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気づいた時には遅かった。
そんな話は腐るほどあるし、腐るほど聞いてきた。その度に他人の失敗を笑って馬鹿にしてきたが、まさか自分がそれを体験することになろうとは思っていなかった。
そりゃあもう若気の至りにかまけて、好き放題やってきた。女性の誘いはワンナイトであれば余計に断らなかったし、一先ず一般的に最低と言われることは一通りやった。泣かれたことも縋られたことも、恨まれたことだって数え切れないほどある。しかもそれが妻である織に飛んでいくのだから、女というものは本当に面倒くさい。
彼女も一応術師の端くれであるため、多少なり呪詛返しなどをしていたがそれは必要な処理であったし、それ抜きでも上手く対応してくれていたと思う。織はいつだって、また来てはりますよと笑うだけで怒らなかった。呆れることはあっても、いつも同じように接してくれる。だから調子に乗ったのかもしれない。

「クズだな」
「そんなこと言われたって僕は昔からこんな感じじゃん。今更直せないよ。織だって無理に直さなくていいって言ってたし」
「その考え方がもうクズなんだよ。落ち着くことくらいはできるだろ。五条、お前何歳だよ」
「28歳でっす☆」
「いい歳した大人が今更どう接したらいいか分かんないって、小学生かよ。ウケる」

吐き出された紫雲が、吹きかけられる。掴みどころのないそれは嘲笑うかのように巻きついて、手を動かせば簡単に霧散した。座っていたソファーの背もたれに沿って、ズルズルと寝そべる。
同期は聞く気があるのかないのか、2本目の日本酒を開けていた。

「別に夫婦仲は悪くないんだろ?」
「まあそうだけどさ。織ったら全然僕に興味ないの。外で何しようが全然これっぽっちも心配しないんだよね。それって脈なしじゃん」
「あると思ってたお前に吃驚するわ」
「デートに誘っても任務優先してくださいって断られんの。マジで鬱」
「草だな」
「そのくせ七海とか恵とか真希とは食事行ったりしてるんだよね、何でだと思う?」
「日頃の行いで好感度がマイナスだからだろ」
「久しぶりに会った時くらいちょっと奮発して夫婦の時間作ろうかなとか思わないのかな?」
「何で作ってくれると思ってるのかが、そもそも謎だ」

痛いところを突かれて、身体が完全にソファーと一体化した。自分の今までの行いが原因というのは、誰よりも分かっている。分かってはいるが、納得はできない。何より、この関係のあり方について提示してきたのは織の方であったし、自分は面倒事がないならとそれを鵜呑みにしただけだ。
こんなことになるとは思ってなかった5年前の自分を、殴りたくなる。もう少し省みるべきだったかもしれない。

「別に好きになってくれなくてもいいんだよ。でも興味くらいは持って欲しいっていうかさぁ」
「それはそれでウザがるじゃん、五条は」
「それは人によるかな。本当なら僕だってこんなことで悩みたくないよ。僕を悩ませるって織もえらくなったもんだよね」
「私も28にもなってお前から恋愛相談されるとは思ってなかったわ」

何がきっかけだったのかと聞かれたら、それははっきりとは覚えていない。本家の行事を除けば老害の監視に比べたら非常に楽な関係であったし、両家の前ではちゃんと良妻を努める織の立ち回りには感心した。

結婚後は家業である呉服屋の仕事をしながら週2回上京し、忙しくて家事などままならない夫の食事の世話や手の届いてない家事をして帰っていく。冷蔵庫を開ければ、いつだって小分けにされた数種類のおかずが入ったタッパーが、書き置きとともに綺麗に並べられていた。要らないと言っても食べなければ捨ててくださいと言って怠ることもない。残っていれば、次来た時に捨てる。
脱ぎ捨てたシャツは、帰宅すると綺麗にアイロンをかけられてクローゼットに並べられていた。最初の一年はそれが面倒臭くてきつめに当たったこともあったが、月日が経つうちに有難さに変わる。そんな織のサポートもあって、今までずっと体調を崩すこともなく特級術師と教師の仕事をこなすことができたのだ。

「確かにお互いのプライベートには口出さないでねって言ったよ。それにしたって口出さなすぎない?」
「うっわ、お前まじでめんどくさ」
「織は僕の奥さんって自覚あるのかな」
「無いだろ」
「そんなはっきり言わなくても」

硝子は相変わらず酒瓶をハイペースで傾けている。匂いだけで酔いそうだった。机に広げられているおつまみの中から甘そうなものを選んで、口に入れる。こんな時、織だったらさり気なく自分の好物を混ぜてくれるのだが、ここに彼女はいない。

「かっら。硝子、よくこんなの食えるね」
「だからいいんだろ。織もよくこんなクズと5年も過ごせたな」
「僕の顔が良いからね」
「顔なら七海の方がタイプって言ってたぞ」
「そこは嘘でも肯定してよ。自信無くすじゃん」

再びソファーに沈めば、硝子はゲラゲラと笑った。うまく行かない事ばかりだ。家のことも教師としても、上層部とのことも。今の状況を省みるが、優先すべきはやはり宿儺の器と上層部の動き。今後益々夫婦のことに時間を割け無くなりそうで、溜息しか出ない。

「そもそもお互い利害の一致でって話だったろ?別に離婚の申請されたわけじゃないんだし、これからゆっくり距離埋めるしかないんじゃないか?」
「10年だよ」
「はあ?」
「取り敢えず10年。まあそれは織との約束なんだけど。子供ができなきゃ煩い爺さんたちからは5年でって言われてんの」
「つまり、織と子供ができなきゃ今年最後ってこと?めでたいな」
「めでたくねぇよ」

織の今後に乾杯、とこれ見よがしに祝っている硝子を睨む。彼女はどこ吹く風で注いだ酒を煽った。友人を思って飲む酒は美味い、などとほざいている。もっと同期を労われと思わなくもない。

家の言う通りに結婚したところで、どうしたって跡取り問題は出てくる。若くして結婚ということで、本家からはそれなりに猶予が与えられてはいたが、そろそろ痺れを切らす頃だった。新婚当初に使っていた、もう少しお互いのことを知ってから、なんて言い訳は通用しなくなっている。
行事で顔を出すたび子供はと聞かれる回数も増えた。織は相変わらず笑ってかわしているものの、常に本家にいるのだ。毎日相当なプレッシャーを感じているに違いない。

「それで?嫁に苦労させまくりのあんたは今度は何をするわけ?」
「子供作っちゃえば手っ取り早くない?」
「だと思った。クズ過ぎるな本当に」
「織はお家問題から解放される、僕はあと5年の猶予が貰える、お互いに最高じゃん。これ以上の解決策あるなら教えて欲しいくらいだよ」
「何も解決してねぇし、そもそも織はあんたとの子供欲しいと思ってんの?」
「え?」
「お前が避妊してないのに出来てないってことは、そういうことだろ」
「…織が避妊してるってこと?」

それは考えていなかった。彼女だって跡取りの問題は念頭に置いていたようだったし、誘えば毎回応えてくれている。だから子供は欲しいと思ってくれているのかと、勝手に考えていた。確かにここ2年くらいはちゃんと織の周期を考えて狙ってやっているはずなのに、結果は芳しくない。
片手で顔を覆う。硝子の言う通り、そこから気づくべきだった。

「え、僕もしかして拒否されてる?無理なんだけど」

硝子は答えない。そりゃそうだ。分かるはずもないのだから。織の考え方は彼女だけのものだし、大っぴらに本音を出す性格でもない。妻だからといって常に一緒にいるわけでもない。見落とす変化だってあったはずだ。
それでも、どういうつもりかとこれだけは問いたださねばなるまい。

「ふー…ちょっと京都行ってくるね、僕」
「おい、五条。頼むから早まるな」
「早まる?大丈夫、どういうことか聞くだけだから」
「…目が笑ってないんだよな」





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