大きくて温かな手が逆立つ毛並みを整えるかの如く、背中を優しくゆっくりと撫でてくれる。
何をやっても上手くいかず、些細なことが目について苛立ち、悪くもない周りに当たり散らしてしまう時がたまにある。今がまさにそれで、そんな時は部屋に籠ることにしていた。
物忌だと言えば本丸の男士たちは深く問わずそっとしておいてくれるのだ。
──ただ一振、山鳥毛を除いて。
「……君は人の子だからままならない事も多かろう。それでもどんな姿でも私たちは君を厭うことはないのだと心に留めておいて欲しい。」
抱きしめられているから、前からも後ろからも山鳥毛の体温を感じて、苛苛していた心が泣きたい気持ちに昇華されていく。
本当は私が部屋に引きこもっている間に皆が心配してくれているのも知っていた。それでも安心させてあげられないから、せめて傷付けてしまわないように私なりに頑張っていたのだ。
ずっとそうしてこの本丸で過ごしてきたのに、どうして、寄りによってこの男は今まで不可侵であった部屋に押し入ってくるのだろう。
「君はよく務めている。私はそれを誇りに思う。だから上手くいかなくとも、独りで抱えたりしないでくれ。…私たちは君のために在るのだから。」
君が健やかであれば、ただそれだけで私は嬉しい。そう紡ぐ慈しむ様な落ち着いた声に、優しい体温に、刺々した心が凪いでいくのを感じる。
「今はいくらでも泣いて、沢山休みなさい。心であれ身体であれ、調子が悪い時に無理をするのは努力でも頑張りでも無い。…私たちに人の病は伝染らないから、安心して傍に置いてくれていい。」
暖かな手が頭を撫でてくれた時、愈々我慢しきれず涙がこぼれた。氷が解けて水になるように解けた気持ちが涙になり、それは次から次へと壊れたように零れて止まらない。そんな私を山鳥毛は嗤うでも困るでもなく優しく触れて拭ってくれる。
「…もし他の誰が君に幻滅したとしても、私だけは見限りはしない。だから安心しなさい。」
私には山鳥毛のその小さな呟きが、だから自分を選んでくれという切望に聞こえた。