ダイアトラスの顔つきはあまり良くない。 幾度か考え込んだのちにダイアトラスは静かに言った。
「こんな勝手が許されると?」
その問いかけに、 ウィングが答えようとしたが、 それよりも先にダイアトラスは言う。
「任を忘れたか」
「任は存じています」
「お前の任はなんだ」
「船を殲滅することです」
「覚えていたか。 てっきり、 記憶を失ったのかと。 ならば、 再び申す。 殺せ」
ダイアトラスの懸念はわかる。だが、 引き下がることはできない。
「懸念されることにはなりません。」
「我等の姿を見たのだろう?!」
「眼が見えないのだから、 先ほどのことはわかり」
「なんでもいい。 重要なのは、 あれが」
「あの子はあれではなく、 ドリフトですダイアトラス様!」
「お前が殺せないのなら私が殺す」
その瞬間にかちりと、 突き付けられた切っ先。 惑うことなく喉元を指す刃に、 ダイアトラスは笑った。
「正気まで無くしたか」
その笑いにウィングは答えない。しばしの睨み合いと緊迫が続いた。
「ウィング。 その刃は別の時にとっておけ」
緊迫の後にダイアトラスは静かに言った。
「振るう相手は別にいる」
「ダイアトラス様」
「護ってみろ。 この巣窟で護れるならば」
かちりと、 ウィングの背に納められた刃にようやく緊迫が減る。
「お前の先の諸行は問わぬ」
細められたウィングの視線にダイアトラスは苦笑する。
「お前がそこまで情を傾ける相手が気になっただけだ。 殺す気は毛頭なかった。 だが、 お前の行動ひとつでいつでも殺す。 忘れるな」
ようやくウィングが踵を返した。その背後で笑っているようなダイアトラスに、 食えないものだと排気する。
まるで弱味を握られたようであった。否、実際に弱味を握られたのだ。
外に出れば、 ドリフトは壁に背を預けて縮こまっていた。 戸が開いた音に、 顔をあげた。
「ドリフト」
呼び掛ければ、 ウィングの方を見る。
「ドリフト」
もう一度呼び掛け、 その肩に触れる。
「話はすんだ」
「怒ってるみたいだ」
「いつもそんな風だから気にすることはない。 」
「ウィングさん、 迷惑ならおいてくれとは頼まない」
その言葉をウィングは黙殺する。
「もう話はついた、 何も心配することはないよ」
「でも俺は、 うぎゃあ、 」
ばたりと倒れたドリフトのそばに急いでより、 ドリフトに言う。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫、」
あぶなっかしすぎると、ウィングは医師に連絡をつける。 その間に地べたにうずくまるドリフトを抱き上げ(無論、 下ろしてくれと騒いでいた。 )、 短く言う。
「今日から俺の部屋に住んで」
「、 、 …でも」
「行くところがないんだと言っていただろう。 お前はいいって言うけれど現実問題そういうわけにはいかない」
それでも断られたらいっそ縛り付けてしまうか。 等と、 ウィングが物騒きわまりない思考に至ったとき、 ドリフトが言った。
「なるべくはやくみつけて出ていくから、 その、 … よろしくおねがいします…。」
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その日の晩、 ドリフトが寝てからすぐウィングは再び医療室の中にいた。
「ねぇ、 先生」
ウィングはにこりとわらう。
「なんなの?」
問い掛けられた医師もその笑みに返す。
「ドリフトの視覚機能のことなのだけれど」
「どりふと? どりふと… ああ、 ウィングのペットちゃん? が、 どうしたの」
「あの子の視覚機能。 先生が弄ったんだろう?」
その問いに、 医師はふむと頷く。
「それがどうしたの」
「あぶなっかしすぎる。 治してくれ」
医師はふむとまた頷き、 うーんと少し考える素振りを見せて
「無理」
即座に医師の目の前に突き付けられたのは、 鈍く煌めく切っ先。 相変わらず、 抜刀は類を見ない速さで行うなあ、 等とその腕前に感心する。
「俺がこんなに頭を下げてたのんでいるのに?」
その言葉に、 医師は排気する。
「今のウィングはものすごいふんぞりかえってるよ」
たたみかけるように続ける。
「第一お願いするときは、 刀抜いて脅したりしないの」
どけて、 と指を動かすとウィングは実に渋々と刀を背に戻す。
なんだか背負われた刀が不憫だとさえ、 思う。
「戻してあげたいのも山々だけど無理。 だってあの子、 ウィングの事見たんだよ?」
「それが?」
「お馬鹿さん。 つまり、 ウィングが自分達を襲った相手だって知ってるってこと。 そんな子が、 ウィングの姿見て、 正気でいられる? ダイアトラス様も我等の姿を見たのかって言っていたでしょ? 」
「懸念するようなことにはならないよ」
「どうして、 そういいきれるの? ダイアトラス様がどうして星外に逃げる者達を殺しているのかは知っているでしょ? 」
ふう、 と医師は排気を吐く。 まったく、 面倒くさいとウィングも排気した。
「ダイアトラス様がウィングを大事にしているのはわからないの? 」
「説教は聞きたくないな」
「ウィング」
たしなめるように言われるも、 既にウィングにはどうでもいい事であった。
「あの子はいつかウィングとサヨナラする気なんでしょ?」
医師の言葉は刺さる。 その問いかけに、 答えず医療室を後にする。
難は去っても、 また訪れるとウィングは排気する。
いっそ、 こんな面倒なことはやめてしまえばいい… そう思いはする。
はなから、 面倒なことは嫌いである。
自室に戻れば、 寝床についたまま寝息をたてるドリフトがいた。
こんな面倒くさいことをもたらしたにも関わらず、 ドリフトはただ静かに寝ている。
そっと、 その首に指をはわせればドリフトはむずがって身をよじった。
ぷつりと、 その線を切れば容易く流れる鮮やかな体循環油を脳裏にうかべる。 さぞ見物であるだろう。
「おやすみ」
いつか殺してしまうのだろうか。
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鳳櫻月雨