望まぬ先の玉座。


「よりによってお前かよ。」

「そんな嫌そうな顔しなさんな。」

「のんびり解決しようかと思ったけど止めた。さっさと終わらせよう。」

「麗華と長くおられんのは残念じゃが、早く終わらせてくれるのは助かるのう。」

「…なに、そんなに困ってんの。」

「まぁ、の。」

立海の廊下を歩きながら、苦笑を浮かべた仁王に顔を顰めた。
こいつを困らせるって相当じゃないのか。
自分を彼女として周りに言いふらしているだけではないらしい。

大きな溜息を落とすと、それを聞いた仁王が妖しげに笑っていた。

「彼女、と吹聴されるぐらいならまぁよくあることなんじゃが、」

「よくあるのも困りもんだけどね。」

「そいつ、友達の女子に嫌がらせしとるんよ。」

「…面倒くせー…」

「面倒どころの騒ぎじゃないナリ。階段から突き飛ばされたり、教科書が破られとったり…」

「そこまできたなら担任に言うべきじゃない?」

「証拠がないんじゃよ。」

「…証拠?」

「そう、証拠じゃ。」

隣を歩いていた仁王の速度が遅くなる。
ダルそうなその表情に眉を寄せた。
随分とお疲れのようだ。これは相当だな。
まぁ秀が見たら喜びそうな貌ではあるが。

「証拠、ね。それは重要だ。」

つい先日の氷帝での件もそれがものを言った。
やはり百聞は一見にしかず、と言ったところだろうか。
しかも被害にあった子達は一様に誰にやられたかを見ていないという。
証言者もなしとなれば、担任に報告したとしても誰がやったと決め付けることは難しいだろう。

「じゃあ何でその子がやったと仁王は思うわけ?」

「その彼女説が広まってからなんじゃよ。…周りの女子が怪我やら何やらするようになったん。」

「そんなけ?」

「まだあるぜよ。聞きたいか?ホラーばりの話。」

「面白そうじゃん。」

「下駄箱に紙が入っとってな、“これで他の女の子には邪魔されないね?”じゃと。」

「…、」

「そんな目で見なさんな。俺だって被害者なんじゃ。」

「そうね。残念なことにね。」

「残念ってなんじゃ。昨日は家のポストにその手紙が入っとったんじゃよ。」

「家まで知られてんの?」

「コレは深刻な問題じゃ。俺アイツと話したこともないし、大体名前知ったのも彼女説が広まってからなんじゃよ。もう疲れたナリ。」

はぁ、と深い溜息が下校時間間近の廊下に響いた。
本気でストーカーじゃないか、と私もまた小さく溜息を吐いた。
さて、今までのように一筋縄でいくのだろうか。
下手をすれば仁王に逆恨みという形で跳ね返る。

頭が痛くなる問題ではあるけれど

「面白そうだね。」

「……笑顔でそう言えるのはお前さんぐらいのもんじゃ。」

苦笑いを浮かべた彼は、足を止め、斜め前に見える教室を指差した。
そして口を開く。

「あそこに座っとんのが、…俺の彼女じゃよ。」

皮肉っぽく言って見せた仁王の指先には、
窓辺で一人スケッチブックに向かっている黒髪の女生徒がいた。


偽りの玉座はやがて崩れる。


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