髭切と悪夢

「うぅ…寒い…」
 午前5時。先日燭台切が購入してきてくれたもこもこのスリッパを履きパタパタ音を鳴らしながら本丸の廊下を歩く。吐く息は真っ白で気温の低さを物語っていた。
現在の季節設定は冬にしてある。審神者の任意で季節を変えることができるシステムとなっているがうちの本丸は現世の四季に合わせて気温や環境を変えるようにしていた。
 ちゃんちゃんこを羽織ってきたのだが、やはりこの寒さには負けてしまったようで指先から段々と体温を奪われていっているのがわかる。手を擦り合わせながら目的地である台所に着くと本丸内で一番起床が早いであろう燭台切が朝食の準備をしていた。
「おはよう、燭台切」
「あれ、主?今日はどうしたんだい?」
 入口で声をかければ、燭台切はこれでもかというぐらい目を見張り、持っていた包丁をまな板においてから駆け寄ってきた。相当、自分が早く起きてきたことに驚いたようで「熱はないのか」「お腹でも痛いの?」と言いながら異常がないのかと確認をしてくる。…が、生憎熱もないしお腹も痛くもない。そんなに心配されると普段はどう思われているのだろうか心配になってくるレベルだ。
「どこも痛くもないって。二度寝しようかと思ったけど目が覚めちゃったんだよ」
 心配性な燭台切を制して朝食の準備を手伝う案を提示したら快く受け入れてくれた。
「本当に珍しいね、夢見でも悪かったのかい?」
「う〜ん、確かに怖い夢は見ていた気がするんだけど内容は覚えてないんだよな。」
 「たまに主、うなされているときがあるよね」
「えっ、まじか!寝言とかではなく…?」
「うん、気にするかなと思って言ってなかったけどこの前僕が近侍をしてた時に主、寝てたでしょ?」
「あー、あんときか」
「髭切がなんとかって言ってて、凄いつらそうに言っていたんだけど起こした時には何も覚えてなかったみたいだから触れなかったんだ」
「だからあの時、大丈夫?って聞かれてたのか」
 数週間前に執務中に爆睡していたのだが、起こされたときに燭台切に怒られるわけではなく心配されたように声をかけられたのはそういう意味だったのか。あの時は不思議にしか思わなかったが、そういった経緯があるのであれば燭台切の行動にも納得がいく。
「一度、石切丸とかに見てもらったほうがいいかもしれないね。何か髭切に起こるのかもしれないし…」
それもそうかもしれない。こういったことは、祓い事に少しでも関係していた刀剣に一度見てもらったほうがみんなも安心するだろう。「一度見てもらおうかな」と言いかけた時に背後から腕が伸びてきて直後、温かいぬくもりに身体が包まれた。
「僕のお話?」
「あ、髭切…」
 抱き締めてきた犯人は話の主役となっている髭切だった。髭切と朝の挨拶を交わし、時計を見ていると午前6時半を指している。もうそんなに時間がたっていたのか…と思い、自分の話をされて気になっている髭切に事の内容を話せば「ふむ…」と本当に考えてくれているのかわからないような仕草で腕を組んだ。
「俺も内容は覚えてないんだけど、髭切に何かあっても困るし本職の方たちに相談しようかなって話になってたんだよ」
 燭台切も頷き、意見に同意してくれているなか髭切は微笑みながら頭をなででくれた。その間、髭切は後ろから抱き着いてきたままだ。正直言うと邪魔だが、離れろと言っても離してはくれないだろうからそのままにしておく。
「主、その心配はないよ。原因はわかっているからねぇ」
「え、俺が魘されてるの知ってたのかよ」
「僕と寝ている時にはなかったからそんなに心配はしてなかったんだけど、そんなに気になる?」
「気になるからこんなはなしになってんだろうが」
「うんうん、気になるよね」
 髭切や爺連中と話をしていると毎回思うことだが会話になっているのだろうかと思う時がある。古い刀はみんな長老ばっかりなのか。マイペース野郎め。弟を見ならえ、兄よ。
 内心罵倒しながら、髭切の言葉に耳を傾ける。
「僕と寝ているときはよく寝れると思うんだけど、僕と離れて寝ている時にはよく途中でおきるよね?」
「確かに…髭切と寝てるときはぐっすりだわ」
「今度、膝…肘丸…」
「膝丸な、弟な」
「うん、今度弟と一緒に寝て試してみるといいよ。きっと悪夢を見ると思うから」
 はて。今の流れだったら、誰かと寝ていれば悪夢は見ないという内容を期待していたのだが違うみたいだ。「何をいいたいんだ」という意味を込めて髭切を見れば、微笑みをそのままに髭切は話し続ける。
「主の夢の内容はたぶん僕がこの本丸からいなくなる類のものなんだけど、寂しいって気持ちが大きくなりすぎて夢に出ちゃってるんだよ。僕の主は可愛いよね」
「ほうほう、ということは…」
「主は僕と居ないと寂しすぎちゃって、僕と離れる夢を見ちゃってるってだけ。だから、僕と寝てれば悪夢は見ないよね」
 髭切の解説を聞いて固まっていると、今まで黙って事の次第を見届けていた燭台切がクスっと笑った。おい、そこで何故笑う…!
「主は髭切のことが大好きなんだね」
「そう、僕の主はあげないよ?」
 実はいうと、この本丸の髭切とは恋仲だったりする。公認なので、今更付き合っているということを恥ずかしがることもないが髭切からの爆弾発言(悪夢の原因解説)を聞き羞恥に固まって動けない。もう顔を上げるのも恥ずかしくて俯いてしまっていたら、急に浮遊感が身体を襲い変な声が出てしまった。
「おわっ!?」
「燭台切、主を借りるね」
「朝餉はくるのかい?」
「うん、それまでには終わらせるようにするよ」
「おい、まてまて。二人で話を進めんな…!」
「うんうん、いいこいいこ」
「おまっ!話聞けよ、おいっ!」
 背に賑やかな声を聞けば「今日も平和だなぁ」と燭台切はつぶやいた。


end

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