欲を吐き出すだけの行為。熱の解放さえ終われば、目の前の女など用済みである。相手の呼吸が整うまで待ってやる理由も理屈もないため、甘えるように伸ばされた手を弾き、国永は身体を起こし身支度を整えた。甘えるような視線がもう少しゆっくりしたいと告げてくるが、行為が終わってまで共にいることは苦痛以外のなにものでもなく、これで彼女面をされても困る。だからこそそっと告げてやるのだ。

「君はゆっくりしていったらいい。じゃあな」

掠れたような声が国永を呼んだが、彼がそれに応えることは、今までもこれからだって一度たりともないだろう。凝っている首の筋を揉むように頸へ手を回し、溜息を吐く。欲を吐き出すとはいえ、欲の塊だけの肉体を抱くのは、結構な疲労感を伴った。終わった一瞬だけは頭がスッキリするものの、その後に残るのはただの倦怠感と鬱蒼としたもの。いつもならそれなりの好みの女を抱けば大体気が晴れるのだが、ここ最近はどこか虚しさしか感じていなかった。善がる姿を冷たく見下ろしては、益々喉が渇く。足りないわけでもないのに、どうしたって快楽よりもむなしさの方が大きかった。これもきっと、思い通りにいかない彼女のせいだ、そう国永は思っていた。兎に角一刻も早く、汗も女のものと混ざった臭いも、抱いた感触も全て洗い流して仕舞いたい、急かされるようにシャワー室へと急いでいた時、急に角から飛び出してきた人物とぶつかった。細い腕を引いて倒れそうになった身体を自分の胸へと誘う。この際、多少顔をぶつけるくらいは我慢してもらおう。

「あ、ごめんなさ…」

「廊下を走っちゃあ危ないぜ。医療従事者が病院で転んで怪我したとなれば、それこそお笑い種にされちまう」

腕の中にいるのは欲して止まない女だ。自分の思い通りになってくれない、憎たらしい女でもある。黙っていればそれなりに可愛い顔をしているというのに、国永を目にした瞬間、その表情はスッと消える。

「そうですね、お手数おかけしました」

助けてやったというのに、彼女はふてぶてしく礼を述べた。大凡国永以外には向けないであろう酷くしかめっ面を浮かべている。その視線が己の首元に注がれているのを見て、ああと納得した。おそらく先程の名残が残っているんだろう。誰のせいでこうなっているのか言ってやりたいが、言ったところで益々彼女の機嫌が悪くなるだけであろう事は想像に難く無い。一回でも大人しく抱かれてくれれば、この淀んだ考えも接触も無くなるというのに。拒絶されればされる程、追いかけ回したくなるのは何故だろうか。彼女から向けられる軽蔑も拒絶も、今の国永を苛立たせるには十分過ぎた。そんな目で見るなと、言いたくなる。

「え、あ、ちょっ…!!」

「少し黙っててくれ。何、大人しくしていれば直ぐに済むさ」

半ば引きずるように近くの資料室へ押し込み、資料棚へと押し付ける。少々乱暴にしたせいか、背中を打った彼女から小さな呻き声が上がったが、それ幸いにと奪うように口付けた。閉じようとする口を顎を掴んで無理矢理開かせ、その熱く瑞々しい口内へ、己の舌を捻じ込ませる。奥へ引っ込もうとする舌を掻き出し、擦り合わせ、歯列をなぞる。それだけでさっき治ったはずの熱がまた首を擡げた。ただのキスなのに善がらせていると思うと興奮する。このままここでするのもいいかもしれないと更に奥へ進もうとした時、ガリッと容赦なく蠢く舌へ歯が立てられた。

「っ?!」

思わず離れれば、呼吸を乱して顔を赤くする彼女が、乱暴に口を拭いながらキッと己を見上げていた。まだ、落ちてくれないらしい。

「…っ、いい加減に、してくれません?」

「…君、こういう時は大人しく流されるもんだぜ」

「私、貴方に体だけ捧げる気は無いので」

「へえ?なら俺が望めば心を捧げてくれるのかい?偽の恋人を使ってまで離れようとした君が?」

「…なんで知って…」

「俺の顔の広さを見誤ったのが君の敗因だ。嘘をつくならもう少しマシなものを考えたほうがいい」

「っ…ですが手を出される理由にもなりません!」

「だが俺を拒絶する理由も無くなったなあ。安心してくれ、一度きりってわけじゃない。相性がいいなら抱いてやるさ、何度でもな」

悔しげに顔を歪めた彼女を鼻で笑い、両足を割ら開いていた膝で、服の上からぐりっと股座を刺激してやれば大袈裟に身体を震わせた。信じられない、と言いたげな視線はこの際無視する。空いた手で作業着をたくし上げれば、あの時とは違う、動きやすさよりも可愛らしさ重視した下着が顔を覗かせた。

「へえ?今日は可愛い下着を着けているじゃないか。これでその気がないとは言えないな」

「ちがっ…!」

「ああ、それから…折角の印が消えちまってるな。どれ、また付けておいてやろう」

するりと胸から腹へと撫で下ろした先、以前付けた華は綺麗さっぱり消えている。それに僅かながらの寂しさを感じ、彼女が何か言う前にその白く弾力がある肌に吸い付いた。国永を引き流そうと頭に置かれた手に力が入れているようだが何の意味もなく、最後にちゅうっと音を立てて、薄い唇を離す。そこには暗闇でも分かるほど、以前よりも色濃く華が咲いている。それを国永は満足そうに見つめ、指先で撫でた。力では敵わないことを悟った彼女は何も言わずに、手の甲で口を押さえて身体を震わせ、行為が終わるのを待っている。きゅっと眉を寄せて何かを我慢するようなその顔が、荒くなっていく呼吸が酷く艶めかしく、綺麗だと思ってしまった。

「っ、もう、満足したなら離してください。私、仕事があるので…」

「いいや。どうせなら最後までシようぜ」

「っ?!や、やめて下さい!ほんとにやだっ…!」

腹を撫でていた手を更にその下は滑らせる。今度こそ止めるために伸ばされた細腕を片手で押さえ、Gパンのファスナーをゆっくりと下ろす。彼女は嫌がって何とか国永の拘束から逃れようと身をよじるが逆効果であった。するりと腰からパンツが落ちる。上と同じメーカーの下着が現れ、国永の口角が上がった。そうしてとうとう、湿った部分へとその指が伸ばされたのだ。防衛本能なのか、感じているのかは定かではないが、何度か触ってやればやがてぐちぐちと音が漏れ始める。

「っ…や、やだぁ…」

「こらこら、暴れるな。傷付ける趣味はないんだ」

「ぁ…や、やめ…っん、離して…!」

「そうは言ってもなぁ、君。ほら、ちゃんと濡れてきているんだ。邪魔な理性など捨ててしまえ」

「んぁっ…!」

ぷっくりと熟れてきた部分を摘めば、びくんと大きく身体を揺らした。口では嫌だ嫌だと言っていてもやはり身体はそうでもないらしい。他の女と違うのではと少しは期待していたが、快楽の前にはどうあがいても勝てないのだ。無抵抗になった彼女は、ずるずると棚に背を預けて座り込んでしまった。国永も座りその足を開かせる。手をかけた足は震えていた。そろそらいいかと、指を一本、蜜が溢れるそこへゆっくりと入れたのだが。

「いっ…!!」

「君、まさか初めてか…?」

あまりのきつさと狭さ、何より女の痛がりようが尋常ではなく、少しだけ入っていた指を慌てて引き抜いた。彼女は俯いたまま、自身の両手で体を抱きしめている。僅かに肩が揺れているのは快楽でも何でもなく、ただ痛みと恐怖からだということに、国永は漸く思い当たった。こんなことは予想していなかった、なんて言い訳にもほどがあるだろう。決して傷付けるつもりはなかったのだ。自分のものは嫌だろうが無いよりはマシだろうと、着ていた白衣を脱いで彼女を包み身体を隠してやる。

「す、すまない。まさか初めてだったとは…いや、これは言い訳だな…すまない」

「っ…、」

撫でようとすれば乾いた音を立てて手を叩かれる。居場所をなくし彷徨ったそれを見つめて、グッと握りしめた。彼女は泣き顔を見られまいとしているのか、白衣に顔を埋めておりその表情を見ることは叶わない。一体どうすればいいのか。啼かせることは得意でも、泣いた女の慰め方は分からない。女の泣き顔を見てこんなに動揺したのも初めてだった。

「あー…何だ…こういったことは得意じゃ無いんだが…本当にすまない。殴るなり何なりしてくれ」

「…やだって言いました」

「ああ、そうだな」

「嫌よ嫌よも好きのうち、なんて本当にあると思ってるんですかクズ」

「君、口の悪さが戻ってないか…?いや、俺が悪いんだが…」

「ほんと、最悪です…痛い…っ」

「すまない。だが指でその痛さだとナニを入れたら裂けそうだな、君」

「殴りましょうか?」

白衣の隙間から覗く眼光はいつもの彼女のそれであった。その事に少しホッとするものの、不安でもある。もぞもぞと布の下で服を着ている彼女へそっと伸ばした手は、今度は振り払われなかった。それから何を言うでもなく彼女が落ち着くのを待つ。数分後身なりを整えいつも通りの仏頂面が戻った彼女は、隠れ蓑に使っていた国永の白衣をはたき返してきた。恐らくこの部屋を出たら今まで以上に避けられるのは目に見えている。これで終わりにしたくはないと思った。

「白衣、有難うございました。それでは二度とこんな馬鹿な真似はしないようお願いします」

「…なあ、無理やり暴こうとした俺が言うのもなんだが、付き合わないか?勿論セックスはなしでもいい」

「は?」

「いや何、君の初めてを貰えると考えたら正直勃った」

「あげるとも何も言ってませんけど?!」

「まあそうだな、でもなんだ。最後まで責任を持とうと思ってな。何よりこのまま別れたら今以上に俺を避けてくれそうだからなあ…君を気に入っている身としては他の野郎に取られるのも嫌だし、他愛もない言い合いがなくなるのは寂しくもある」

「何都合のいいこと言ってるんですか」

「それは百も承知だ。だが安心しろ、君がいいというまで手は出さないし溜まったら別の女で抜く」

「…クズの極みだ…つまり五条先生の気まぐれが収まるまで、恋人ごっこをしてほしいとそういうことですか?」

「平たく言えばそうだろう。色々直すにもいい機会だしな、協力してくれ」

いつかした時と同じように、細い手を取ってその甲に口づければ、一拍の空白の後暗闇でもわかるほどその頬が色づいた。嫌われているわけではないと認識するには十分な反応だ。それに彼女は人からの“お願い”には弱いことも知っている。ずるいと言われようが今更逃すつもりはなかった。

「……分かりました。ただし条件があります」






「おっと、すまない」

廊下は走ってはいけない、そんなごく当たり前なことをすっかり忘れて走っていた。時間に厳しい長谷部先生の元へとサンプルを届けるため、普段は通らない道を選んでしまったのが運の尽きだろう。丁度角から出てきた人とぶつかってしまい、身体がよろめいた。しかしスマートに伸ばされた手のおかげで、お尻を打ち付けることは回避できたのだけれど、正直に言って素直にお礼が言いたくない相手でもある。

「おいおい、助けてやったのに睨むとは随分だな」

「…ありがとう、ございません」

葛藤の末、出た言葉はよく分からないものだった。何、有難うございませんて。さっきまでお楽しみでしたね、の雰囲気を隠しもしない五条先生は、いつもより血色の良い頬を緩め可笑しそうに笑う。首筋に張り付いた白い髪や、シャツの開いている部分から見える鎖骨。見てるこっちが恥ずかしくなるので直視できない。泳いだ目がたどり着いたのは自分の足。私が顔を上げられない理由を知っているのに、彼は"んー?"と首を傾げ態とらしく屈み顔を覗き込んでくる。その表情の何と楽しげなことか。本当に性格が悪い。

「どうした?気分でも悪いのか?」

「…いえ。あの、退いてくれません?」

「君、反応が随分と初々しいな。生娘でもあるまい?」

「…それ、応える理由がありますかね?」