雨色の木曜日




とても天気が悪かった。降り続ける雨の音にゆっくりと重たい瞼を開ける。いつもであれば叩き起こしてくれる目覚まし時計がまだ静かに眠っているあたり随分と早い時間に目を覚ましてしまったらしい。もう少しだけ眠ろうとすぐ傍にある温もりに手を伸ばす。伸ばしたつもりだった。

「銀ちゃん?」

いつもであれば無意識に抱きしめてくれるはずの温もりがそこにいない。空っぽの布団にいるのは私だけ。現実を叩きつけられたことによって一気に稼働し始めた頭。ふらつく足取りで部屋にある押入れの扉を開ければ待っているのは最悪の結末。恐らくはリビングも静寂に包まれているのだろう。

「また…」

いつだってそう。私が連れていって貰えるのは捜索や修理といった危険の少ない仕事だけ。当然だ、力のない私が危険な仕事に首を突っ込んでも敵に自らどうぞ狙ってくださいと頭を下げにいっているようなものだろう。だからこそ私も連れていってなんて足手まといなことは言えない。

傘に当たる雨音を聞きながらぼんやりと流れゆく景色を見つめる。傘をさしているからといって全ての雨を防ぎきれるわけでもなく、少しでも横風が吹けば冷たい雫が私の体に突き当たる。寒い、なんて当たり前の感情を抱きながらも足はその場から動かせなかった。

「なまえ様。風邪を引いてしまわれますよ」

「たまちゃん…」

そっと私と好きな柔軟剤の香りを漂わせながら頬に当てられたハンカチ。それは雨を拭ってくれているのか、あるいは雨とは別のものを拭ってくれているのか。お礼と共に小さく笑ってみてもたまちゃんは同じように笑ってはくれなかった。

「温かいお茶をいれましょう。どうぞ中へ」

「ここにいたいの。ありがとう、たまちゃん」

「なまえ様がこうされていることを銀時様が望んでおられるとは思いません」

「うん、きっとそうだと思う。でも銀ちゃんが、神楽ちゃんと新八くんが危ないことをすることだって私は望んでいない。おあいこだよ」

意地っ張りだと呆れてくれても構わない。けれど私が何気なく過ごしているこの時間にも三人は知らぬ敵と闘っているかもしれない。血を流して怪我をしているかもしれない。そう考えるといてもたってもいられなくて、それでも私に出来ることなんて何一つなくて、そのもどかしさに腹がたつ。だからこそ一刻でも早くおかえりが言いたい。玄関の扉を開けるよりも先に銀髪の男とその横を歩く二人の姿を見つけたいから。

「たま、何を言っても無駄だよ」

「お登勢様」

扉の開く音が雨音に混じる。振り返ればそこには心底呆れた表情を浮かべたお登勢さんがいて私は苦し紛れに笑顔を浮かべた。わかりきってきたことだがたまちゃん同様、お登勢さんも私に笑いかけてはくれない。

「この子はあいつらが帰ってくるまでここを動かない。風邪でも何でも引かせておきな」

「ですが」

「何も今に始まったことじゃないだろう。この子の頑固は銀時譲りだよ。例え私が溜まった家賃を全額チャラにすると言ってもこの子の意思は揺るがないだろうからね」

「えっ、お登勢さんその話詳しく」

「揺らぐんかい!!」

からからと音をたてて笑えばお登勢さんもたまちゃんもわずかながらに笑みを向けてくれる。ありがとう、でもごめんなさい。どれほどの条件を並べられてもやっぱり私はここにいたい。陽気に傘を回して鼻歌なんて奏でてみる。私は元気だと、落ち込んでなどいないと精一杯の偽り。そんな薄っぺらい偽りにお登勢さんとたまちゃんが気づかないはずがなかったが優しい二人のことだ。騙されたフリをしてくれるのだろう。

「私は大丈夫です。このままじゃお店でキャサリンさんが退屈になっちゃう」

「夜になったら無理矢理にでも家の中にいれるからね。それまでだよなまえ」

「ありがとうございます…」

「いくよ、たま」

「なまえ様。銀時さまはあなたの元に戻ってきます。私のデータの中の彼はあなたを決して裏切りません。ですからどうか雨に負けませんように」

優しく髪を撫でてくれたタマちゃんに何度も首を縦に振る。たまちゃんのデータは随時更新、信頼性だってばっちりだ。そのたまちゃんのデータが証明してくれているのだから、銀ちゃんは必ずここに戻ってくるに違いない。信じている。どうか信じさせて。ひくりと喉を鳴らした嗚咽を聞かれないようにもっともっと雨が降ればいいとなんとも馬鹿なことを考えた木曜日。