夢見るあの頃
制服の下にある痣をそっと撫でる。
腕をいくらさすっても、その痛みは一切引いていかない。
スカートにぎりぎり隠れる位置にある切り傷は、もしかしたら痕が残ってしまうかも。
小さく自嘲して、泣くまいと唇を噛んだ。
2年の頃から跡部に誘われて男子テニス部のマネージャーになった。
レギュラーの皆とも仲良くなれて、これからも上手くいく。
そう信じて疑わなかったのに。
3年生になって新しく1年の子がマネージャーになった。
そろそろ次のマネージャーも育成しなくてはいけないから。
理由はそれだけで、私ももちろん唯一の女子仲間が出来たことが嬉しかったし、愛想のいい子だったからレギュラーの皆も歓迎していた。
でも、彼女は私達の日常を変えてしまった。
彼女、“えりな”ちゃんは元からマネージャーに興味などなかった。
最初から跡部たちレギュラーに取り入る事が目的だったのだ。
いつも笑顔の裏で、えりなは度々自分で自分を傷つけた。
そして泣きながらレギュラーの前に飛び出して言うのだ。
「理紗先輩がやった。」
と。
最初は皆もまさか、と笑っていたが、徐々に徐々に彼女の手の込んだ芝居に騙されていく。
そして徐々に徐々に、
みんなの私を見る目が変わっていった。
傷ついたえりなを庇い、傷付けた私を責める。
当然の事だ。
それが作られたものだとしても、彼らはそれを真実だと疑わない。
跡部だけは、私を信じ、えりなを疑ってくれているけれど、皆はもう私を加害者だと疑って譲らない。
跡部が庇ってくれても、見えないところで蔑んだ。
「跡部に取り入るのが上手くていいな。」
憎悪に滲む様な瞳とともに、私の体は痛めつけられる。
この暴力がバレないよう、傷跡は露出されない部分。
殴られれば腫れ上がるし、
蹴られれば息が止まる。
ラケットを振り下ろされれば意識が飛ぶし、
ボールの当たり所が悪ければ吐いてしまう。
それが、私の日常。
日吉と長太郎は加わらない。
やりすぎだと、その目が言っているけれど口にはしない。
それは仕方がないと思っている。
暴力に加担しようとしていない分、私には救いだ。
そして跡部も、私を庇ってくれている。
彼のいないところで暴力を受けてしまうから、正直どうしようもないのだけれど、疑うことをしない彼に、私は救われている。
「俺は俺が見たお前を信じてる。」
その言葉が暴力を受ける度、脳裏に木霊して私を繋ぎ止める。
樺地君もそう。
何も言わないけれど、助けてくれる。
友達に相談してみたいけど、出来ない。
それが広まって教師陣にバレれば、テニス部は大会出場停止処分をくらうかもしれない。
それは、避けたい。
私を嫌うより前の彼らの努力を知っているから。
そして嫌った後からも、彼らは努力を怠らないから。
だから、避けたい。
もちろんこれは跡部の為でもある。
彼は何も言わないけれど、私の体の傷を知ればきっと教師陣に言って責任を取って出場停止を自分から言い出すに決まっている。
救ってくれた彼から、好きなものを奪いたくない。
マネージャーも、辞められない。
えりなは、マネージャー業などしないから。
だから私がするしかない。
彼らの練習時間を少しでも増やしてあげたい。
その思いが伝わっているのかいないのか。
部活中に彼らは私に暴力を振るわない。
タオルもドリンクも、
言葉など交わしてくれないけど、
受け取ってくれる。
それだけで、十分だ。
それに3年生はもうすぐ引退。
そう、だから、あと少し、
あと少しの我慢。
この秘密は私の内に留めてしまおう。
そう、思っていたのに。
そう思っていられなくなってしまった。
彼女が、えりなが、
そうさせるのだ。
ジャージを血に濡らした彼女はレギュラーの前で口を開いた。
私を指差して
「理紗先輩に刺された。」
傷は浅かった。
見れば分かる。
刺された?
切り傷もいいところだ。
それなのに、その血の量。
冷静に考えれば分かる。
けれど、彼らにその冷静という言葉はすでに欠落していたのだ。
悪化していくえりなの自作自演。
もうどうにもならない。
体はボロボロだ。
風呂に入るのが億劫になるほど。
けれどマネージャー業を疎かにしたくない。
跡部に、迷惑も掛けたくない。
別にえりなを消したいとか、そういうわけじゃない。
マネージャー業をやってくれるなら、それでいい。
私はすぐ辞める。
でも出来ない。
彼女は本当に何もしないのだ。
唇を食いしばる。
涙が零れた。
そんな時だった。
友達に話しかけられたのは。
解決屋。
そんなものが本当にあるのか。
ただの噂ではないのか。
でもそれでもいいと思えるほど、私は衰弱していた。
元の楽しい日常に戻れたら、
そう願いながら、
私は図書室の扉を開いた。
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