ドン!

砂煙が舞い上がり、灼熱の火花が散る。黒軍敷地外、正門のすぐ前で「それ」は息を巻いていた。警戒心を強く持った黒軍の学生兵たちは「それ」から距離をとった地点に引き下がる。

「あんなのは見たこともない」
「そりゃそうだよあんなのをそう易々と見てんならお前の世界どーなってんだよ」

そんな会話をよそに、影がのそりと動く。学生兵たちは眉根を寄せ、呟いた。

「こいつ、まだ動け、」


***


「は〜あ。この炎天下の中、僕を戦場(ここ)に引きずり出すなんて、あちらさんもいい趣味してるね。」

ガチャコ、ばらばらばら。

無機質な音を立てて、空の銃弾が地にばら撒かれた。敷地内に埋め立てられた森林に紛れて息を潜めるのは、黒軍参謀────烏鷹 慄だ。
じりじりと焼けるような日差しをよそにして、無線に通信が入る。

『おい!烏鷹!目標は沈黙を決め込んでいるのか!?入電はこまめにしろと言ったろうが!』
「うるさいなぁ、大声出さないでよね、おチビさん」
『減らず口がきけるようなら無事とみた。「それ」の攻撃回避率は?』
「それ僕に言わせんの?」
『訓練を怠ったか?烏鷹』
「ハッ、「アレ」を沈黙させる前にお前を沈黙させてやろうか」

ニヤリ、と不敵に笑った矢先だった。森林にけたたましい轟音が響く。それは「轟音」というべきか、「声」というべきか、判断しかねるものだった。
烏鷹 慄は怖気づかない。烏鷹 慄にとっては相手がどのようなものであっても、黒軍を攻撃するならば「ゴミ」に等しい。

『……今のは』
「藤風、聞いてる?報告する。手持ちの銃弾での攻撃は当たるけどかすり傷程度。狭範囲での回避率が高いから接近戦は望ましくない。だから本部に待機させてるウィットフォードを下げて。広範囲でドカンと一発やった方が多分まだマシ。銃弾切れそうだから一旦退避する。よろしく」
『了解した。勇史、烏鷹の命と引き換えにした情報を軍議の報告書に。』
『ち、ちはるくん、烏鷹くんはまだ』
「後で覚えてろよどチビ」

ブツ、と通信を切る。
慄は耳栓を取り出して装着する。退避の準備を整えて、太腿に取り付けていた────スタングレネードを目標に向かって投擲した。

「これで、捕縛は無理でも少しは怯んでくれるでしょ」


***

「黒軍が謎の襲撃?」

それは英語の授業の時だった。
蝉の声が響く教室で、東常縁 椥が素っ頓狂な声を上げた。そんな椥に答えるように英語担当教員の滝が補足する。

「ああ、まあ詳しい情報はまだ来てないから、各々の班にあとで詳細が来るだろうよ」
「……はーい。」
「授業中寝るなよー」
「……」
「そこは返事しろ〜東常縁」


***


「っていう話が今日の一限にあったんやけど、デュースはなにか聞いとる?」
「んー、僕の方だと朝に骸さんから風の噂で〜って程度かなぁ」

いつもの溜まり場と化した保健室。
デュース・ウィットフォードはドーナツを齧る。購買で売っていて死ぬ物狂いで手に入れた夏季限定のメニューである。
デュースとしては、黒軍の話なら
黒軍の特記戦力であるエルマー・ウィットフォードの名がほぼ必ず出てくると思っていたので少し意外なところだった。

「或堵先輩の方はなんか聞いとりますー?」
「……。いや、騎馬兵隊の方でも、今聞いた話と…特に大差はない。」
「あ、でも。朝の暗部軍議の時、瑠樺さんは「ウィットフォードが話に上がらないならばあの下衆参謀が何か…」みたいなこと言ってましたねー」

昼休みなので各々昼食やおやつを食べながら話が進む。
或堵は、塩鮭弁当をつつきながら「いつも口数が多いデュースだが、今日はやけに喋る」と感じていた。
椥は百面相を繰り返し、購買の焼きそばパンを食べている。

がら、と保健室の引き戸が開けられる音がした。
三人は音のする方向に目を向けるとそこには「ここにいたか」と言わんばかりの顔をした碧月 骸と朔城ちよこがいた。

「あれ?ちよこちゃんどうしたの?」
「別に。たまたま…ここに来る途中でここにくる予定だった彼と一緒になったから、付いてきただけよ」
「骸は何しに来たんよ?軍議は朝やったんとちゃうの?」
「俺はデュースにだよ。─────
ウィットフォードに、拘り過ぎんなって言いに来ただけだ。」
「ヴッ」
「執着は、時に視界を狭めるからな…戦闘中に視野が狭まるのは、……そう、命取りになる」



***


「各軍を裏切って離反した奴らが反政府軍を構成、ね」

どこか覇気のない瞳で薄暗い室内の死角に潜み、訝しげに呟いたのは情報収集活動に勤しんでいた赤軍の五十嵐薫人であった。
薫人は潜入を専門としている「一騎当千」の戦力であるため、その気配遮断は並ではない。

(どうもキナ臭いな。赤軍基地で各軍の離反者リストを漁ったがどれも戦力としては並───それも、赤軍(うち)の量産型クローン体の1%にも満たない。そんな残党で構成されてるのに黒軍があそこまで襲撃を許すか?)

薫人は微かに埃くさいその施設で思考を巡らせていた。
施設の中はあまりに静かだ。念の為裏口と思われる場所から潜入したが、それにしても人が少ない。「まるでそこに誰もいない」かのようだ。
「潜入したこの施設は敵拠点としちゃハズレだったか?」と薫人が考えていた時だった。

ギィン!

静寂を劈いた、強く鋭い金属音。
こちらの方に寄ってくる足音。

(なんだ!?)

薫人は反射的にレイピアを構えた。
が、見えたのは────この潜入任務に援護として付いてきた赤軍量産型クローンのバグ個体、検体番号〇七一五だった。
─────彼の額からは、血が流れ出ている。

「薫人!悪い、しくじった!」
「その傷…!」
「話は後でな!俺はスタミナあるし、この怪我は心配しないでいいけど、退避した方がよさそうな状況だぜ、これ」

先程の金属音と怪我を負った〇七一五の言葉に薫人は頷く他なかった。
誰もいない────そう、いないはずの施設内を、彼らは走る。奔る。
風を切りながら、薫人は口を開いた。

「で?何があった?」
「何があったも何も、まあ俺がしくじったのをきっかけに襲撃されただけだけどよ」
「だからその相手の情報をだな、」
「説明したとこでこの人数じゃ状況は変わらねェ。「アレ」は─────「俺」と似たようなニオイがするからさ。」