神様、どうか生きて
いつか、こうなるんじゃないかって思ってました。
心のどこかで、そう思っていました。
だって、ヒーローってそういうものでしょう。
泣きながら謝ってきた幼馴染に、血の気が引いていくような感覚と、どこかでやっぱり…と納得してしまった自分がいた。
教えてくれた場所に行けば、静まり返る空間に彼はいた。掌の上でチリチリと燻るような音さえ聞こえない。目を閉じている彼からは、あの苛烈で己を高めるように強気な声も聞こえない。そこには、普段は気にしないような呼吸音だけが充満していた。
それに安堵すれば良いのか、喉奥に詰まったような苦しみを吐き出せば良いのか、わからない。
わかっていたけれど、何もわかりたくなかった。
1週間。あの空間に通い始めて、7日目。飛ぶように時間は過ぎるのに、人が眠り続けるには長い期間だった。今日も、私はその部屋の彼が眠るベッドの横で、椅子に腰掛ける。はくりと何を言うでもなく口を開いては閉じて、時折自分の呼吸を止めて、彼の音に耳を澄ませる。
寝ていてもこちらの音が聞こえているかもしれないから、話かけてあげてと何人かが言っていた。それでも、私はこの部屋で今日まで一言も言葉を発した事がない。彼の友人が痛々しく賑やかしていた時も、彼の母親が目元を腫らしていつまで寝てるんだと叱りつけた時も、私はただ黙って耳を澄ませていた。
言いたいことがなかったわけじゃない。けれど吐き出したい言葉が多すぎて、喉で詰まってしまったようだった。
とある凶悪な敵を捕まえる為、何人ものヒーローが動いていたという。
幼馴染達も対応にあたっていたらしい。追い詰められた敵が、ヒーローや一般市民達を巻き添えに自爆行動をとった時、彼が咄嗟に前に出て庇ったと聞いた。それ以上詳しい事は、1番近くにいたという幼馴染に聞こうにも、いつも泣き出してしまい、しっかりと聞くのは諦めた。ヒーローになっても、緑谷出久の泣き虫は治っていなかった。泣いて、泣いて、涙を出し尽くさんばかりに泣いたその後、最後には必ず謝るのだ。
僕が、かっちゃんを助けられていたら…
なんて言って、私に謝る。彼……爆豪勝己の友人達もそう。私に謝って、また来るって勝己に声をかけて帰って行く。
どうして、私に謝るんだろう。
本気でわからないと言えるほど、私は子供ではないし、察しが悪いというわけでもないと思う。ただ、わかりたくないと喚きたくなるくらいには、未熟なままだった。謝られる度に、私だけ世界から弾き飛ばされたような気分になる。
…実際、間違っちゃいないのだろう。私は彼らと違って、ヒーローではないのだから。
ああ、でも苦しくてもやっぱり、その道を選ばなかった後悔はしていない。
「お前、ヒーローには向いてねぇよ。」
幼い頃、夢の皮を被った愚かな思い込みを打ち砕いたのが彼だった。周りの子供達と同じように、ヒーローに憧れていた。憧れているフリをしているだけだと気が付いたのは、私よりも勝己の方が先だった。きっと、私よりも私の事を見てくれていた。
「俺が守ってやるから、ずっと後ろにいろ。離れんな。」
守られるだけが痛いって事、勝己はきっと知らないでしょう。でもそれ以上に嬉しいって事も…
ヒーローの夢を叶えた貴方は、私ばかり守ってはいられない。私もそんな事は望んでない。ただ…
「勝己、生きて。邪魔にならない限り側にいるし、邪魔になったら消えるから、ねぇ、生きていて。」
どうか、自分を守ることをやめないで。
「離れんな、つったろ。」
瞬間、静寂が燃え上がった。
彼が、薄らと……そしてはっきりと目を開いていた。
「…離れそうだったのは、勝己でしょう。」
「ハッ、俺は死なねぇんだよ。」
「…わからないよ。」
「わかる。」
きっと勝己の傷を抉るような言葉だ。起き抜けの彼にかける言葉としてはあまりに酷だろう。
「最強だって、いつかは衰える。絶対なんてない。」
私は、彼が生きてくれる約束が欲しかった。絶対なんてないと言うその口で、絶対を望んでしまっていた。
「……忘れたんか?夢を守んのは俺だ。絶対曲げねぇよ。それに俺は、最強を超える男だ。」
守って欲しいわけじゃない。けど守られるのが、嫌とは思えない。どうしようもなく嬉しいと思ってしまう情けなさが、苦しくなるけれど…
「忘れてない。」
忘れられるわけがない。
「なら、いい。」
ナースコールで看護師さんに勝己が目を覚ました事を伝えた後、暫しの静寂に耳を澄ませる。誰も口を開いていないのだから、この7日間と同じ音が聴こえる。その筈なのに、彼が目を開けているだけで、変わったような気がするのは、きっと気のせいなんかじゃない。
「ねえ、勝己。」
「んだよ。」
「おはよう。」
「…はよ。」
ねぇ神様、どうか生きて。
苛烈で鮮烈な爆発を、生きているってその音を、熱を、光を私はもっと、感じていたい。