※いろいろ捏造


月が落ちてくるらしい。

最初はくだらない噂話だと思っていた。わたしも世界も。そういうことに関してやたらと騒ぎ立てる一部の人間以外、誰一人として信じてなんかいなかった。今日も、一日は終わるべく太陽は西へ沈み、月は静かに浮かんでいる。いつもとなに一つ変わらない。こうやって明日も明後日も過ぎてゆくのだろう。そう思っていた。



宇宙から地球に降ってきた。月ではない、隕石だ。一回目の隕石衝突は名前も知らない遠い国。落ちた場所は一面の砂漠地帯。やや大きめの隕石だったためマスコミは大いに報道した。わたしも多少興味が湧いたが、時間とともに忘れていった。
二回目は比較的大きな国だった。落ちた場所も主要な都市で、いろいろな施設や民家もたくさん被害にあったそうだ。実際、衝突後の衛星写真では、建物なんか跡形も無くなっていたのだけれど。ここには来ないといいね、そうだね、なんてまるで他人事な会話をしながらセシルの肩にもたれかかり、被害の様子が映し出されるテレビの画面を見ていた。一回目の隕石衝突から半年が過ぎた頃だった。




あれからだんだんと隕石の頻度が増えた。二回目の衝突から三ヶ月に一回、一ヶ月に一回と増えてゆき、今では一週間に一回は隕石が降るようになった。それも、毎回落下地点に大きな被害を与えるような大きな隕石だった。明らかにこの現象は異常だ。そして隕石増加に伴って世間も俄かに騒ぎ始めた。テレビ放送は朝から晩まで隕石の話題に支配されている。専門家たちはこぞって原因を突き止めようと奮起しているが一向に進展は無い。政府も国民を安心させようと会見を続けているが、かえって不安を煽る材料にしかならなかった。加えて月がだんだん近づいてくるとの観測結果が公開された。誰もがでたらめだと思っていたあの噂は"ほんとう"に姿を変えていった。






とうとうこのあたりにも隕石が降ってきた。わたしたちが住んでいる国に落ちたのは何度か聞いたことがある。口では心配だといってはいたが、まだどこか実感できずにいた。しかし、昨日落ちたのはすぐとなり町だった。

昨日の午後、わたしは近所のスーパーマーケットからの買い物を終え、自宅への道を歩いていた。空は雲もまばらな快晴で呼吸をするたびに清々しいにおいがした。もうすぐ家に着くあたりで重い荷物を持っていることも忘れて、腕を上げ伸びをすると、視界に異様な速さで迫ってくる物体を見つけた。一瞬の出来事だった。
空中を急降下する光源を目視してすぐに、大きな地鳴りがした。空気はほのかに赤くなり、地面に着いた足がジリジリしびれて動けない。どこかで、逃げろ!と言う声がした。その声にはっとなり、力の限り帰路を走った。額からは嫌な汗が吹き出し、震える膝に鞭打って走った。もうすぐ家だ、もうすぐ。
やっとの思いで到着し、ドアを勢い良く開けると、今まさに玄関から出ようとしでいたセシルと鉢合わせた。心底焦った表情で携帯を耳に当てている。わたしは構わずセシルに抱きつき、ふたりはそのまま玄関に倒れこんだ。セシルの携帯が吹っ飛んでしまったが、わたしには謝る余裕もなかった。こわかった、絞り出したわたしの声は自分でも驚くほど弱々しく、大丈夫、大丈夫、と頭を撫でながら掛けられる優しい声に涙が止まらなかった。大人ふたりが抱き合う静かな空間に、わたしの携帯のバイブ音だけが響いていた。

わたしの嗚咽が止むと、セシルはわたしを抱き上げ玄関からリビングへと移動した。わたしを抱いたままソファに座る。一点に二人分の重さを受けたソファがいつもより沈んだ。点けっぱなしであっただろうテレビでは、早速先ほどの隕石の様子だとか被害区域なんかが報道されている。これは現実なのだと改めて突き付けられた気がして、体が小さく震えた。

「あした、となり町に行ってみようか」

セシルが頭上で静かに言った。逞しい腕は震えるわたしの体をしっかりと抱いてくれている。わたしはゆっくりと頷いた。何に駆られたのかはわからないが、この目で、見なくてはならない気がしたのだ。
その夜は二人、手を繋いで寝た。ざわざわと押し寄せる不安を胸の奥に押し込めて、朝までその手を離すことは無かった。



救世主