夢小説ごっこしようぜ!

サバナクロー寮の中でも一際薄暗く、人通りのほとんどない森の中。
そこにサバナクローの寮服に身を包んだ複数の生徒から取り囲むように顔を俯かせているのはオンボロ寮の監督生であった。
いつもそばにいるはずの相方の姿はなく、1人立ち尽くしていた。

「お前、魔力も無いくせに生意気なんだよ!」

「きゃっ、何するんですか!」

1人の生徒が声を荒げ、監督生の肩を強く押した。
その反動で監督生は地面に崩れ落ちたが周囲は気にする様子も無く静かに見下ろしている。

「寮長やラギーに媚び売って…」

その言葉に今まで俯かせていた顔を上げ、監督生は急に声の主をキッと睨みつけた。
言った本人は監督生の行動が予想外だったのか意外そうな顔で監督生を見据える。

「な、なんだよ…」

少し声を震わせながら監督生に問いかけるが返事は返ってこない。
ただひたすら睨みつけるだけの監督生に囲んでいる生徒達は一歩後ずさった。
監督生はなにも言葉を発さず、静かに自らを取り囲む人々を見つめていた。
生徒達も怯んでいる訳にはいかないと思ったのか、先ほどよりもより強気な顔で監督生を見下ろす。

「お前は少し痛い目に合わないと分からないようだな」

1人がそう言うなり、監督生のネクタイを引っ張り無理やり立たせた。
監督生は苦しそうに顔を歪め、涙の滲むその黒い瞳で恐怖を必死で隠しながら虚勢を張り続ける。

「学校でこんなことをして許されると思っているんですか?」

「ここはサバナクロー寮の奥深くにある森。こんなところ誰も通りはしないさ」

「要はバレなきゃ良いってことだよ」

下品な笑いを浮かべる周囲に、監督生は初めて怯えた表情を出した。
ネクタイを掴む手を剥がそうとするささやかな抵抗もそこで止まった。

「そうそう、そうやって大人しくしてればすーぐ終わらせてやるよ」

マジカルペンを振り上げられ、その先のことを想像し目をぎゅっと閉じた時だった。



「こんなところで何してるんスか?」

「ら、ラギー!それにレオナ寮長まで!」

沈黙を破ったのは突如その場に現れたラギーとレオナであった。

「楽しそうスね。俺らも混ぜてくれないッスか?ねぇ、レオナさん」

「あぁ」

意地悪そうな笑みを浮かべるラギーに対し、レオナは興味なさげにあくびをしていた。

「いや、あの…その…」

突然の寮長の登場に寮生達は目に見えて狼狽えていた。
監督生は状況についていけず、ただ目を丸くするばかり。

「いや、違うんですよレオナさん!」

「あぁ」

「ちょっと話をしていただけで…」

「あぁ」

「俺ら仲良しだよな、なあ監督生?」

「あぁ」

「レオナさん…?」

「あぁ」

この時点でここにいる全員が気付いていた。

(あ、これレオナさん話全然聞いてないわ)

寮長のあまりにも適当すぎる相槌にその場の全員が黙り込んだ。
そんな雰囲気を打破したのは、レオナとラギーが登場してから一言も声を発していなかった監督生であった。

「カット、カット!!!!!!
ちょっとーーーーーー!レオナさん!!!舐めてんですか!?」

「あぁ?うるせぇ…」

「うるさいじゃありません!!!もっとやる気出せよ!!!」

取り囲んでいた人を押し除け、レオナの前に躍り出た監督生は腰に手を当て大声で説教をし始めた。

「こういう場面では颯爽と現れて、スマートに庇うのが鉄則なんですよ!
俺の草食動物に、誰に許可とって手を出しているんだ?って感じで!
最高にヒーローって感じじゃないですか!?
間違ってもあくびなんかするんじゃありません!」

キャンキャンと喚く監督生なんぞ視界にも入っていないという態度でレオナはそっぽを向いている。
ラギーはその様子をニヤニヤと見て、寮生達は困ったようにオロオロと互いの顔を見合っていた。

どうしてこのようなことになっているかというと、話は2時間前に遡る…。



***

「おじたーん!夢小説ごっこしようぜ!!」

バーンという派手な音を立てながら扉を開けたのはオンボロ寮の監督生。
いつものようにベッドでゴロゴロしているレオナ。
横でそのレオナが散らかした洗濯物を片付けるラギー。
全く違う行動をとっていた2人だが、この瞬間思いが1つになった。

(めんどくさい)

他の人がいたらあからさまに顔に出している2人に監督生を止めるだろう。
だが彼女は今日は運の悪いことに1人。
いつも隣にいるはずの相棒は今日に限って不在であった。

「おい、あいつはどうした?」

「グリムですか?エースとデュースと補習です!居眠りしてたので」

目をキラキラさせながらベッドによじ登ってくる監督生にレオナはギョッとする。
助けを求めるように視線を彷徨わせるが、先程までいたラギーの姿はそこには既になかった。
逃げたラギーに苛立ちつつも、どんどんと近寄ってくる監督生にレオナは慌てて意識を向ける。

「テメェ、ベッドに乗るなって何度言ったらわかるんだ!」

「え?いいじゃないですかー。レオナさんのベット広いし、私の1人や2人くらい余裕でしょ」

「そういうことじゃねぇ」

静止もきかず、横に無防備に寝っ転がる監督生にレオナは諦めを含んだ大きなため息をついた。
監督生がこういうことをするのはいつものことである。
その度にレオナは他の生徒にもこういうことをしているのではないか?と密かに不安になっているのはここだけの話。
監督生は監督生で、横に寝っ転がって安心するのはレオナさんだけ。
グリムと一緒に寝たときと違う感じなのなんでだろう?ベッドの差?
…と思っている。

何を隠そうこの2人、実は両思いである。
お互いがお互いの思いに気付いていないだけでなく、自分の思いにすら気付いていないという酷さであるが。

2人を他所に周囲は気付いているため、今回のラギーのように気を遣って2人きりにしている。
…決して、巻き込まれたくないと思っている訳ではない。

普通は無自覚とは言え、両思いの2人が揃ったら甘い空気になってもおかしくはないというもの。
ましてや今2人はベットの上。
しかしそうならないのがレオナと監督生であった。

「ねぇねぇ、レオナさん。夢小説ごっこしようよー。
楽しいよー。胸キュンだよー」

「なんだそれは…ってやめろ。少し大人しくしてろ」

「わぁしっぽ!」

ベッドの上をゴロゴロと動きながら体当たりをしてくる監督生を止めるべく、レオナは自分の尻尾を監督生にやった。
監督生は獣人の尻尾がお気に入りで、尻尾を触っている間だけは笑顔を浮かべながら大人しくなるのである。
この間もジャックの尻尾に顔を埋めながら「もふもふ〜」と可愛らしい笑顔で触っていたことをふと思い出す。
あの時の監督生は今まで見せたことないくらい幸せそうだったな…。
その光景を思い出すとやけにイライラする。
同時に感じる胸の痛みの正体がわからず、余計に苛立たせる。

「痛い!痛いです!」

ハッと意識を戻す。
どうやら無意識のうちに監督生の身体に尻尾を巻きつけていたようだった。
慌てて尻尾を解く。

「なんですか突然…」

レオナの行動に驚いた監督生は様子を伺うようにじっと顔を見つめる。
真っ直ぐな視線にどこか気恥ずかしくなったレオナは咄嗟に視線を逸らした。
不思議そうに監督生は首を傾げたが「まいっか」と特に気にせず、体を起こしてベッドの上で胡座をかいた。

「お前、スカートっ!」

「そんなことはどうでもいいんです。それよりも遊びましょレオナさん!」

スカートの中が見えそうなギリギリのライン。
レオナは慌てて近くにあった毛布を監督生の足にかけたが、当の本人はお構いなし。
自分が男子校の中の唯一の女子生徒であることをもっと自覚してほしい…。
頭を抱えそうになるが言っても聞かないことはこの短い付き合いの中で十分に理解しているつもりだった。
諦めて、先ほどから繰り返し言っている夢小説ごっこの詳細とやらを聞いてやろうと仕方なく身体を監督生の方へと向ける。

「なんださっきから言ってる、その」

「夢小説ごっこですか?やっと興味持ってくれました?
私レオナさんみたいな顔がよくて、我が道を行く人見たらやらなきゃいけないってずっと思ってたんですよ!」

その言葉を皮切りに、熱い思いを語り始めた監督生。
今まで見たことのないほど生き生きとした表情に、話している内容はほとんど理解できなかったが彼女が楽しめるのであればたまには付き合ってやるのも悪くない。

「…ってことなんです。私これやりたいんです!お願いします!」

無自覚とは言え好きな人に上目遣いでお願いされて断ることができるだろうか。

「仕方ねぇな」

「やったー!ありがとうございます!レオナさん大好き!」

大好き。
その言葉に思わず笑みが溢れそうになるが、必死で堪える。
先程まで感じていた胸の痛みはどこへやら。
完全に上機嫌になったレオナはその「夢小説ごっこ」とやらをやるために、ラギーを呼び寄せた。

しかし2時間後、その気まぐれを後悔し始めていた。


***



監督生が用意した台本の内容に納得がいかず、レオナの機嫌は悪くなる一方だった。

(どうしてこいつが他の奴らに絡まれてるとこを見てなきゃならねぇんだよ…クソッ)

話の流れは単純。
虐められている監督生をレオナが颯爽と助ける。
ただそれだけなのだが、どこかモヤモヤして仕方がなかった。

他の寮生が監督生に触れることも、何か言うことも許せない。
けれども理由はわからずただ自分の感情に苛立ち、戸惑っていた。
ラギーは気付いているのかニヤニヤしながら2人の様子を伺い、他の寮生は不機嫌なレオナに今にも逃げ出したいと震えていた。

そんな三者三様の思いに鈍感な監督生は気がつくことなく、大真面目にレオナに演技指導をしていた。

「…周囲がいなくなったところでレオナさんが私を心配するんですよ。
でも私は心配させまいと虚勢を張って、大丈夫って答えるんです。
そしたらレオナさんは意地悪そうに笑って…壁ドンとかしてもいいかも…。
あ、そうだ!私レオナさんに、おもしれぇ女って言って欲しかったんだ!
すっかり忘れてた…俺様系のテンプレ夢小説鉄板の台詞なのに!
私としたことが…」

1人ぶつぶつと呟く監督生に、痺れを切らしたレオナは周囲の人々を退けて近づいていく。

「おい、どけ」

「はいっ!」

触らぬ神に祟りなし。
寮生達とラギーは一気に距離を取った。
ズカズカと近くレオナに自分の世界に完全に入り込んだ監督生は全く気がつかない。

「おい」

「へ?あ、レオナさん…って何?」

隣に来るないなや、監督生の腕を掴み立たせ上げたレオナは背後にあった木に手をついた。
木とレオナの間には監督生。
望んでいた通り、壁ドンの完成である。
じっと監督生を見つめられ、沈黙が生まれる。
耐えきれなくなった監督生が何か言おうと口を開きかけた時だった。
ついていた方の腕を曲げ、距離を詰めてくる。
脚の間にレオナの脚を差し込まれ、口元は耳の直ぐ横。
息遣いを感じるほどの距離に思わず監督生は顔を赤くする。
その様子に満足したレオナは耳に軽く息を吹きかけてきた。

「お前に触れていいのは俺だけだ」

「は、はい…」

低く甘い声に腰が砕けそうになるが、間にあるレオナの脚が支えとなることで地面にぶつかることはなかった。

「言って欲しい台詞があるって言ったな…」

「え?」

少し顔が離され、ほっとした監督生は恥ずかしさで俯かせていた顔を上げる。
そこには色気を含んだ笑みを浮かべる、捕食者の瞳をしたライオンが目の前にいた。

「おもしれぇ女」

「なっ、ひっ…」

突然言われたかった台詞を言われ驚いたのも束の間。
耳を噛まれ、監督生はさらに顔を赤くさせる。
心臓はドクドクと音を立てており、初めての感覚に困惑していた。

「もういいだろ。帰るぞ」

「はい…」

腕を引っ掴み、監督生を引き摺るようにして連れていく。
監督生は耳まで真っ赤にし、地面を見ながら黙って手を引かれている。
レオナはことの成り行きを見守っていた寮生やラギーに目をくれることなく、そのまま自室へと監督生を伴って帰っていった。


残された人々は黙ってお互いの顔を見合わせた。

「あれでお互い自覚してないってのが、さすがあの2人って感じっスね」

「そうですね」

「俺達は一体何を見せつけられたんでしょう…」

「考えるだけ無駄っスよ」