降り掛かる槍。


「……え、精市?」

「そうだよ。」

「完璧じゃろ。どっからどう見ても女、…そんなに睨むんじゃなか、幸村。」

「すっご。え、すっご。仁王すっご。」

まじまじと麗華に顔を覗き込まれる。
悪い気はしないけれど彼女の目に映る自分の姿を思うと溜息が零れた。
ていうかこのウィッグ重い。
化粧ってこんなに息苦しいものなの。
女子って尊敬するよ。

「はぁ…これで仁王に迫るとか、何コレ。罰ゲームなの?」

「危害加えてるシーンを撮影する為のものだけど…ねぇ写真とっていい?」

「嫌。」

「撮っていい?」

「嫌。」

「幸村一枚ぐらい良んじゃなか?」

「死ね仁王。」

「口悪いナリ。」

カシャッ

「うわっマジやべぇ!!超ウケんだけど!!俺これ待ち受けにしよう。」

「……っ」

「幸村落ち着きんしゃい。」

何でよりによって今回の依頼に参加するのが黒崎なんだろう。
写真撮らせる為だけの潜入ならコイツじゃなくても良かっただろう。
霧生だったらまず無反応だし、二階堂も笑うかもしれないけれど馬鹿にはしない。
何だって黒崎の前でこんな醜態を晒さないといけないわけ。

「幸村、別嬪が台無しじゃ。そんな怖い顔するんじゃなか。」

「麗華、何で今回に限って黒崎なの。」

「無視か。まーくん泣くぞ。」

「証拠写真なら怜って決まってんの。」

「そっ。俺プロ級だから。一発で決めてやるから安心しろよ。精子ちゃん。」

死ね。黒崎マジ死ね。
本当に死ね。
俺はイライラしながら黒崎を睨み付けた。
「あれー?俺に惚れちゃった?精子ちゃん。」とか言ってゲラゲラ笑ってるコイツの首本気で絞めたい。

なんでコイツが麗華の仲間で傍にいるのか意味が分からない。
体の血液が沸騰するような錯覚さえ湧き上がる。
大きく息を吐いて麗華に向き直る。
もちろんその横にいる黒崎を視界に入れないように。

「それで、俺はどうしたらいいの?早く終わらせたいんだけど。」

「分かってるよ。」

そう言って微笑んだ彼女は、赤い口元に毒牙を覗かせているように見えた。

「ねぇ仁王、昨日のドラマ見た?」

「あー…見とらん。」

「うっそ。マジで?超面白かったよ。」

「そうなん?」

「あ、私も見た!医者が犯人のやつでしょ!」

「俺も見たーまさかのドン返し!」

「あれ超ビビッたよね!」

「ちょ、おまんら、見とらん俺の前でネタバレするんじゃなか。」

仁王君の席から笑い声が聞こえてくる。
楽しそうに笑う仁王君。
でも分かってる。
あれは迷惑なのよ。
だって見てもいないテレビ番組の話をされても面白くないだろうし、五月蝿いだけだもの。
何でそれが分からないの。
それに、何でそんなに仁王君の傍にいるの。
ほら、貴女達のせいで仁王君がこちらを見られないじゃないの。

いつもこの時間は私を見つめてくれてるの。
指先に力が篭り小説の表紙が折れる。
取り敢えず落ち着こうと息を吐いた時だった。
騒がしかった教室が余計騒がしくなったのは。

「…雅治、」

仁王君の下を呼ぶ高い声に後ろを振り返る。
そこには仁王君の傍に立つ女生徒の姿。
長い茶髪に黒縁眼鏡。
だらしなくない程度に着崩された制服。
ナチュラルに施された化粧。

モデルのように綺麗な女生徒がそこに立っていた。
驚いて声も出ない。
こんな子、知らない。
今まで一度だって見たことがない。
それはクラス中が同じなのか、ざわめきが波のように広がっていく。

その子はゆっくりと仁王君に近付いて、そして、
慣れた手つきで仁王君の肩に触れた。
止めて、触らないで。
離れてよ。

「雅治、今日空いてる?」

雅治なんて呼ばないで。
馴れ馴れしく話しかけないでよ。
そこにいて良いのは私だけなの。
退いてよ。ねぇ。
仁王君は今日は私とデートなの。
早く帰って。

「空いとうよ。」

仁王君の言葉に目を見張る。
嘘よ。嘘。
仁王君、今日は私とデートするんでしょう。
一緒に映画館に行くんでしょ。
なんでその子に、そんな素敵な笑顔を見せてるの。

「じゃあ…待ってる。」

にこやかに笑って去っていく彼女を、仁王君がじっと見つめている。
何、その焦がれるような瞳は。
どうして私以外にその目を向けるの。
女生徒が出て行った途端、皆が慌しく仁王君に駆け寄った。

「ちょ、仁王!今の美女誰だよ!!」

「え、超綺麗!マジでモデルかと思った!!」

「私も!!」

「付き合ってんの!?」

違うわ。
仁王君の彼女は、

「付き合っとうよ。」

私なのよ。
湧き上がる教室にスッと冷めていく自分がいる。
おかしいわ。
コレは違うわ。
あぁ、そうか。
コレは夢ね。
そうよ。そうに違いないわ。
私は静かに席を立った。
あの子は一体どっちに行ったのかな。

早く追いかけなきゃ。
追いかけて問い詰めなきゃ。
どうやって私の仁王君を誑かしたの、って。

それで、
消さなきゃ。


空虚な妄こそ現なの。


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