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転生したのは、逆転裁判の世界でした


漢字ふりがな漢字ふりがな





転生したのは逆転裁判の世界でした




 枯葉散る秋の夕暮れ。校庭でじゃれ合うようにサッカーをしている男子たちの姿を窓際の席から眺めながら、あたしは重い溜息をついた。
 4年3組の教室では、矢張がクラスの皆から責められていた。掃除当番をさぼったのだ。
 ま、本人の責任よね。「シグナル侍ごっこ!」とか言ってモップを振り回して掃除の妨害をしたり、真面目に雑巾掛けする女子のスカートめくりまでしたんだから。
 あたしは夏目漱石の「坊ちゃん」を読みながら、成り行きを静かに見守ることにした。時々、隣の席の女の子にミサンガの作り方を教えてあげながら。

 あたしがこの世界に転生したと気づいたのは、幼稚園の頃だ。
 通園前、パパが読んでる朝刊をなんとなく眺めたとき、目に飛び込んできたのだ。
 『狩魔豪、またもや勝訴』とか、そんな感じの見出しの記事が。

「かるまごう!? しょうそ!?」

 大声で叫んだあたしの声は、キッチンでコーヒーを淹れていたママの耳にも届いたらしい。すぐにママが飛んできた。

「なまえ、いつのまに漢字なんて読めるようになったの」
「すごいぞ、ママ。この子は天才だ!」

 興奮する両親の声を遠くに聞きながら、あたしの頭の中には前世の記憶が奔流のように駆け巡っていた。
 狩魔豪は逆転裁判という法廷推理もののゲームの登場人物だ。主人公の弁護士、成歩堂龍一の敵キャラクターとして立ちはだかる無敗の検事。狩魔豪という名前だけでなく、検事という職業まで一致するのであれば、おそらくここは逆転裁判の世界なのだろう。
 意識をしてニュースを観れば、序審裁判制度について専門家が解説している特集なんかもあって、あたしの確信は深まっていった。
 クレヨンで画用紙にメモを取りながら、食い入るようにして序審裁判制度の特集を視聴するあたしの姿に、パパとママは思ったらしい。
 この子は将来、弁護士か検察官になるかもしれない、と。
 それも悪くないと思った。せっかく逆転裁判の世界に転生したんだもの。できるなら、あたしも弁護士か検事になってリアルで逆転裁判をしてみたい。
「異議あり!」
 渾身の力で叫んで、証言の矛盾を追求する快感。ざわめく傍聴席の熱狂。
 そんなものを味わってみたいと思ってしまった。
 それに法曹界に携わっていたら、成歩堂くんや御剣に会えるかもしれない。直接関わることがなかったとしても、裁判所ですれ違ったり、遠くから活躍を眺めることくらいはできるかもしれない。
 我ながらミーハー根性丸出しの動機だったけれど、今世での目標ができたのは嬉しかった。ただ問題は…。

「司法試験よね、やっぱ」

 もしも前世と頭の出来が一緒なら、今から勉強しないと間に合わない。さっそく勉強を始めることにした。といっても、高額な塾に通わせてもらうとか、問題集を山ほど買ってもらうとか、そういう経済的な負担をまだ若いパパやママにはかけたくなかった。
 図書館で小学生向けの優しい法律の本を読んだり、前世で苦手だった科目の参考書を借りてきて問題を解くことから始めた。
 狩魔豪や「勝訴」という漢字が読めてしまったのが両親に知られた時点であたしは開き直っており、パパやママの前で勉強する姿を隠そうとしなかった。
 最初は「普通の子供ではない」我が子に戸惑っていた両親も、次第に受け入れてくれるようになり、毎週の図書館通いの送り迎えを積極的にしてくれるようになった。

(そういえば、御剣は海外の法廷を学んでたっけ)

 こちらの世界の制度がどうなっているのかまだよくわからないけれど、海外研修なんかもあるのかもしれない。英会話も習得しとかなくちゃ。
 平日の朝6時45分から始まる「ラジオ英会話」を聴くこともルーティンにくわえ、あたしの毎日は忙しく充実したものとなっていった。
 発言力も鍛えたいと思って、幼稚園や小学校でも積極的に手を挙げたり、クラスの子たちの喧嘩の仲裁を買って出たりしているうちに、気付けばあたしはすっかり、「勝気で口の達者な子ども」だと言われるようになっていた。

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