源氏兄弟とちゃんこ鍋

がさがさと近所にあるスーパーのロゴが入った袋を揺らしながら自宅への道を早足に歩く。今日は一段と冷え込んでいて、今朝見たニュースでも「今年一番の冷え込みです!」と若いニュースキャスターのお姉さんがもこもこのコートを着ながら実況していたのを思い出した。
「さむ…」
 人っ子一人周りにはいないので誰も反応してくれないのはわかっているが、自然と愚痴が漏れてしまう。こんなに寒いのであれば自分から買い物の役割を申し出るんじゃなかった、と今更ながらに後悔しながら膝丸に貸してもらったマフラーに鼻先まで顔を埋め歩く。ふと前方から人が歩いてくる気配を感じ取り顔を上げれば、よく見知ったシルエットが浮かんできて吃驚してしまう。ゆったりと歩いてきているであろう人物のところまで駆け足でむかった。
「兄さん、用意終わったの?」
 兄さんと呼ばれた髭切も、自分と同様にマフラーを鼻先まで覆っていたが私に気が付きマフラーを口元まで下げる。途端に端正な顔立ちが露になるのだが、見慣れてしまった顔なので今更この兄に取り巻いている女子みたいに騒ぎはしない。
「ありゃ、もう買い物終わってたんだね」
「うん、目標のものは入手した!」
「そう、なら早く帰らないと。弟が心配がってたよ」
 髭切は私から買い物袋を取り上げ、空いた左手で私の右手に手を伸ばす。
 何でもないように手を繋いでくるが、普通の女の子だったらこんな微笑みながら髭切に手を繋がれてしまったらぶっ倒れてしまうだろう。私たち兄弟にとって兄弟間で手を繋ぐことは普通なことなのだが、先日友人にその話をしたら羨ましいと言われ両肩を捕まれ、さらには脳震盪を起こしそうな程揺さぶられてしまった。もうあんな目はしたくはないので、兄弟の話はしないようにしている。
「兄さん、サボらなかった?」
「最後まで準備してきたから大丈夫」
 私たちの会話の中には主語がないのなんて当たり前で。夕食の準備を兄と弟に任せてきたのだが、いかんせん兄はマイペースなところがあるので膝丸が振り回されていないか心配だった。が、今回はきちんと仕事をこなして迎えに来てくれたのだろう。
「ありがとね」
「ふふっ、どういたしまして」

「ただいま〜」
 玄関の扉を開ければ、ふんわりとした暖かさが身を包み、本日の晩御飯であるちゃんこ鍋の出汁の香りが鼻を擽った。リビングに行けば、エプロンを着た膝丸が食器を準備するために食器棚に手をかけているところだった。
「兄者、姉者。おかえり」
食器を準備することを一旦やめて、弟は私のマフラーを取ってくれる。暖かい手で頬を包んでくれた。その暖かさが心地良く目を細めれば、膝丸は「冷たくなっているぞ」とエプロンのポケットに仕舞ってあったカイロを取り出し頬にあててくる。ありがたくカイロを受け取り、来ていたコートを脱げばその間に着替え終わった髭切が膝丸の準備を手伝い始めた。
私もコートを片付け、準備に取り掛かり、先日倉庫から引っ張り出したこたつがある場所に向かう。定位置である場所に座れば、そのあとに髭切が向かい側に座り、最後に鍋を持った膝丸がテーブルに鍋を置いて座った。
「姉者、行儀が悪い」
一足お先に…と箸を持ち鍋に手を伸ばせば横に座った膝丸に怒られてしまったので手を引っ込める。
「ごめん」
「きちんといただきますをしてからだよ」
「はぁーい」
髭切にも微笑みながら注意を受け、今度こそは三人でいただきますをしてから鍋に手を付けた。
「ん、おいし。あったまるねぇ」
一口食べた瞬間に広がる野菜の甘みと暖かさにうっとりしていると、髭切も「うんうん」と頷きながら微笑んでくれる。
「薄くはないか?」
「ちょうどいいよ。冬は鍋に限る」
「兄さんに同感〜。膝丸はなに作ってもおいしいし」
「僕たちには勿体ない弟だね」
「ほんとそれ!できた弟をもって私たちは幸せ者だよ〜」
急に始まった弟褒めちぎり大会に膝丸はどんどん顔を真っ赤にさせてゆき、「いや、そんなことは…」と謙遜したが顔がニヤついているよ…膝丸…。
そんなに喜んでもらえたら私も幸せな気分になってくる。自分の弟はなぜこんなにも可愛いのだろう。兄もそうだが、彼女がいないなんて信じられない。きっと二人と付き合う女性は、負けないぐらい可愛いだろう。可愛い彼女ができた暁には、私は彼女までも愛でてしまいそうだ。
食事を終え、片付けも済み各自お風呂に入って、睡眠前のダラダラタイムに突入。
みんなで5人掛けのソファーに座り毎週金曜日に決まった時間に放送される映画を見る。
膝丸と髭切に挟まれて座るのも定位置になりつつある配置だ。今回の映画は洋画の推理系の内容なようで膝丸は見入ってしまっている。髭切はというと、たまに自分のスマートフォンをいじったり、映画をみたり、私の髪をくるくる弄ってきたりと自由行動をしている。私も私で、髭切が髪を触ってきた時には弄り返してやったり、膝丸にもたれかかったりと自由行動をするが、膝丸にちょっかいをかけた時には膝丸に鬱陶しそうに眉間に皺を寄せられた。それでも、手で払ったありとかしないあたり許してくれているのであろう。
「あ、そういえば妹は明日補講があったんじゃないの?」
「そういえばそうだった。でも、課題ないから大丈夫。膝丸、明日9時に起こしてね」
「わかった。兄者は休みか?」
「うん、学校はね。夜に撮影が入っているから晩は変えるのが遅くなるよ。二人で晩御飯食べてね」
「それなら私、授業昼には終わるからお昼は三人で食べようよー」
基本的に誰かが泊りがけの用事がない限りは一日一食 三人で食べるように心がけている。これは昔兄弟の約束事で決めた記憶があるが、今では逆に三人で食事をする時がないと違和感があるので暗黙の了解となっているのだ。
「私、パスタ食べたい」
手を挙げて発言すれば、膝丸が席を立ちながら「この前もパスタだったぞ」と釘を刺してきた。その手にはマグカップが三つあるので、私たちの分の飲み物も注いで来てくれるのだろう。
「うーん、僕は二人が食べたいもので構わないよ」
髭切が、スマートフォンを弄りながら言うがキッチンで飲み物を準備してくれている膝丸からまたも釘を刺されてしまう。今度は兄さんの番だね。
「確か今回は兄者が決める番のはずだ」
「ふむ…なら、ここでいいんじゃない?」
「いや兄さん、適当に検索したやつでしょそれ。住所二駅離れてるから私間に合わないよ」
髭切から検索画面を見せられたが、住所をよくよく見てみると二駅も大学から離れている。授業が終わるのが昼前なので、電車を乗って行動していたら確実に行列に巻き込まれ昼時を逃してしまうのは目に見えている。飲み物を入れ終わった膝丸がため息を零しながらマグカップを渡してくれ、ありがたく受け取る。
「大学には二人とも迎えに来ないでよー。また、騒がれちゃう」
「なんでだい?」
この鈍感兄は本当に…いや、確信犯ではないのだろうか?
そう思えてしまい、説明するのに数十分。さらに、膝丸にも「なぜだ」と聞かれ数時間。

これが私たちの日常。幸せで暖かい場所なのだ。

End

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