源氏兄弟の長女

源氏兄弟の長女


ぶわり。噎せ返るほどのさくらの香りと、視界を多い尽くしてしまう桜吹雪。顕現するときに必ず出る一種のお決まりなのだが、今回は何時もより出過ぎではないだろうか。
それに、香りもきつい気がする。何故だ、と思い顔を顰め目の先に現れるであろう刀剣男士を見詰めると、そこにはいつもと違う…いや、この本丸に来てから聞いたことも見たこともない人物が立っていた。

「源氏の重宝、燕打です。兄弟はここに来ているかな?」






「おおおおーい!!!!誰か来てくれぇぇぇぇ!!」

審神者の声が本丸中に響き渡り、何事かと刀剣男士達が慌てた様子で鍛刀部屋に駆け込む。一番初めに部屋に入ったのは近くで畑当番をしていた加州清光と大和守安定だった。

「どうしたの!?主!」
「ぎゃんっ!」

加州が鍛刀部屋の扉を勢い良く開ければ、バンッと何かにあたり反動で扉がこちらへ戻ってくる。それを押しやって、目線をしたに下げればここの主である審神者が頭を抱えてのたうち回っていた。きっと扉の近くにいたのであろう。運悪く、加州が扉を開けたら頭をうちつけてしまったようだ。

「あっ、ごめん主っ!そんなに近くに居るとは思わなくって!」

慌てて床に這いずり回っている主を気使う為、駆け寄れば「そ、それはいいから!あれっ!あれっ!」と目に涙をいっぱい溜めながらある方向へと指を指した。腕から指へ、指してる方向へ顔と目線を向ければ加州清光でさえも見たことが無い刀剣男士が怯えた様子で立っていたのだ。
新しい刀剣男士か、と思ったがよくよく見てみれば些か胸板の膨らみが大きい気がする。千子村正や蜻蛉切など、胸板が厚いとはまた違うような膨らみ…。

「えっ?きみ、女の子…?」

きっと主も同じ事を彼女に伝えたかったのだろう。必死で頷いている。一緒に来た大和守でさえも吃驚して言葉が出ないようだ。
刀剣女子がいるだなんて聞いたこともないし、見たことも無い。刀は皆、男子ばかりだと思っていたのに。

彼女は今の歓迎されてない、困惑された状況に気付いたのか目に涙を一杯に溜めて泣き出しそうになっている。手を豊満な胸の前に寄せ、握り締めて震えているではないか。刀を見れば、この本丸にいる刀剣男士と似たようなデザインの物であるからにして由縁はあるのだろうが。

みんなが皆、その場で動けずにいると後ろの扉が開き。よく聞く間延びした声と堅実そうな声がその場の雰囲気を打ち破ってくれた。

「あれ、やっぱり燕打だったんだね」
「何っ!?姉者がここに来ておられるのか、兄者!」

この本丸で、顕現している上で一番兄弟と呼んで差し支えないであろう、二振一具 源氏の重宝と称される刀、髭切と膝丸が現れた。ついでに、問題発言まで持ってきてくれたのだ。
皆、源氏兄弟の発言に驚き呆然とているがこの兄弟と彼女の時は勝手に進んでいるようで。事の成り行きを、見守るしか無い状態となっている。

「兄上!膝丸!お久しぶり、だね…!」

目に溜めた涙がとうとう溢れ出てきてしまったようだ。涙を流しながら燕打に近付いた膝丸に抱き着けば、膝丸も涙ぐみながら「姉者ぁああっ!」と抱き締め返している。何時も刀剣男士に向ける笑顔ではなく、今迄は膝丸にしか向けてこなかった笑みを浮かべながら髭切も二人まとめて抱き締めた。

「やっと、会えたね。燕打。僕達ずうっと待っていたんだよ」
「ううっ、ぐすっ…お待せ…ぇ…っ」
「あねじゃ、あねじゃぁっ!」

本格的に泣き始めた膝丸と燕打をあやす様に髭切が二人の背中を優しく叩いてあげる。
感動の再開、とても涙ぐましいシーンなのだがほっとかれている主と加州、大和守。やっと、駆け付けた堀川と和泉守が来て「なんだこれは」と言うのはあと数秒後。




「いやぁ、驚かしちゃってごめんな!」

嬉しさを全面に出した笑顔を振りまき、豪快に笑う主。その傍には近侍である歌仙兼定が座っていた。
ここは、主の部屋でもある執務室である。所々、書類が散らかっているのはご愛嬌だ。
執務室に案内された源氏兄妹は三人揃って、主の向かい側に座り鶯丸に入れてもらった茶を啜る。

「ううん、気にしないで。私も驚いちゃって…ごめんなさい」

燕打が申し訳なさそうに謝るか、横にいた歌仙がすかさず「主が大袈裟に驚き過ぎたから、君は悪くないさ」とフォローを入れてくれる。主も面目ない、と頭を下げる始末だ。

「刀剣女子が居るなんて聞いたこともなくてなぁ。髭切と膝丸もそういったことを、一言も言ってはくれんかったから…」

主は頭を上げて、自分用に用意されたお茶を啜りそばに置いてあった端末に手を伸ばした。

「たぶんここが初めて顕現した所なんだと思う。これから、私も実装されるってお役人さんがいってたから」
「そうか!姉者は実装されたのだな!」
「うん、きっと他の本丸の所にも実装されると思うよっ」

兄妹が嬉しそうに話をする中、ピピッと主が持っている端末から音がする。何かを告げる音だろうか、と燕打が小首を傾げていると、主が小難しい顔をした後こちらを向いて端末を見せてきた。兄妹揃って画面を覗き込めば、画面いっぱいに文字が書いてある。
慣れない液晶の光と文字の列に、また燕打が首を傾げて困っていると膝丸が要点を教えてくれた。

「姉者は、最高練度になった我ら兄弟が揃っている本丸にしか現れないそうだ。しかも鍛刀でかなり稀にでる、と書いてあるぞ。」
「燕打は、れあ刀というやつだねえ」
「そうなの?」
「ああ、太刀だが性能は短刀に似ているし、短刀に匹敵するようだから夜戦でかなり有利な太刀になるようだ」
「へぇ、そうなんだー」

膝丸の説明を聞きながらお茶を啜る燕打だが、要はかなりレア刀で今迄短刀ばかりに頼っていた夜戦を更に有利にできる刀であるという事だ。
当の本人は、その素晴らしさや希少価値には興味無いようだが審神者としてはとても嬉しい刀剣だ。

「ということだ!燕打、この本丸の仲間になってくれるか?」

そう言いながら主が手を差し伸べてきたので、燕打は快く了承した。






その日の夕餉は、主の意向により急遽宴となった。あたらしい刀剣が来たという事もあって、皆酒を呑み大きな笑い声が本丸内に響いている。次郎太刀や日本号を中心に、やれ飲み比べだの裸踊りだほして騒いでいる空間からは外れた縁側で、源氏兄弟は静かに酒を嗜んでいた。

「これ、おいしぃ」
「流石、僕達の兄妹だねえ。燕打も酒には強いみたいだし」
「だが、姉者。あまり呑みすぎたら人間の体には毒だからな」

兄と弟に挟まれ、初めて飲む酒を片手に綺麗な三日月が此方を照らしている。数千年ぶりに髭切・膝丸と共に時間を共有出来用とは。何とも言えなない幸福感が燕打を包む。

「だって、本当に二人に会えると思ってもみなかったんだよ?」

ふふっと笑いながらまた酒を煽った燕打に、二人もまた同じように微笑みながら酒を煽る。
数千年、それは長いようで短い。二人と別れた後、燕打は引き渡された場所にずっと留まり続けたのだ。源氏の世が終わった後、使われる事は無くなったが代々に渡りその家に宝刀として扱われ大切にされていた。戦国、戦争の世が終わった後は個人所蔵となっていたので、現在まで燕打という存在は世に認知されていなかったのである。
書物を探っても、燕打の名前があるのは一箇所のみ。小烏の存在もあってか、何かの手違いであろうと家の者以外の人間の間では認知されなかったのだ。
この度、燕打は個人所蔵から寺へと引き渡されることとなり、燕打の話題が現世で広まった。その時には現世ではかなりの話題になったのだ。

審神者達は現世とは別の時間軸を歩んでいる為、現世で起こったことについて情報が入ってくるのは時間差がある。
なので、ここの主は燕打の存在を知らなかった。

「姉者は何故、この戦に協力するのを了承したのだ?」
「そりゃ、二人に会えるからと教えられたからだよ。半信半疑だったけど、会えるのであれば少しの希望も捨てたくなかったの」
「燕打は甘えたさんだからねえ」

髭切に、いいこいいこと頭を撫でられれば懐かしい感触に目を閉じる燕打。昔もよく、こうやって兄上に頭を撫でてもらったなぁと思い出し笑えば、髭切と膝丸は不思議に燕打を見る。

「昔に戻ったみたいだなぁって思ってねえ。膝丸には身長を抜かれちゃったけど、まだまだ私もお姉ちゃんなんだよっ」

神格を持ち始めの頃は、膝丸の方が小さくて髭切と同じぐらいの身長だったはずだが顕現してみたら二人共立派な成人になっていたのだ。
驚きはしたが、一目見た瞬間懐かしい霊力のお陰で直ぐに兄妹だと分かったが。

「姉者は何時までも俺の姉者だぞ」
「燕打は何時までも僕の妹だよ」

口を揃えて言う二人にまた嬉しくなって。自分と変わらずに思い続けてくれていた兄妹によく分からないむず痒さを覚えて、下を向けば二人はまた笑って頭を撫でてくれた。

「ふふっ、照れちゃったんだねえ」
「姉者、可愛いぞ」
「もう…人の心って難しくってよく分かんない…」

顔が熱くなってしまっているのを隠すために誤魔化すように髭切に抱き着けば、膝丸も便乗して燕打の背中に抱き着いてきた。

「珍しいね、弟」
「久方振りの姉者なのだ、甘えてもいいだろう。兄者」
「僕にも昔みたいにそうしてくれて構わないんだよ?」
「そっ、それは…!見た目的に…なんというか…」

髭切の言葉に困惑したように言う膝丸に、不思議に思い髭切を見上げたら目の前にいる髭切がおでこに唇を当ててくれる。昔も良くやってくれたおまじないだ。

「膝丸は昔みたいに兄上に触れないの?」
「うん、困ったものだよねえ。僕は構わないって言ってるのに」
「だっ、だから…見た目的に…短刀でもあるまいし…」
「粟田口の彼…なんていったかな?あそこの弟達は兄によく抱き着くじゃないか」
「膝丸はもう、昔みたいに仲良くしてくれないの?」
「ぐっ…あねじゃ…」

背中に頭を擦り付けてくる膝丸。顔を見ようかと思い後ろを振り返ってみるが、自分の背に顔を埋めてしまっているため表情が良く見えない。はっきりしない膝丸に、むぅ…として髭切から手を離せば、今度は膝丸の方を向き顔を上げさせた。

「恥ずかしいの?おまじないしてあげるから、恥ずかしくないよ」

先程、髭切にやってもらったように膝丸の額に唇を寄せれば逃げるように片口に額を擦り付け抱き締められる。「お戯れが過ぎるぞ、二人共」と恥ずかしそうにするものだから、髭切と燕打は目を合わせて微笑み合った。





数日が経ち、本丸にも慣れてきた頃。本日は初出陣の日だった。殆ど最高練度組と組まされていたこともあって無傷で帰ってきた燕打を部屋で出迎えてくれたのは、もちろん兄妹である髭切と膝丸だ。

「姉者、おかえり」
「燕打、おかえり」
「うん、ただいま」

内番服で出迎えてくれた二人は、何やら机で作業をしていたようだ。

「出迎えができず、申し訳ない」
「いいよ、二人共何かしてたんだよね?」

膝丸が申し訳なさそうにしながら、燕打から刀を受け取り二人の刀と同じように、刀掛けに置いてくれる。服を脱がしてくれるのでそれに甘んじて身を任せながら言えば髭切が「御守りを作っていたんだよ」と小さな布を見せながら教えてくれた。

「御守り?」
「姉者に差し上げる物だ」
「ちょっと前にこの本丸で流行ったんだよ。僕達はお互いの物を持っているから、燕打にも作ってあげないとと思っていたんだよね、肘丸」
「膝丸だ、兄者。」

髭切の手元を見れば、指先が赤くなっている。慣れない裁縫で針を刺してしまったのだろう。内番服に着替えた燕打は、髭切の側へ寄って針を持っていない赤くなってしまった指先を口に含んだ。

「ふふっ、ありがとう」

消毒をしている、という意図を組んでくれたのか髭切はお礼を言って燕打の額に唇を寄せる。燕打の服を整い終えた膝丸も髭切の横に座れば、小さな紙に筆で何かを書き始めた。

「膝丸は何をしているの?」
「これは、御守りの中に入れる護符だ。姉者を守るように、と」

達筆な字で書かれた護符を見れば、膝丸の想いが伝わってきて。自分も二人に御守りを作りたくなってしまった。

「わたしも作りたい」
「姉者、ならこの護符に姉者の文字を書いてくれぬか?」

流石弟である。これを見て、燕打も作りたいと言うのを見越していたのだろう。護符を二枚渡され、筆も渡され想いを込めて文字を書く。
二人が無事に帰って来れるように。もう離れ離れにならないように、と。
そして自分の霊力を込めれば、御守りの中身は出来上がりだ。

三人でせっせと御守りを作っていれば、いつの間にか時間は経っていたようで。

「これで終わったぞ、兄者。姉者」
「えへへ、これで離れていても二人を感じられるねえ」
「燕打と棚丸がくれたなら、怪我はして帰れないかな」
「膝丸だ、兄者。俺も嬉しいぞ、必ずや二人の元に帰ってくると誓おう」

三人で出来上がった御守りを見ながら、必ずここに戻ってこようと誓い合った。
この暖かくも穏やかな、我ら兄妹が集う本丸へ。






END

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