「観光するってなると、箱根小田原方面は移動多くなりそうかなぁ……」
それなら古都鎌倉や川越の方が観光する場所を絞りやすそうだ。でも観光を捨てて目的を温泉に絞るなら、湯河原や熱海もありかもしれない。
選択肢を絞るどころか増やしてしまい、検索する手が止まらなくなる。
「ちょもはどこ行きたい?」
「小鳥となら何処に行っても楽しめるが……そんな回答では満足しないのだろうな」
山鳥毛がおべっかを言っている訳じゃないのは分かっている。
だが、そう。私は選択肢を絞りたいのだ。
唇を尖らせる私の隣に山鳥毛が来て、ベッドのスプリングが軋む。
「どれどれ。温泉宿なら……まずは空室があるか確認したらどうだろう。予約が取れないのなら、必然的に選択肢から外れるだろう」
そう言って山鳥毛は私の横から画面を覗き込み、すいすいと慣れた手つきで操作していく。
駅から近く設備も良さそうな宿は、さすがに直近の予約では埋まっていた。
ならば日帰りできる所に絞って探せばいい話なのだが。
少し古めかしくてしっぽりとした温泉宿の写真ばかり見ていたら、どうしても一泊したい方へ気持ちが傾いてしまう。
「どっか駅チカでお手頃で、雰囲気のいいとこは無いかな?」
「さてな。条件を増やせば増やすほど、選択肢は減るだろう」
「うーん……でも、せっかくなら雰囲気も大事だし……」
そう言いながら、また別の宿のページを開く。
古い木造の建物。窓の向こうに広がる山の景色と夜になれば灯籠の明かりだけがぼんやりと庭を照らす露天風呂。
「……ここ、いいなぁ」
「そうか」
「ねえ、ここどう? ちょっと予算オーバーだけど……」
「明日からの休みに行くのなら、検討してもいいだろう」
「うん。明日から――」
そこで山鳥毛がふと黙った。その神妙な面持ちに思わず緊張して身動ぎさえできなくなる。
「…………小鳥」
「な、なに?」
「君は明日、仕事ではなかったか?」
「…………」
指が止まった。
画面には情緒たっぷりの温泉宿。その左上で時刻はもう日付が変わっている。明日、改め今日は月曜日。私の連休は火曜日からだ。
「気付いたか」
「嘘でしょ……仕事だなんて……!」
「そうだな」
「もうすっかり旅行気分だったのに!」
私は悔しい気持ちを引摺り項垂れる。うきうきと軽かった気持ちは、自分が忘れていたせいではあるがどんより重くなってしまった。
「……寝なきゃ」
「そうしなさい」
「温泉……」
「休みになってから探せばいい」
「明日から休みのつもりだったのに……」
「それは君の心が先に休みに入っただけだろう」
「うぅ……」
あまりにも正論だった。
しょんぼりと布団へ潜り込むと、山鳥毛が小さく笑う気配がする。
「ほら、小鳥。端末をこちらへ」
「……あとちょっとだけ」
「駄目だ」
「この宿だけ……」
「駄目だ」
「口コミだけ……」
「駄目だ」
「……ちょも、厳しい」
「君が明日の朝、眠いと言わないのなら好きにするといい」
「…………」
悔しいがこれ以上粘っては徹夜してしまう予感しかないので、素直にスマートフォンを渡す。山鳥毛はそれを枕元に置くと、布団の中へ入ってきて背中から包み込むように腕を回す。
「おやすみ、小鳥」
「……おやすみ」
「良い夢を」
「温泉の夢見る……」
「それもいいだろう」
耳元で低く笑う声に、私は少しだけ頬を緩めた。
明日が仕事なのは仕方がない。温泉旅行は帰ってからまた悩むとしよう。それより今は、山鳥毛の腕の中が思いのほか暖かくて気持ちがいいから、仕事のことも、さっきまであんなに熱心に探していた温泉のことも、少しずつ身を包む眠気に溶けて消えていく。