約束の日曜日




日曜日と言っても規則に縛られていないこの男にとっては毎日が日曜日のようなものだ。特別に何かをするわけでもなくただ普段通りにふざけて笑って、家賃滞納をこっぴどく怒られて、また笑う。この何気ない時間こそがかけがえのない時間なのだということはわかっているつもりだ。だからこそ私は心から今を楽しむことが出来ているのだと、銀ちゃんの隣にいる限りはそう思える。

「あん?なんだこいつ喧嘩うってんのか」

「テレビに喧嘩仕掛けてもパフェはくれないよ」

「だってよォ、夜の番組でスイーツ特集とかやるか普通。全国の甘党に喧嘩ふっかけてるとしか思えないね俺は」

「ダイエットに励む女の子の方が切実だと思うけど」

「協定組めるんじゃね」

「女子戦闘力なめたら痛い目みるよ」

テレビに映し出されているスイーツは有名店の高級なものから可愛らしいお店に並ぶおしゃれなものばかり。こんなスイーツ巡りのデートをしてみたいものだ。いつしか私もテレビに釘付けになっていたらしい。ゴホン、とわざとらしく咳をした銀ちゃんは私の視線をテレビから奪ったあと自身の膝を叩いた。

「テレビ見るならここがちょうど空いてますよ」

「ソファーも空いてますよ」

「ソファーは今ペンキ塗りたての為使えません」

「聞いたことありません」

「おいで、なまえ」

わずかに口元をあげてそんなことを言うものだから銀ちゃんは本当に私の扱いが上手だ。躊躇いもなく膝の間に導かれようとしたが何かが足りないことに気づく。テレビを見るならこれがなくては始まらない。私を迎えようと待機していた銀ちゃんの手は宙で空気を掴む。

「なまえちゃん?」

「違う!ちょっと待って!ストップ!ハウス!ラリホー!」

「マジかなまえちゃんが魔法使いだったの知らなかったわ。今度可愛い魔法使い衣装着てくれるなら許すわ」

「ザギ」

「おい今の死ぬやつだろ」

そうこうしているうちにコップに注いだミルクをかき混ぜれば広がる甘く優しい香り。当然甘党のこの男がその香りに気づかないはずもなくじっと私が手に持つコップを見つめた。何食わぬ顔で銀ちゃんの膝の間に座り、その香りをいっぱいに吸い込む。甘くて、温かい。

「テレビにはやっぱり温かい飲み物があってこそだよね」

「俺のは?」

「別のコップがよかった?」

「今すげーきゅんときた。俺の中のなまえベスト言葉集に追加した」

「燃やしていい?全部燃やしていい?」

「永久保存版だから無理だな」

なんだそりゃと笑いながら銀ちゃんにココアを手渡す。一つのコップに入る量は少ないけれど得られる幸せを考えれば気にならないことだ。それに足りないのであればおかわりを作ればいいだけ。考えた直後、この男が離してくれるとは思えないのでその案はココアからあがる湯気と共に溶かす。

「このタルトおいしそう」

「あーマジだ」

「銀ちゃんタルトは作れる?」

「昨日ケーキ作ってやったろ」

「毎日甘いものに埋れたい」

「すげェわかるから何も言えねーんだけど。なら俺を甘いもんだと思えばいいんじゃね?」

「銀ちゃんはなんかこう……違う」

「そのリアルな間が傷つくな」

床に何かが当たる音が響いたあたり私の為にココアを残すという配慮は存在しなかったらしい。先ほどの思いを全面撤回してまでもコップは別にするべきだっただろうか。今度から銀ちゃんのコップにはそっとお湯を注ぐことにしよう。頭の中に地味な仕返しを巡らせていれば、ふと頬に銀ちゃんの唇が触れる。

「銀ちゃん?」

「なまえ」

「うん?」

「好きだ」

「私も好きだよ」

「ホントならたまにはなまえちゃんからキスして」

「テレビ見てます」

「……」

「……」

「……」

「……」

「マジすんません調子のりました」

見つめ合うだけのだんまり勝負は私に勝敗があがった。それでもテレビに背を向けて振り返る努力をしたことは褒めて欲しい。顔がとんでもなく熱いのだからきっと耳まで真っ赤なのだろう。どうしても私からとなると照れくさくて、恥ずかしくて。

「にしても真っ赤ななまえちゃんはいつ見ても可愛いなァ」

「今の銀ちゃんの顔すごい腹立つ」

「はいはいご馳走様」

銀ちゃんの顔がすぐ近く、唇が触れるか触れないかの距離。私はどのタイミングで銀ちゃんのサディスティックスイッチをオンにしてしまったのだろうか。思わず後ずさりを計った私を逃がすまいと待ち構えていた腕に捕まってしまう。

「ぎ、銀」

「お、たまには呼び捨てもいいもんだな」

「いやそうじゃないんだけど」

「銀さんに言うことは?」

「明日は仕事見つけて」

「違う」

「ニート」

「違う」

「働けニート」

「なまえ」

「好き、です」

「上出来」

ふにゃりと銀ちゃんがあまりにも嬉しそうに笑うのでどうしようもなく心が愛しいという感情に支配されていく。その直後に唇が重なったあたり銀ちゃんも私と同じ気持ちなのだろうか。言葉を貰って、言葉では伝わりきれない思いを貰う。お返しに私はありったけの幸せを贈るのだ。

「なまえ」

「うん?」

「絶対ェ離してやらねー。その代わり絶対ェ間違ってなかったと思わせてやる。だから明日からも」

「私は銀ちゃんの隣にいるよ」

「おう。よろしく頼むよ」

「こちらこそ」

小指と小指を絡ませて約束を。小さな永遠を願った日曜日。