「この先です!あの方が1人で戦ってらっしゃいます!
勢いが強すぎて私達はとてもじゃないけど近づけません!」
「チッ!」
大きな舌打ちをし、不死川は森の奥で行われている戦いに足を踏み入れる。
1人の隊員がまたしても暴走した、と応援依頼が来たのが数刻前。
(またアイツは見境もなく暴れやがって…)
目的を探しながら、またしても舌打ちをする。
不死川がその隊員を押さえつけにやってくるのは1度や2度ではない。
柱以外に暴走状態のその隊員を止められないのだ。
気配を辿り、対象を黙視する。
(これはもう終わってんなァ)
周囲に散らばる、鬼だったと思わしきものの肉片。
返り血で身を真っ赤に染めた小さな背中が、静かに地面に落ちた首を見つめていた。
「おい」
一言、不死川が声かける。
赤い海の中心にいる彼女は鬼から目を離さない。
「また派手にやったなァ」
少女は鬼を見る影もなく刻む悪癖がある。
首だけは残しその消滅していく様を見届けるが、身体に関しては跡形もなく刻む。
そのせいで彼女の身体は終わるといつも真っ赤に汚れている。
「消滅。任務完了。
お疲れ様です、風柱様」
サラサラと鬼が完全に塵なったのを見届け、やっと少女は不死川へと視線を向けた。
その黒い、光を宿していない瞳は、先程の戦いなどまるで無かったかのように凪いでいた。
「いい加減その1人で突っ走る癖やめろって言ってんだろうがよォ。
毎回毎回呼び出される俺の身にもなれ」
「申し訳ございません。以後気を付けます」
慇懃無礼な態度に反し、言葉には何の気持ちも籠っていない。
少女は毎回こうなのだ。
改善しようとする気は全くない。
暴走し続ける。まるで死に急いでいるかのように。
「…帰るぞ。ついてこい」
「承知致しました」
自分を全く見ようとしない少女に苛立ちが募る。
少女は何も映さない。
命令にも一切逆らわない。
自分の意志を全く口にしない。
あるのは鬼への殺意、ただ一つだけ。
(不死川さん!女性にそんな言い方したらダメですよ!)
不意に過去がちらつく。
周囲を照らす、陽の光のような顔で笑う優しい少女。
(アイツはもういねェ…コイツとは別人だ…)
頭を振り、幻想を追い払う。
そして振り切るように勢いよく走りだした。
後処理を全て終え、不死川は自宅へと戻ってきていた。
傍らには、変わらず少女が控えていた。
鬼の血塗れにも関わらず、表情1つ変えない彼女は律義に"ついてこい"という命令を遂行している。
「その汚れた身体なんとかしてこい」
「承知致しました」
彼女は慣れたように不死川邸の風呂場へと向かう。
鬼狩りの後、必ずと言っていいほど血塗れになる彼女を、不死川は自宅へと連れ帰りこうやって風呂に入れてやることが多かった。
でないと、自身に無頓着な彼女は「どうせ汚れますので」とかなんとか言ってそのまま次の任務へと向かおうとする始末。
自分を大切にしてほしい。
彼女に対しては皆同じ思いを持っている。
しかし彼女はお礼を言うのみ。
何も響いていないのだ。
(クッソ…)
頭をガシガシとかきむしりながら、彼女に食べさせる食事を用意すべく台所へと向かっていった。
「食え」
「風柱様のお心遣い痛み入ります」
広い屋敷で2人、膝を突き合わせて座る。
目の前に置かれた食事に、少女は丁寧に頭を下げて口をつけ始めた。
不死川は自分の分には手を付けず、じっと少女を見つめる。
(不死川さんは顔に見合わずお料理上手ですよね!
うるせェ。
そんな照れなくてもいいですよ!)
またしても過去のやり取りが思い起こされる。
感想を述べながら、美味しそうに頬張る彼女はもう存在しない。
いるのは無表情で義務的に口に運ぶだけの彼女。
あの日から変わってしまった。
彼女の全てが奪われたあの日から。
「そういえばまた断ったらしいじゃねえかァ」
ふと、先日顔を合わせた彼女の兄弟子から伝えたられたことを口にする。
「私は柱になる資格などございません」
静かに言い切る様子に、不死川はさらに怒りを募らせる。
彼女の自己評価が低い所が、彼の苦手としているその兄弟子と姿が重なる。
「柱舐めてんのかァ…」
「舐めてなどいません。
皆様方の足元にも及んでいない。そう判断したのでお断りしたまでです」
(私、柱になってみんなを守りたいんです!
そのために頑張ります。不死川さんより強くなって見せますからね!)
あの明るく、理想を掲げていた頃からは想像もつかない言い草に遣る瀬無い気持ちになる。
元々、鬼に対して人一倍強い憎しみを抱えている不死川であるが、彼女の様子を見るたびに憎しみが際限なく膨れ上がっていく。
(返せよ…コイツの笑顔を、明るさをよォ…)
少女は能面の様な表情のまま黙々と箸を進める。
彼女から言葉を発することはない。
「お前は本当にそれでいいのかよ」
ぽつり、どこか悲しさをはらんだ不死川の声が部屋に響く。
「どういった意味でしょうか」
彼女は冷静だ。
箸を一度置き、じっとまっすぐ不死川を見つめる。
「無理して戦って、自分を殺して生きていくのかって聞いてんだ」
「無理していません。
これが今の私です。
1体でも多くの鬼を殲滅する。それが私の生きる意義、罪滅ぼしです。」
少女は人に頼る、甘えるということを苦手する子供だった。
悲しくも以前からこの点だけは変わっていない。
今もまた、差し出された手を払いのけようとしている。
それが不死川には歯痒くてたまらなかった。
「無茶な戦いばっかしやがって。テメェは早く死にてェのかよ」
「その言葉、そのままお返し致します」
「チッ」
図星を突かれ、何も言い返せずに舌打ちをする。
毎回こうやって話が終わり、変化のないまま何年も経過してしまっていた。
誰が何を言っても少女の固まった心はほぐせない。
失ってしまったものを取り戻せない。
「ごちそうさまでした」
見ると彼女の皿は綺麗になっていた。
少女は1人だと食事もほとんど摂らない。
会う度に痩せ細っていく小さな身体、それを見ることに耐えれなくなった不死川はこうやって面倒をみるようになっていった。
人に出されたものはしっかりと残さず食べる。
今日も完食された膳に、自分でも気が付かないうちに安堵する。
しかしほっとしたのもつかの間。
少女の身体は傾いていった。
「おっと、危ねェ。
まったくテメェってやつはよォ」
畳と接触する直前で、不死川が抱き留める。
風呂に入り、食事を摂ると、疲れからか気絶するように寝入ってしまうのが恒例行事と化していた。
腕の中で寝息を立てる少女に複雑な思いを持ちながらも、布団に寝かせるために抱き上げる。
あらかじめ用意してあった隣の部屋に、起こさないようそっと横たえる。
その表情は普段の様子からは想像もできないほど穏やかであったが、言及する者はいない。
暫しの間、傍らで見守る。
小さい身体で様々なものを背負い込んだ彼女が、悪夢にうなされて碌に眠れていないことを彼は知っていた。
少女の様子が落ち着いていることを確認し、片付けのために部屋に戻ろうと一度廊下へと出る。
「ここに来るなと言ってるだろうがよォ」
少女を起こさないよう、静かだがしっかりと怒りを込めた声で足元にいる彼女の鎹鴉に話しかける。
鴉は自分に向けられた殺意に近い感情に、恐怖で震えている。
「モ、申シ訳ゴザイマセン風柱様…。
シカシ、任務ガ…」
「アイツにまだ任務に行かせるつもりか、ア"ァ!?」
「ヒィッ!」
少女の鎹鴉は少女のことを嫌っており、普段当たりが強いことを不死川は知っていた。
彼女が無理に鬼を狩り続ける責任がの一端はこの鎹鴉にあると考えている彼は、自宅に鴉がやってくることを禁止している。
それが今日はやってきたということは、恐らくお館様直々に下された任務なのであろう。
察することが出来ないほど馬鹿ではない。
不死川は少女を起こすため、部屋へと戻る。
ついでに足元で震える鴉の首根っこを掴み、部屋へと放り投げた。
「おい、起きろ」
肩を軽く叩き、ぐっすり寝入っている彼女を起こす。
「ん、不死川さん…?」
寝ぼけている彼女はどこからどうみても過去のその人で、一瞬息が止まる。
しかしそれもつかの間。
ハッと目を覚ました少女は、その大きな瞳を丸くし俊敏に起き上がった。
「寝てしまい申し訳ありません」
先程は幻想だったのか、と思うほどの変わりよう。
不死川は眉間の皺を深くし、不機嫌そうに顎で床に這いつくばっている鎹鴉を指した。
鴉はやっとの思いで体勢を立て直し、不死川の顔色を窺いながら任務内容を伝え始める。
「オ館様カラノ任務ダ…デス。
柱トノ合同任務。今スグ那田蜘蛛山ヘト向カエ」
「おい、柱って誰との任務だァ?」
「ヒィッ!」
誰よりも早く反応を示したのは、不死川だった。
鎹鴉は震えながらも必死で言葉を紡ぐ。
「蟲柱様ト水柱様デゴザイマス…」
(よりによってアイツかよ)
水柱の名が出た途端、不死川の顔がその凶悪さを増す。
そして同時に様々な感情が湧き出てくる。
「風柱様、お世話になりました」
自分の感情を何とかやり過ごそうとしている間に少女は身支度を整え、日輪刀片手に立ち上がっていた。
「待て」
颯爽と出ていこうとする彼女を引き留めるため、咄嗟に腕を引く。
そして自分の腕の中に閉じ込めた。
「風柱様?」
(何やってんだ、俺はよォ…)
無意識にしてしまった行動に本人が一番困惑していた。
その中では言葉にならない感情が渦巻いていた。
無茶ばかりしてほしくない、兄弟子であるアイツとの合同任務が気に食わない、なぜ俺との任務じゃない。
(鬼と戦ってほしくない)
出そうになった言葉を寸前で飲み込む。
この言葉は少女にとっては残酷だ。
言葉で伝えられない代わりに、その腕に力を込める。
少女は表情1つ変えず、されるがまま。
「死ぬな」
やっとの思いで吐き出されたその一言。
今、不死川が伝えられる最低限の言葉であった。
「死にませんよ。
まだ、死ねません」
(死にませんよ!不死川さん置いて死ねないですからね!)
困ったように眉を下げて笑う過去の彼女が語り掛ける。
彼女はまだ死んでいない。間違いなく自分の腕の中にいる。
存在を実感するように、腕に力を込める。
少女はその腕にそっと触れた。
「もう、行きます」
その一言に、不死川は黙って腕を解いた。
少女はちらりと様子を窺うと、ぺこりと頭を下げ、任務へと向かっていった。
不死川はもう引き留めることはなく、その小さくなる背中を見えなくなるまで見つめていた。