腹が減ってはなんとやら

大雑把で細かい作業が苦手そうに思われがちの大和ではあるが、その実簡単な料理であれば作れるのだ。まあレパートリーは非常に少ないが。
祖母直伝の家庭料理の中でも手数が少ないものが主。そして少しばかり味が濃い目。豪胆な性格故か作るたびに若干の味ブレはしているとはいえ、それもまたある種の魅力というもの。
つまりは些事である。
──そんな彼が、己の大きな手で作るにしては小さいおにぎりをちまちまと作っている日が週に一度だけある。とはいえ、状況によっては作られずに終わることもあるのだが。
数は二つ。具材は昆布と高菜。
大きさからして小腹が空いた時に食べる用か。最初はそう思われていた。しかし、どうにも様子が違うぞ? と周囲が気づき始めた頃には既にあるルーティンが形成されつつあった。


□


事の始まりは何だったのか。そう問われたところで大和はハッキリとした詳細は思い出せない。
ただ一つ言えるのは、己よりも小さく華奢な体躯の女性が酷くくたびれた様子で腹の虫を鳴かせていたのが、あまりにも憐れに思えた。気まぐれでちょうど自分が持っていた昼飯のおにぎりを一つ分けてやったのだ。
たったそれだけの事。おそらくはそれがきっかけだった。
よくあるコンビニのおにぎり一つ。両手に持ち目を輝かせながら頬張る姿がどことなく小動物を彷彿させられてならない。大柄な体格の大和から見れば一般的な体格の女性は余計に小さく見えるのだ。仕方あるまい。
──それからだ。偶に署内で会う、腹の虫を鳴かせていた知り合いの事を大和が気に掛けるようになったのは。

「おう、お疲れさん」
「お疲れ様です、大和警部」

広い署内とはいえ他の部署の人間と顔を合わせることが無いわけでは無い。この日の大和もまた例に漏れず、とある階の自販機の前で飲み物を買いに来た唯野と鉢合わせていた。周囲に人影はない。
実はこの自販機、ラインナップの所為かあまり来る者が多くないため、休憩するにはもってこいの穴場だったりするのだ。

「ほら、やる。いらねぇなら俺の腹に収まるけどな」
「わ、ありがとうございます」

大和の手から唐突に差し出された小さな巾着袋。買ったばかりの飲み物を片手に、唯野はもう一方の空いている手で受け取った。
要らないなら、というのは毎度のごとく大和が彼女に向けていう言葉だ。受け取らないわけがないと知っていて言うのだから質が悪い。
巾着袋を乗せた手に感じる小さくもズシリとした重量。その中身が何であるかを察した彼女は僅かに眉を下げる。

「あの、大和警部」
「何だ」
「ずっとお聞きしたかったんですけど、なぜ偶に会う時におにぎりをくださるんですか……?」

疲労困憊の状態で盛大に腹の音を鳴らすという痴態を曝した日の事を彼女はしっかりと記憶していた。手持ちのおにぎりを一つ分けてもらった時、憐れみをかけられたという自覚はあったのだ。
それが次に出会った時、再び同じコンビニのおにぎりを手渡されるなんて誰が思う。そして何故か週に一度のペースでこの自販機の前で会うことが暗黙の了解のような状態になると誰が予想する。彼女は全く考えもしていなかった。とはいえ、それぞれ抱えている案件や事情というものがあるため、明確に週一で昼を共にしているわけでは無いのだが。
この顛末に一番驚いているのは恐らく彼女だろう。

「まぁた腹の虫鳴かせてねぇだろうな、と思ってな」
「あ、あの時は、その、何件か対応に追われて昼休憩を取れずにいた時だったので……」
「なら尚更だろ。食える時にちゃんと飯は食っとけ」
「……はい。忠告痛み入ります。というか、常日頃から腹ペコなわけではありませんよ、大和警部」
「そーかよ」

限りなく正論である。これ以上は何も言えず彼女は口を噤んだ。
腹ペコ認定されている予想はしていたが、実際に言われるとやはり羞恥に襲われる。

(……うーん、でも、お腹空かせてるかもしれないから、ってわざわざ分けてくれるもの……?)

最初に手渡されていたのはコンビニのおにぎりだった。しかし、いつの間にか手渡されるものが徐々に変化していった。
まず変わったのはおにぎりの具。大和が好んで買っていた鮭と肉そぼろから、彼女が好んで食べていると言った昆布と高菜へ。
何気ない会話の中で「ふんわりとした握り加減のおにぎりよりもギュッと固めに握られている方が食べている感じがする」と言った次の週には手作りだと丸わかりなおにぎりが二つ巾着袋に入った状態で手渡された。ちょうど今しがたのように。──それは彼の大きな手によって握られたものだった為、一つしか食べきれなかったというのは余談である。
そしてまた次の週にはおにぎりの大きさが変化した。唯野が食べきれるであろうサイズになっていたのだ。
殆ど料理をしない大和とて、おにぎりを握ること自体は余裕で出来る。ぼた餅を作れるのだ。握って形を整えるという意味では大別すれば似たようなもの。
まあ塩加減の塩梅などは日によって違うのはご愛嬌。度々会話を重ねる中でそんな話も聞いた。

(こんなの、勘違いしてしまいそうになるよ)

少なからず、悪くは思われていない自負はある。裏表のない大和は中々に分かりやすいのだ。だからこそ、唯野は戸惑いとほんの少しの期待を抱かずにはいられずにいる。
どうでもいいと思っている相手に対し、こうまでも自身の時間を割くような人間ではないのだ。大和敢助という男は。


□


「最近、他の階で昼食を取ることがあるようですね」

偶に作ってくるおにぎりは自身の昼食か小腹が空いた時のために用意していたものと思われていたのを大和は知っている。それを持ち、わざわざ別の階にまで足を運んでいると諸伏に知られた大和は若干げんなりした様子を隠そうともせず顔を歪めた。
洞察力に優れた諸伏のことだ、こうして問いかけてきたということは大体の事は知っている。
だから大和は事も無げに答えたのだ。特に何も誤魔化すようなことでは無いのだから。

「まぁな、っつーか知ってやがったのか」
「君がわざわざ昼食をお裾分けするなど珍しいこともあるものだ、と思ったまでです」
「あー、腹ぁ空かしてんのは、何かえらいだろ」
「ホォー」
「もうらしいっつーか……、おい高明なんだその顔」
「至って普通の顔ですが」

嘘である。高明には若干スンと目が据わりそうになっている自覚があった。
そもそも自分で握り飯をこしらえる必要などないのだ。腹を満たすために昼食を用意するならコンビニで売られている物で事足りる。時間に余裕があるならば食堂へ引きずって行く手だってあるのだから。むしろ今までの大和ならそうしていただろう。
それをわざわざ米を炊き、サイズも彼女が食べきれるような大きさに調整し、好みの具材のおにぎりを用意する。こんな手間のかかることを自ら進んで行っている。
これではまるで餌付け、いや求愛給餌ではないか。

(──全く。現状これで無自覚というのも敢助くんらしいというか……。これは、随分と先が長くなりそうですね)

既にこの時点で高明はそう見立てていた。余程のことが無い限り予想が外れないだろう事も。それは見事的中することになるのだが、残念ながら他の誰も察してなどいなかった。
さもありなん。


2023/12/30/
#decnプラスでtwとタイツに上げていた話。気になる箇所を加筆修正して掲載です。
えらい=つらい
もうらしい=可哀想
違う部署だけど、たまに会って話をする間柄だった大和と夢主の話。多分そのうち夢主からお礼にオススメの珈琲とかもらってそう。
ちなみに普通に握ったはずのおにぎりを一つしか食べきれなかった夢主に対して大和さんが内心で「マジか……」って思ってた。そして顔に出ていた。

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