※刀剣女士主

ドタバタと廊下を走る音が響く。それはだんだんとこちらに近づいているようだった。部屋でくつろいでいた獅子王、同田貫、遊びに来ていた宗三左文字、小夜左文字はなんだなんだと視線を障子の方へ向けた。喧しい足音が部屋の前で急に止まるとスパーンと音を立てて障子が豪快に開いた。皆が目を丸くさせてそちらを凝視する中、江雪左文字ただ一人だけが障子に背を向けたままで深く溜息をつくのだった。
「江雪さんんんんんんんんんんんん!!」
普段は穏やかに喋るナマエが、これでもかと声を荒げて部屋に入ってきた。そのまま滑り込むように江雪と宗三の間に割り込み江雪の両肩をガシッと鷲掴んだ。ナマエの丈の短いスカートが揺れる。目の当たりにしてしまった宗三は小夜の目を塞ぎながらはしたない、と眉間にしわを寄せるも、そっぽ向いたその顔は微かに赤みがかっていた。
「何でしょうか。」
「なんでしょうか、じゃないですよ!今何時だと思ってるんですか!」
「獅子王、今何時でしょう。」
「え!お、おう。えっと……」
「獅子王、正直に答えなくてよろしい!」
江雪に話す勢いのままナマエが噛みつくように言うと獅子王は喉の奥でヒッと息を詰まらせた。同田貫と宗三は憐れむような視線を彼に向ける。最大のとばっちりだ。
「もう!時計くらい自分で見てください!出陣の時間ですよ、しゅ つ じ ん !朝餉の時に主様が部隊構成と出陣時間伝えてましたよね!?聞いてましたよね江雪さん!もう予定時間を四半刻も過ぎてるんです、部隊のみんなも待ちくたびれてますよ!ああもう、主様に怒られるの隊長の私なんですからね!どうしてくれるんですかー!」
「……戦いは、嫌いです……。」
江雪の肩を激しく揺らしながら捲し立てるナマエ
だったが、江雪の一言にその手を止めわなわなと震えだした。此の期に及んで何を、という心境だろう。
「こ、この、和睦バカ……!」
怒ったような、呆れたような声で言い放つ。もう何も言う気になれなかった。その時、廊下の向こうからナマエさーん、江雪さん見つかったー?という堀川国広の声が届いた。ナマエはハッとしたように顔を上げるとそちらに向かって、見つけました、今向かいます、と返した。
「と、とにかく!あなたが何と言おうと連れて行きますからね!引きずってでも行きますからね!さあ、立ってください!」
ナマエはその体格からは想像もできないような力で江雪の腕を引き立たせた。そのまま手を握り、文字通り若干江雪を引きずる形で部屋を出て行った。手を引かれていた江雪が、この世は地獄です……と言いつつも満更でもなさそうな表情を浮かべていたのはその場にいた四振り以外知る者はなかった。

「江雪兄さま、ナマエに構って欲しいなら素直に言えばいいのに。」
「まったく、不器用な人ですねえ。」
「宗三兄さまもでしょう?」
「…………。」

救世主