっつけ本番で近距離の銃弾を避けなければならない。久々にリスキーな場面だ。流石にこの距離で脳幹に当たれば、人間辞めた身体でも動きは止まるだろうし、人間らしく死ぬ事もあるだろう。
「行くよ、原。見逃すなよ。」
『誰に言ってんの?』
ふ、と息を吐く。
そしてライフルを睨みながら上体を起こすと、男の照準が自分に定まり、指が動くのが見えた。
「ぐっ…ぅ…ッ」
背後の壁に叩き付けられて思わず呻きが漏れた。脳天を避けた弾丸は左肩を貫いて朱を撒き散らす。FBIの男が上体を起こそうとするもんだから右手で顔を地面に押し付けた。
憤った声を頂戴したが聞くに値しない。
「原ァ!」
通信が届いているだろう仲間に怒号を飛ばせば、ピアスからサイレンサーの発射音が聞こえた。相手を見遣れば手首を押さえ、弾かれたライフルがビルから落下していくのが見える。
相変わらずの精度に左肩の痛みも忘れて口笛を吹いた。
「全く惚れそうだね。」
男の顔を押さえていた右手を自分の太腿に持っていく。
「おい!止血しろ!」
すぐ様飛んでくる男の制止を無視して、ワイヤー銃を引き抜き、正面のビルに向けて撃つ。ハッとした男が腕を伸ばしてくるもんだから急いで立ち上がり、バルコニーの柵に上がる。
「よせ!その銃創では……!」
ビルの手摺にワイヤーが掛かった事を確認して飛び降りる。右腕に全体重が掛かる前にワイヤーを巻き戻す。迫るビルの壁と、ギュルギュルと悲鳴を上げるワイヤーの振動に少しばかりの焦燥を感じた。
ワイヤーが限界まで巻き戻った瞬間、反動で勢いよく迫る壁を膝をバネに蹴り上げ、ワイヤーの引っかかった手摺に両腕を伸ばし体を持ち上げる。
「ぐ、」
左肩に走った激痛に顔を顰めるが、右手で持ち堪えて上り切る。
は、と小さく息を吐き額の脂汗を手の甲で拭い、目の前の不審な男を睨んだ。
男が懐から銃を取り出そうとするより先に腰のホルスターから愛銃を引き抜き男に向ける。息を飲んだ奴がその両手をゆっくりと挙げた。
小さく笑ってから近づき、弾倉部分で男の首を打つ。あまりに突然の事だったからか、男は驚きに目を見開いたまま気絶した。
歪な斑点を描く左手から伝う朱に無視を決め込んで、呟いた。
「不審な男確保。」
『公安警察向かわせマース。』
大袈裟に溜息を吐くと、ピアスからも大袈裟な溜息が響いてきた。片眉を上げて意識をやると、小さく原が笑った。
『日本警察のカッコイイところ見せようってカッコつけ過ぎじゃね?』
「原こそ。日本にも腕のいいスナイパーがいるってカッコつけ過ぎじゃね?」
驚き顔でも拝もうかと、FBIの男が居るだろうバルコニーを見て真顔になった。
「居ねぇじゃねぇかよ!!!何でだよ!!居ろよ!!!FBI!!!」
頭に来て思わず地団駄を踏んでしまった。
『いや、識が犯人確保するまで見てたっぽいよ。』
「もっと見てろよ!!カッコイイ決め台詞ぐらい言わせてくれよ!!」
「ほぉー?聞かせてくれるかな?その決め台詞とやらを。」
振り返ったら息を切らせたFBIが居て2度見した。
「え……、なん、早、いですね?」
「あぁ。まさかこんなに走らされるとは夢にも思わなかったよ。」
「私も走って来るとは夢にも思いませんでしたね……」
「まぁ流石に高層ではエレベーターを使ったがな……それで、その男はうちの捜査官を狙っていたのだから引き取ってもいいだろうか。」
「……FBIが勝手に他国で捜査してるって違法じゃないですか。」
「……まさかここにきて取り引きか?」
「貴方達は満足のいく取調をこの国ではできないでしょ?だったら法で動ける私達が取調して、その結果を貴方達FBIに流す。どう?」
「……それは、俺達としてはありがたいが、本当にFBIに情報を流してくれるのか?日本警察がそんな事を許すとは到底思えない。」
「その点に関しては私の一存でやるので、ご心配なく。」
私の一言に驚いたように男は目を見開いた。
「それ、は、君の立場が悪くなるのでは?」
「はは。心配してくれるの?上手くやるさ。こういう事は慣れてるんでね。」
片目を瞑って得意気に笑って見せれば、目を瞬いた後に口元を押さえて声を漏らさず笑われた。少し肩を揺らしながら、目線がこちらを窺う。
「君がそこまでリスクを犯す理由は?」
「貴方が男前だから。で、どう?」
「君の御眼鏡に適う容姿だったようで何よりだ。」
ふふ、と小さく笑い合うと男がポケットからハンカチを取り出して差し出してくる。
意図が分からず、固まると小さく息を吐いた彼がそのハンカチを持って迫ってくる。
何だ何だと片足を引いた瞬間、引き寄せられて左肩にハンカチを押し付けられた。
途端に走る激痛に呻きが漏れ、顔が歪む。
「いぃっ……って、!!」
抉るような熱を持つ痛みに思わず男の腕を掴んで離そうと試みるが、構わずハンカチを押し付けられて左腕が震えて力が入らない。
脂汗が一気に吹き出す。堪えても堪えきれない声が、食いしばった歯の間から抜けていく。
「は、っ……ちょ、痛ッ……!」
「君が普通にしているから軽傷な気がしてしまうが、さっきから出血量が多過ぎる。そろそろ止血点を押さえないと死んでしまう。」
「待っ、そ、こ……っ傷に響く……ッ!」
「我慢しろ。ところで情報を教えてもらうには連絡先を、」
「馬鹿か!この状況で教えられる訳ねぇだろ!!」
「……十分饒舌だがな?」
「ぅ、あッ」
痛覚が機敏に反応して震えが走る。男の腕を掴んだまま痛みから逃げるように膝を折るが、男もまた膝を折った。この強引な止血をやめるつもりはないらしい。ちら、と止血されている部分を見るとハンカチは意味があるのかと問われるほどには朱に染まっていた。
確かにこれは止血しないと動けなくなっていたかもしれない。
「ところで、その髪の色は地毛か?」
「は、あ?……今、聞く事?染めてん、の。」
「驚いたな。日本警察は染髪に厳しそうだが。」
「ッ……こんな髪の奴が、警察って思わないでしょ……ッ」
「なるほど。一理あるな。現に俺も疑ってしまった。」
「ちょ、っともう……いったい……ムリ」
「ダメだ。出来ればこのまま救急車に乗り込むのがベストだ。」
「チィッ……!」
「はーい。どうも、FBIさん。」
「!!その声はさっきの通信の……」
「そーそー。識ちゃん。生きてる?」
「ころされそう」
「人聞きが悪いな。」
「ごめんねぇ。その子傷とかほっといてぶっ倒れるタイプだから助かりました。んで、これ識の連絡先ね。」
「あぁ、ありがとう。」
「じゃあそろそろ公安も着くだろうし、ズラかろうか。識立てる?」
「無理寄りの無理。」
「おっけー。おんぶね。」
「FBIさん、名前は?」
「赤井秀一だ。君は識、だな?」
「穂積 識です。」
「俺、原聡明。原って呼んでね。」
「識に原、だな。」
「またね。赤井さん。」
「あの男は黒の組織の下っ端で、単独でFBIを殺って手柄を立てて幹部入りしたかったって事らしいです。」
「ほぉー?ならジョディを狙った銃口がこちらを向いたのは?俺もFBIだと知っていたのか?」
「いや、赤井さんが居たのは知らなかったらしいよ。ただジョディさんと居た私が射撃しやすい近くに来たから、殺られる前に殺っとこうと思ったって。こちらの落ち度で申し訳ない。」
「……」
「おーい。聞いてる?」
「その赤井さんというのは他人行儀過ぎないか?」
「は?」
「せっかくの協力関係だ。もっと砕けて欲しい。」
「協力関係って……別に協力はしてないけど……」
「つれないな。抱き合った関係だろ?」
「あれは赤井さんが無理矢理止血したんだろうが!!」
「ほら、また赤井さんだ。」
「あー……アメリカンなフランクって何?ハニー??」
「…………なんだ、Darling。」
「んぐ。グッとくる。ダメだコレ。やめよ。」
「ところでDarling、黒の組織についての情報をもう少しくれないか。」
「調子乗んな!くたばれハニー!!!」
外からは死角になるよう、体勢を低く保つ。
どくどくと脈打つ頸動脈を押し付ける。
青褪めた様子の女が口を震わせる。
「随分な事してくれるじゃないか。ナンパしといて外からスナイパーに私を狙わせておくなんて酷い話だ。」
嘆く言葉を舌に載せてガッカリしたとばかりに息を吐く。
自分の下に組み敷かれた女は、首を抑える腕を掴みながら違うと呟いた。
「違うのよ、ま、まさか撃つなんて作戦は……!それにそんな指示もっ」
「……だろうね。」
「えっ?」
「この銃が狙ってたのは私ではなく貴女だった。」
「そ、そんな!何で彼が……!?」
「そんで私を狙ってる銃もあった。……それが貴女の言う『彼』のものかな。」
「!?じ、じゃあ私を狙っていた別の奴がいたって事……!?」
動揺を隠し切れないと言った様子で狼狽える女を尻目に、突然ガラスが大破しその場で首を絞めて詰問している様に、周りが動き出す。
近付いてくる客と店員に睨みを利かしながら、穂積は指に力を込めた。
「ク……ッ……」
「お姉さん、所属は?」
「アメリ、カの…………ッ」
「組織の名前は?」
「グ……ッ」
「言えない組織なのかな?じゃあ此処で逮捕されても問題ないね?」
「!!……ッFBI……!」
「は、マジかよ……日本で勝手に動いてんの?」
驚愕した穂積の指の締め付けが弱まる。これ幸いと大きく呼吸するFBIの女に、穂積は米神を掻いた。
「連邦捜査局が日本で勝手に捜査して、私に接触してきたなら、……アメリカでも活動が活発な国際的犯罪組織、か……」
「……っ、いい加減退いてくれないかしら、?」
「……思ったより痕になったな。ごめんね?綺麗な肌なのに。」
「は、」
「警察です。被害状況は?」
「あ、あの赤い髪の人が外国人の女性を押し倒してて……!」
「うわやべ。」
「あ、ちょっ」
「次会う時はその首に似合うネックレスでもプレゼントさせてね。」
「識何やらかしたの?」
「ばっか。何もしてねぇのに撃たれたんだっつの。原こそ見てたでしょ?」
「急に言われてちゃんと喫茶店の見える位置に移動した俺に感謝して欲しい。」
「で?敵は?」
「急過ぎて見えなかった(ハァト」
「は?マジ無意味の極み。通信してくんな。」
「辛辣すぎワロタ。でも、識狙ってた男なら見えてるよ。」
「それをはよ言えや。」
裏路地に入り、ゴミ箱を踏み台にして3階の手摺を掴み勢いそのままに足を掛け、ビルの屋上に登る。
「そのまま3つ右の青いビル」
距離の少ないビルの屋上を飛び移る。
ベランダの手摺や室外機を蹴りながら飛び上がり、指示されたマンションの屋上に立つ。
「随分遠いな……」
「あ、そこ下下左でよろしく」
「ゲームコマンドの類じゃねぇから。」
「そのもう一階下おりて、」
「はいよ、」
手摺を掴み滑るように下の階のベランダへ体を滑り込ませる。
「そしたらそこにスナイパーがいます。」
「は、はぁぁああ!?!原ァア!!テメェエエ!!!」
目をかっ開いた男と目が合った。そうだろうそうだろう。かく言う私も目をかっ開いている自信がある。取り敢えず滑り込ませた勢いそのまま男を蹴り上げる。僅かに呻いた男の隙を見切ってそのまま地に伏せさせた。
「おぅわ!ちょっ待っ……!」
とんでもない力で抵抗するお兄さんに全体重を載せて地に抑える。背骨を膝で押し込んで体重を掛けると、漸く抵抗が弱まる。小さく息を吐いて、力を緩める事無く男の耳元に顔を近付けた。
「さっき私を狙ってたなら、お兄さんもFBIだよね?」
「……あぁ。」
「あ、れ……?案外簡単に口割るんです、ね?」
「ここを見付けられたご褒美だよ。」
「ありがとう、ございます?」
「こちらの身分は明かしたのだから、そちらの身分も明かしてもらえると有難いんだがな。こんなに熱烈な歓迎ではなく。」
「え、あー……しがない情報屋ですよ。」
「ほぉ?」
「ていうか、私を撃ち殺そうとしてた人にとやかく言われたくないんですけど。」
「撃ち殺そうとはしていない。仲間に危害を加えようとした時の保険だ。」
『識。』
ピアスに通信が入る。チラと男を見やってから意識をピアスに向けた。
「よぉ原ァ。今お前のせいで男前のお兄さんに馬乗りしなきゃいけない状況なんだけど。」
『それより伏せてくんない?さっきあのFBIの女狙った奴の銃口多分今そこ向いてるわ。』
「……は?」
言われた通りすぐ様伏せると、男が何事かと視線を寄越してくるので、小さく舌打ちして自分の耳を男の耳と重ねる。一瞬男の体が強ばった。
「で?何でそいつの銃口がこっち向いてんの?」
『多分ビル群飛び移ってる識を見つけちゃったんじゃない?』
「てめぇが目立つ場所ばっかチョイスするからだろうが……!!」
『いやぁまさかそんな近いと思わないじゃん?』
「近い?」
『ほぼ真向かい。こっちからは建物から覗く銃の先端が2cm程度見えるだけだけど、まぁさっきの銃弾の撃ち込まれた角度からして間違いないと思うけどね。』
「真向かいってーと…………うわ、アレか。」
「……確かに。明らかに不審な男のライフルがこちらを向いているな。」
「撃ち落とす事は?」
『流石に2cmに当てた所で怯ませても逃げられるし、下手したらそこ2人お釈迦じゃない?』
「……、」
「……どうするんだ?相手はこちらの出方を窺っているが、こちらが動いた瞬間に撃たれるのは目に見えている。君が退いてくれたら俺が相手を撃ってもいい。」
『やめとけば?顔上げて銃構えた瞬間に撃たれるかもよ。』
「しかし、」
「OK。私が囮になろう。」
『マジで?その距離だったら脳幹に食らうんじゃね?』
「見切るよ。」
「危険だ。やめた方がいい。」
『援護しマース。』
「おいっ」
男から耳を離し細く息を吐く。
何か男が言ってくるけど、ちょっと五月蝿いぞFBI。
「日本警察の本気、見せてやんよ。」
にっと笑うと男の目が驚きに見張られる。ピアスからは咎めるような声を頂いたが無視を決めた。
「……いいのか。所属を明かして。」
「敵じゃないって解った方が、お互いやりやすいでしょ。」
片目を瞑れば息を吐く様な笑いを頂戴した。
さて、ぶっつけ本番で近距離の銃弾を避けなければならない。久々にリスキーな場面だ。流石にこの距離で脳幹に当たれば、人間辞めた身体でも動きは止まるだろうし、人間らしく死ぬ事もあるだろう。
「行くよ、原。見逃すなよ。」
『誰に言ってんの?』
ふ、と息を吐く。
そしてライフルを睨みながら上体を起こすと、男の照準が自分に定まり、指が動くのが見えた。
「ぐっ…ぅ…ッ」
背後の壁に叩き付けられて思わず呻きが漏れた。脳天を避けた弾丸は左肩を貫いて朱を撒き散らす。FBIの男が上体を起こそうとするもんだから右手で顔を地面に押し付けた。
憤った声を頂戴したが聞くに値しない。
「原ァ!」
通信が届いているだろう仲間に怒号を飛ばせば、ピアスからサイレンサーの発射音が聞こえた。相手を見遣れば手首を押さえ、弾かれたライフルがビルから落下していくのが見える。
相変わらずの精度に左肩の痛みも忘れて口笛を吹いた。
「全く惚れそうだね。」
男の顔を押さえていた右手を自分の太腿に持っていく。
「おい!止血しろ!」
すぐ様飛んでくる男の制止を無視して、ワイヤー銃を引き抜き、正面のビルに向けて撃つ。ハッとした男が腕を伸ばしてくるもんだから急いで立ち上がり、バルコニーの柵に上がる。
「よせ!その銃創では……!」
ビルの手摺にワイヤーが掛かった事を確認して飛び降りる。右腕に全体重が掛かる前にワイヤーを巻き戻す。迫るビルの壁と、ギュルギュルと悲鳴を上げるワイヤーの振動に少しばかりの焦燥を感じた。
ワイヤーが限界まで巻き戻った瞬間、反動で勢いよく迫る壁を膝をバネに蹴り上げ、ワイヤーの引っかかった手摺に両腕を伸ばし体を持ち上げる。
「ぐ、」
左肩に走った激痛に顔を顰めるが、右手で持ち堪えて上り切る。
は、と小さく息を吐き額の脂汗を手の甲で拭い、目の前の不審な男を睨んだ。
男が懐から銃を取り出そうとするより先に腰のホルスターから愛銃を引き抜き男に向ける。息を飲んだ奴がその両手をゆっくりと挙げた。
小さく笑ってから近づき、弾倉部分で男の首を打つ。あまりに突然の事だったからか、男は驚きに目を見開いたまま気絶した。
歪な斑点を描く左手から伝う朱に無視を決め込んで、呟いた。
「不審な男確保。」
『公安警察向かわせマース。』
大袈裟に溜息を吐くと、ピアスからも大袈裟な溜息が響いてきた。片眉を上げて意識をやると、小さく原が笑った。
『日本警察のカッコイイところ見せようってカッコつけ過ぎじゃね?』
「原こそ。日本にも腕のいいスナイパーがいるってカッコつけ過ぎじゃね?」
驚き顔でも拝もうかと、FBIの男が居るだろうバルコニーを見て真顔になった。
「居ねぇじゃねぇかよ!!!何でだよ!!居ろよ!!!FBI!!!」
頭に来て思わず地団駄を踏んでしまった。
『いや、識が犯人確保するまで見てたっぽいよ。』
「もっと見てろよ!!カッコイイ決め台詞ぐらい言わせてくれよ!!」
「ほぉー?聞かせてくれるかな?その決め台詞とやらを。」
振り返ったら息を切らせたFBIが居て2度見した。
「え……、なん、早、いですね?」
「あぁ。まさかこんなに走らされるとは夢にも思わなかったよ。」
「私も走って来るとは夢にも思いませんでしたね……」
「まぁ流石に高層ではエレベーターを使ったがな……それで、その男はうちの捜査官を狙っていたのだから引き取ってもいいだろうか。」
「……FBIが勝手に他国で捜査してるって違法じゃないですか。」
「……まさかここにきて取り引きか?」
「貴方達は満足のいく取調をこの国ではできないでしょ?だったら法で動ける私達が取調して、その結果を貴方達FBIに流す。どう?」
「……それは、俺達としてはありがたいが、本当にFBIに情報を流してくれるのか?日本警察がそんな事を許すとは到底思えない。」
「その点に関しては私の一存でやるので、ご心配なく。」
私の一言に驚いたように男は目を見開いた。
「それ、は、君の立場が悪くなるのでは?」
「はは。心配してくれるの?上手くやるさ。こういう事は慣れてるんでね。」
片目を瞑って得意気に笑って見せれば、目を瞬いた後に口元を押さえて声を漏らさず笑われた。少し肩を揺らしながら、目線がこちらを窺う。
「君がそこまでリスクを犯す理由は?」
「貴方が男前だから。で、どう?」
「君の御眼鏡に適う容姿だったようで何よりだ。」
ふふ、と小さく笑い合うと男がポケットからハンカチを取り出して差し出してくる。
意図が分からず、固まると小さく息を吐いた彼がそのハンカチを持って迫ってくる。
何だ何だと片足を引いた瞬間、引き寄せられて左肩にハンカチを押し付けられた。
途端に走る激痛に呻きが漏れ、顔が歪む。
「いぃっ……って、!!」
抉るような熱を持つ痛みに思わず男の腕を掴んで離そうと試みるが、構わずハンカチを押し付けられて左腕が震えて力が入らない。
脂汗が一気に吹き出す。堪えても堪えきれない声が、食いしばった歯の間から抜けていく。
「は、っ……ちょ、痛ッ……!」
「君が普通にしているから軽傷な気がしてしまうが、さっきから出血量が多過ぎる。そろそろ止血点を押さえないと死んでしまう。」
「待っ、そ、こ……っ傷に響く……ッ!」
「我慢しろ。ところで情報を教えてもらうには連絡先を、」
「馬鹿か!この状況で教えられる訳ねぇだろ!!」
「……十分饒舌だがな?」
「ぅ、あッ」
痛覚が機敏に反応して震えが走る。男の腕を掴んだまま痛みから逃げるように膝を折るが、男もまた膝を折った。この強引な止血をやめるつもりはないらしい。ちら、と止血されている部分を見るとハンカチは意味があるのかと問われるほどには朱に染まっていた。
確かにこれは止血しないと動けなくなっていたかもしれない。
「ところで、その髪の色は地毛か?」
「は、あ?……今、聞く事?染めてん、の。」
「驚いたな。日本警察は染髪に厳しそうだが。」
「ッ……こんな髪の奴が、警察って思わないでしょ……ッ」
「なるほど。一理あるな。現に俺も疑ってしまった。」
「ちょ、っともう……いったい……ムリ」
「ダメだ。出来ればこのまま救急車に乗り込むのがベストだ。」
「チィッ……!」
「はーい。どうも、FBIさん。」
「!!その声はさっきの通信の……」
「そーそー。識ちゃん。生きてる?」
「ころされそう」
「人聞きが悪いな。」
「ごめんねぇ。その子傷とかほっといてぶっ倒れるタイプだから助かりました。んで、これ識の連絡先ね。」
「あぁ、ありがとう。」
「じゃあそろそろ公安も着くだろうし、ズラかろうか。識立てる?」
「無理寄りの無理。」
「おっけー。おんぶね。」
「FBIさん、名前は?」
「赤井秀一だ。君は識、だな?」
「穂積 識です。」
「俺、原聡明。原って呼んでね。」
「識に原、だな。」
「またね。赤井さん。」
「あの男は黒の組織の下っ端で、単独でFBIを殺って手柄を立てて幹部入りしたかったって事らしいです。」
「ほぉー?ならジョディを狙った銃口がこちらを向いたのは?俺もFBIだと知っていたのか?」
「いや、赤井さんが居たのは知らなかったらしいよ。ただジョディさんと居た私が射撃しやすい近くに来たから、殺られる前に殺っとこうと思ったって。こちらの落ち度で申し訳ない。」
「……」
「おーい。聞いてる?」
「その赤井さんというのは他人行儀過ぎないか?」
「は?」
「せっかくの協力関係だ。もっと砕けて欲しい。」
「協力関係って……別に協力はしてないけど……」
「つれないな。抱き合った関係だろ?」
「あれは赤井さんが無理矢理止血したんだろうが!!」
「ほら、また赤井さんだ。」
「あー……アメリカンなフランクって何?ハニー??」
「…………なんだ、Darling。」
「んぐ。グッとくる。ダメだコレ。やめよ。」
「ところでDarling、黒の組織についての情報をもう少しくれないか。」
「調子乗んな!くたばれハニー!!!」