「アックス」
「あ?」
「鳥。飛んでるよ」
「……… 逃がすのか?」
「まさか。だって、飛ぶ鳥は……

落とす物だろう?」

そうにっこり笑ったウィングは、空に向かって銃を放った。派手な音を立てて、『鳥』が空から落ちてくる。そのまま、がしゃんと墜落した。ウィングはそんなものに興味が無いように踵を返した。

「た、、、も、、い…… 」

『鳥』はそんなことを言っていた気がしたが、ウィングは無視した。アックスはと言えば、既にその場から立ち去っていた。悲鳴と、爆炎と、循環油と、そして…… 目の覚めるような白い機体が幾つもの影を落としていく。ウィングは、目の前の惨状に向けて言う。

「何かを残して去っていくようなやり方はふさわしくないからね」

それからどれ程の時間が経っただろうか。気がついた時,ウィングの目の前には、先程撃ち落とした『鳥』がいた。死んだだろうか、とウィングが見つめると、どうやらまだ死んでいない事に気がついた。

「何してる、ウィング。」
「おや、アックス」
「…… ? なんだこいつ、」

アックスが煩雑に、足で『鳥』を突く。その生体反応を確認して、舌打ちをした。

「ウィング、やるなら止めはきちんと刺せ」

アックスが『鳥』を踏み潰そうと、足を持ち上げた。そして、振り下ろすその直前に、ウィングが言う。

「待て、アックス。」
「あ?」
「アックスはこの子がほしい?」

そういわれたアックスが、持ち上げた足を地面につける。『鳥』を見下ろしていった。

「死んでねえならいらねえ」

その返答に、ウィングがにこりと笑った。『鳥』を抱きかかえると、怪訝そうな顔をしているアックスに向けて言う。

「よかった、アックスとは喧嘩したくないからね」
「… 気に入ったのか?」

アックスのその言葉に、ウィングは答えない。そんなウィングに、アックスが面白そうに笑いながら言う。

「お前が執着するなんてな」
「… そんな生易しいものだったらいいんだけど」
「はははっ、まあいい。後は俺がやっておくからもう帰れ。」
「よろしく、アックス。」

ウィングは抱きかかえる『鳥』を見て笑った。まるで喪失した何かを求めるような笑い方であったが、そんな事はどうだって良かった。この『鳥』は他のとは違うという理由の分からない確信があった。
即座に、通信回線を開き最優先で治療させるように言いつける。優しく『鳥』を撫でて、口付けた。その一連の流れをアックスが凄まじい形相で見つめる。

「何」
「他機に触ろうなんてめったにねえのに」
「…… 今まで興味なかったからね」
「ダイアトラス様が喜ぶかもだ」
「およしよ。あの方はどうせ、自分のコレクションでも愛でるだけだ。さて、アックス。あとはよろしく」

去り行くウィングの後姿を見て、アックスがにやと笑った。あの、ウィングが他機に興味を持ち、なおかつ愛でた。何より面白い事になるかもしれない。医者に個人回線を送る。

「今から治療する『鳥』とウィングの様を送れ。詳細にな、」

――――

迅速に治療室に運び込まれた『鳥』を見た医師は開口一番に説教を始めた。ある程度、文句は言われるとわかってはいたが、中々長ったらしい。しかし、信頼を置く我らが医師は文句を述べつつも手をとめることはせず、生命維持に必要な部分の治療はほぼ終わりかけていた。かしんかしんと、切断用の器具を打ち鳴らしながら医師がウィングに文句を続けていく。

「本当にまったくどこで拾ってきたの? あのね、ウィング。直すのたいへんなんだよ。」
「ちょっと仕留めてきたんだけど。頼むよ」
「うわあ、ウィングが頼んでる。いやだなあ、明日は剣が振りそう。で、だ。至って真面目なウィングはこの子をどうしたいの。手元においておきたいの?またばらばらにしたり打ち落としたりするなら直さなくていいと思うの」
「…… そうはしないよ。ああ、一つだけいいかな?この子を飛行型から、四輪に変えてほしいんだ。」
「 なんで? ウィングの趣味は、飛行型で美しい子が好みなんだろう?それをわざわざ、四輪にするなんて…」

医者のわけがわからないとでも言いたげな口調に、ウィングは苦笑した。確かに、己は頼みごともしないし誰かに執着することもないが、先程から仲間内で囁かれている言葉は些か勝手が過ぎる。アックス辺りが何か触れ回っているのかもしれないが、それにしてもあんまりな台詞ばかりだ。 ウィングは、笑いながらたずねる。

「この話総て、アックスに実況してるのかい?」
「医者の守秘義務っていったんだけどねアックスの願いを聞かないわけにもいかないの」

後でアックスにはきちんと話をする必要があるな、と心に誓う。そして、なんでなんでと言い続ける医師に言った。

「四つ足。」
「ん?」
「ペットみたいでかわいいじゃないか」

ウィングは、横たわる『鳥』を撫でた。ああ、そういえばこの子はもう『鳥』ではなくなるなと考えなんとなく残念な気もするが、飛行型はこの子に似合わないと勝手に思う。この子の名前はなんだろうかと、疑問に思うが名乗りあげさせる前に撃ち落してしまったのでわからない。

「ウィングはペットがほしかったの…、それでわざわざ直させてるの…、酷い……」
「… 総てがそうとはいわないけど、この子は何は違う気がして」
「まあいいや…… 目が覚めたら、教えてあげる」

ウィングは笑いながら医務室を後にする。残された医師は、目の前のウィング曰く、『鳥』を眺めて思う。これは一体何者なのだろうかと。だがそれより、これを媒体にウィングにいつくしむ心が生まれたらいいなあと思った。何せ、ウィングは… 処罰ぎりぎりの綱をわたってばかりだ。ウィングは他者の考えや、意見を聞くことはない。彼にとって、何にも興味が無いと言うことはあってもなくても同じと言うことである。同情、悔恨、憤怒… 圧倒的な感情の欠落、故の残忍性。我らが長はそんな所が気に入ったと言っていたが、いかんせん乱暴が過ぎる。このまま良し悪しがわからないのだとしたらいずれはウィングを始末しなければならないかもしれない。どうしてもそれは避けたかった。なにかと皆ウィングを気に入っているのだ。器具を握りしめながら言った。

「情操教育も試そう」

−−−−−

真っ暗と言うのが正直な感想だった。他にも感想はいろいろあるのだが、一番強い感想はそれだった。

「大丈夫?」

頭上だろうか、で言われた言葉にうなずく。

「少々不便ですけれど、大丈夫。此処は?」
「病院だよ。担ぎ込まれたときは何があったんだろうと思ったの。ふむ、何があったか話してもらえる?」

何があったか。そういえば、焼け付くような痛みはもうない。恐らく助かったのだろうと、安堵した。

「有難うドクター。えっと、まず俺は… ドリフト。母なる星から逃げる途中に、…、おそらく襲われたんだと思う…」
「襲われた?」
「…… 多分白の騎士だ。…、噂でしか聞いたことなかった。だって彼らに襲われて生き延びた者はいないから。俺も実際に見るまでは信じてなかったし。でも… 恐らく。ごめんなさい、確証がないんだ」

ドリフトは肩を落とす。医師の横でおとなしく、ドリフトの話を聞いていたウィングがちらりと物言いたげに医師に目配せする。もちろん、ドリフトには『見えていない』。
もう少しまって、とウィングに声を出さずに告げると、ドリフトが視覚器に触れた。

「もう見えないの?」
「そんなに心配しないで。いずれ見えるようになる」
「…… これじゃ、ターモイルを探せない」
「…… ターモイル?」

我慢しきれなくなったらしいウィングが言うと、きょろりと辺りを見回す仕草をしてドリフトが首をひねる。医師が止めるのも気にしないで、ウィングが話を続けた。

「俺は、ウィング。君を拾…、、見つけてここまでつれてきた。」
「… じゃああなたが俺を見つけてくれたんだね。有難う。」

ドリフトが手を伸ばした。その手を、ウィングが握ると長く息を吐き出した。その意味がよくわからなくて怪訝な顔をしたウィングにドリフトがにこりと笑った。目が見えないくせにこの状況で普通笑えるだろうか。ウィングは目の前の機体に多少の恐怖を抱いた。だが、すぐに暗い顔をして言う。

「ターモイルは俺の艦の船長だったんだ。ターモイルに伝えようとして……、それで、… 」
「…… 襲ってきた相手の事はは覚えている?」
「…… 少しだけ。きれいな人達だと思ってそこから、あまり覚えていないんだけど」
「綺麗?」


ウィングは驚いて視覚器を明滅させるが、ドリフトには見えていない。その様子を面白そうに医師が眺めている。ウィングの表情を見ているだけで、これの価値はあるのではないだろうかとほくそ笑む。そんな医師の思惑など知らないドリフトは話を進めていく。


「綺麗な方だと見とれててそしたらいきなり目の前で体循環油が…、う、、だめ…、、、」
「だめ?なにが」
「お、思い出したら…、きもちわるい」

ドリフトがウィングの手を離して口許を抑える。ウィングが、疑問を浮かべているその後ろにいる医師があたふたとしだした。とにかくなにか本能的に危機を感じたウィングが身を引いて… ドリフトが吐瀉した。

「、、、げほ、ごめんなさい、…」

その時のウィングは酷く動揺していた。医師が笑ってしまう程度には。

「先生」

咎めるようにウィングが言うものの、震える肩を抑えられない。だがそんな医師もその後のウィングの行動に目を見はる。

「大丈夫? 」
「え、ええ、…、っなにし、!ぇ!!」

ウィングは、ドリフトの唇を指で拭い、そのまま抱き締めた。 ドリフトは驚いて固まり、医師はウィングの行動を不可解に見つめる。 それらすべてを無視して、ウィングは言う。

「あ、や、まって汚い!!!」
「気にしないよ、それより嫌なことを思い出させたね」

ウィングが慰めを繰り出すその光景に、医師ははたしてウィングだろうかと首をかしげた。ウィングが誰かを慰める事ができるのだなんて、聞いたことがない。勿論、みたことも。
そろりと、ウィングに個人回線を送る。

「(本当にウィングなの? )」

ウィングの視線が、医師に向き本当と唇を動かした事に、本当にウィングなのだと実感する。 驚きのままアックスにも連絡をいれる。

「(面白いから来て、なるたけ静かにね)」

アックスなら静かにこれないなあ、と思いつつも連絡をいれておく。
ふと、ウィングに目線を移すと汚れた毛布を床に蹴落として、ドリフトを抱き締めていた。 うーん、本当にウィングだろうか。ドリフトが、ぽろりぽろり静かに涙を流していく。その涙をウィングが拭ってあやす。
そして世辞にも静かとは言えない音を立てながら治療室の戸が開いた。

「『鳥』はなおったのか?」
「… アックス、私は静かにおいでって言ったんだよ」
「静かだろうが」

アックスは、右へ左へ視線を動かして、ウィングを見る。 腕の中のそれも同じく。
視覚器を凝らしたアックスが、ようやくことばを発した。

「……… 狂ったのかウィング」
「俺は確かだよアックス」
「治した方がいいウィング」

本当に心外な奴だとウィングが苦笑した。腕の中のそれ… ドリフトは突然の来訪者に固まったままだった。そんなこと気にせず、アックスが床の毛布を見てせせら笑う。

「汚ねえな、ゲロったのか」
「この子によくない思いをさせたみたいでね」
「よくない思い?早速食ったのか。手が早いな。」
「食べてないさ」

アックスが笑い、ウィングがくすりと笑って気がつく。腕の中のドリフトが震えている。それもそうだろう。何せ、アックスは静かではないし、言葉遣いもとても悪い。二、三言葉を交わしただけだが、ウィングはドリフトが戦争とは無縁の場所に居る存在であると気付いていた。いわゆる、お嬢様だ。いよいよ戦況が芳しくないと思って逃げたのだろうが…

「ほら、アックス、ダイアトラス様に帰還を告げに行ったの?早く行かないの?」
「ああ。ウィングの面白いところも見られたからな。今行く」
医師に追い立てられながらも機嫌良く笑って、治療室から出て行ったアックスを見送り腕の中のドリフトに声をかける。

「あれはアックス、粗暴だが悪人ではない」
「…… すごい人……ええと、ウィングさん、あの…… 助けてもらったのはとても感謝しているけれど、ええと… この後は…」
「… その目じゃどこにもいけないだろう?しばらくここに居るといい、なんていったっけ?」
「… ターモイル」
「そう、その人の生死がわかるまで」
「…… いいの?」

ちらりと、医師を仰ぎ見ればあきれたように個人回線を送ってきた。

『… ダイアトラス様に聞かないでそんなことしていいと思っているの? 第一、それの面倒は全部ウィングが見なくちゃいけないんだからそう簡単に−---』
『先生? それじゃなくて、ドリフトだよ』

医師の言葉をさえぎって答え、回線を無理やり切った。ぶちっと耳障りな音が立って切れた回線に、医師が憤慨したような視線をよこすが無視する。ドリフトを抱えて、立ち上がった。

「ダイアトラス様に挨拶をしに行こうかドリフト」
「え、う、ウィングさん、お、お、おろして、歩ける!」
「歩ける? 本当に?」
「本当!下ろして!」
「先生、後よろしくね」

医師に向けていい、ウィングが治療室を出る。周囲から向けられる好奇の目に、騒いでいたドリフトも徐々に静かになっていく。それでもドリフトは否定の言葉をつむぐ。

「……、おろし…」
「もう着いた」

腕の中のドリフトが、縮こまったのが分った。
鳳櫻月雨