伸び始める蜘蛛の糸。
「おまんさん…本当怖いのう。」
「失敬だな。似てただろ。仁王に。」
アイライナーで書いた黒子を落とす麗華を後ろから眺める。
さっき飯島と話していた彼女は確かに俺に似ていた。
何がと言われると困るが、漂わせる雰囲気や細かい癖が。
香水を貸せと言われた時は何をする気かと思ったが、まさか俺に似せて飯島に近付くとはの。
俺としては不本意だが、飯島はこの短時間ですっかり仁王に似ている麗華を信用しているように見えた。
溜息を吐く俺をよそに黒子を落とした彼女は鏡越しに笑っていた。
さっき見せていた柔和なものとは違う、妖しげな笑み。
ゾクリと背筋が震えた。
彼女の裏の貌を怖いとも思う。
だがそれと同時にそれに魅せられている自分もいる。
彼女の歯牙が自分に向くことを恐れてはいるが、それでも彼女の傍にいたいと思う。
その為なら実験に使われる事さえ苦ではない。
それは立海のテニス部レギュラー全員に言える事だ。
皆麗華の恐ろしさを知っていて、その毒牙に魅せられている。
彼女は氷帝のマネージャーだった頃に、わざと立海の一人ひとりに裏の貌を垣間見せた。
麗華の美貌とその裏に秘められた悪とも呼べるそれを見せ付けられた俺達は、「彼女の本当の姿を知っているのは自分だけ。」と思い込まされ、麗華の術中にまんまと嵌ってしまったわけだ。
蓋を開ければ立海の全員がそれを知っていて、それが彼女の実験の内と気付いたのだけれど。
それでも麗華の隣を望む俺達は、やはり彼女の求める手駒なのだろうか。
自嘲している俺に気付いた彼女が怪訝そうに眉を顰めた。
「キモイ。」
「酷いのう。」
後ろから麗華を抱き締める。
細い首筋から香る自分と同じ香りに胸が脈打つ。
首元に顔を埋めると、華奢な体はゆっくりと寄り掛かってきた。
柔らかな太腿を撫でていると、彼女は何か考えるような仕草を見せた。
「ねぇ、立海の制服ってすぐに用意できる?」
「…ん?女もんか?」
「男子のも。」
「……男装でもするんか?」
「怜を連れて来たいの。」
「…俺、黒崎嫌いじゃ。」
「文句言うな。解決できないだろ。」
「………用意できるナリ。」
「それとひかるちゃんが危害を加えてるシーンが欲しいんだよね。」
「なん。俺の友達にわざと怪我しろって言うんか。」
「それはちょっとなぁ…。大怪我はさせたくないし。」
「じゃあどうするん?」
「運動神経よくて突き飛ばされたりしても上手く受身とれるような奴いないの?」
「そんな女子友達におらんぜよ。」
「そう…、ねぇちょっと。真剣に考えてる?」
「考えとるって。」
麗華の声に応えながら彼女の白い首筋に舌を這わせた。
甘い香りが鼻腔を刺激して気持ちが昂ぶる。
カッターシャツの中に手を差し入れると呆れたような溜息が聞こえた。
それが気に入らずに麗華の耳朶に噛み付きながら囁いた。
「なんならレギュラーに女装でもさせたらどうじゃ?」
「…馬鹿か。バレるだろ。」
「俺が化粧したら完璧な女になれると思うがの。…特に幸村。」
「それ聞かれたら殺されるんじゃない?」
「今は麗華しかおらんじゃろ。」
「じゃあ明日精市に言ってよ。女装して仁王に媚売ってって。」
「………俺、明日死ぬんじゃな。」
「自分で言ったんでしょうよ。」
「言っとくナリ。麗華に協力する為って言ったら幸村も妥協するじゃろ。」
「ちょっと。私まで道連れにしないで。私が言ったんじゃないんだけど。」
「細かいことは気にするんじゃなか。」
「細かくねぇから。重要なことだから。」
「もう分かったらから、そろそろ集中してくれんかの。」
柔らかな膨らみを鷲掴むと麗華が顔を顰めて俺を睨んだ。
その鋭い眼差しさえ狂おしいほど欲を孕ませる。
熱を彼女の内腿に押し付けると、麗華は溜息を吐いた。
「…ここ、どこだか分かってる?」
「女子トイレ。」
「誰か来たらどうすんの。」
「見せ付ける。」
「馬鹿か。」
そう言った麗華の口端が不敵に釣り上がったから、俺は遠慮なく彼女の服を乱した。
歪んだ君の心を打ち砕く。
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