千夜一夜の記憶

飽くことなく天体望遠鏡を弄り倒す男は、日付が変わる寸前にふと目を瞑った。それは男がよく口にする非合理的な時間であったが、この時ばかりはスイッチが切れてしまうのだ。
柔らかな真綿のような優しさを享受していた頃の残渣だった。


「千空くん、お誕生日おめでとう。」

「おう、…ありがとう。」

始まりは、そうだ。ちょっと気恥ずかしかった。
毎年、年始から1週間ほどウチに泊まりにくる白夜の親戚がいた。俺より10個上のあの人は俺の誕生日を聞いていたのか、初めて会ったその日からずっと何かしら荷物を持ってやってくる。
白夜が俺の事をよく話しているらしく、貰うもの全部興味を唆るものばかりで、正直なところ毎年楽しみにしていた。

科学についても知見が深く、聞けば何でも返って来たし、白夜が揃えてくれた器具だけじゃ手の届かねぇ実験は、全部あの人が器具やら何やら揃えてくれた。今思えば、初めて会った時あの人はまだ高校生だったのに、よくあれだけ物を集められたな…
バイト代で似たようなもの買ったから、お下がりだけどとは言っていたが、高校生がバイトで実験器具買うなんざ、あの人も相当な科学好きだったな。
そういや、神奈川にある研究所に就職したとか白夜が言っていた。あの人がくる1週間は毎日の様に科学の話ばっかしていたから、あの人のこと、殆どは白夜から聞いたことばかりだ。

あの人は何でも聞いてくれるし、理解して、提案して、考察を互いにぶつけ合える、おありがてぇ存在だった。Dr.Xよりも前から俺を対等に見てくれた人。だからか、科学の話をするのが楽しくてたまらなかった。お互いの実験の話をして、ロケットに全く関係なさそうなところから新しい着想を得たことも数知れない。

けど、答えてくれない時もある。
あの人から誕生日に貰った器具を寝る間も惜しんでいじり倒していると、日付が変わる寸前にあの人が言うのだ。

「もう、おやすみの時間よ。」

最初はもうちょっとと駄々を捏ねたが、懇々と睡眠の重要性やら作業効率低下の実例やらを説明され、諦めて布団に潜り込むのだ。毎回内容が違って面白ぇから、話をせがむと続きはまた明日と言って布団の中に押し込まれる。

そして柔らかな声が秒数を数えるんだ。


1、2、3…


この日、この時間、目を閉じれば聞こえてくる。

もう、おやすみの時間よ。

年に1度だけ、あの人の声を思い出す。
…知識の記憶とエピソードの記憶は保存場所がちげぇ。忘れるつもりはねぇが、いつまで覚えていられるかはわからねぇ。

ったく、大樹のこと笑えねぇな。
どんだけ非合理だ、俺は…
あの人の、声が聞きたい。

…そろそろ、寝るか。

もしかしたら明日も子供らがこの天文台に来て、望遠鏡を見たがるかもしれないから少し調整し直そう。

空に向けていた望遠鏡を地表に向け、倍率を落とす。
その時、千空は呼吸を忘れた。まさか、そんな事があるか?らしくもなく震える手で倍率を少しずつ戻していく。

「ククッ、こんな奇跡あるかよ。とんでもねぇプレゼントだな、これは。」

レンズの先には、見間違える訳もねぇ。
あの人の石像が、そこにはあった。

なあ、アンタならこの世界をどう思う?

俺は…




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