サラシバ


ある朝、主の受難。


 ある日、清々しい朝のこと。

「あるじさまーっ、おはようございますっ」
 今剣がパタパタと駆けてきた。
「おーう、おはよう、いまちゃん」
「ぼく、きのうおべんきょうしたんですよ」
「へぇー、えらいねぇ」
 頭をなでくりしてあげる。今剣は、えへへ、と気持ちよさそうに笑う。
「それじゃあ、あるじさま、おかおをこちらへ」
「なぁに?」
 言われるまま、今剣に顔を近づける。と、彼はさらに近づいた。そして

 ちうっ

 ほっぺに、ちゅう。
「いいいいいいいまちゃん?????」
「えっへ☆」
 目的を果たしたらしい今剣は、満足げスマイル。
「ぼくのきもち、つたわりました?」
「え、あ…はぁ」
「よかった! これからもよろしくおねがいしますっ」
 そして、来た時のようにパタパタと走り去った。

 清々しい、朝だ。

 何だかよくわからないが、とにかく私は朝食をとるべく広間へ向かった。
「あ、おはようございます!」
 途中の廊下で、緊張した面持ちの平野に会った。
「おはよー、ひらのん。どうした、コワイ顔して」
「主君! …失礼します!」
 固く目を閉じて、ぐいっと迫る。
「うおうううううう待て待て待て待て待て待て平野よ君の身に何が起きた!」
「お願いします! ぼ、僕を拒まないでください!」
「いや拒まないけど拒ませろ!」
 平野を無理やりひっぺがし、なんとかパーソナルゾーンを確保する。
「主君、僕じゃ…駄目ですか?」
「わーーーーっ、わかった! そんな目で人を見るんじゃない!」
 ある人は言った。右の頬の次は、左の頬を差し出せと。
 諦めて少しかがむ。
 ひどく不器用に、平野の唇が頬に触れた。
「ありがとうございます!」
 いや、なぜお礼。
 もういいや、さぁさぁ、朝ごはん食べよう。
「あ、いたいた、あるじさぁーん」
 乱、秋田、前田、五虎退、厚、そして乱に引っ張られて薬研。
 朝食に迎えに来たにしては人数が多い。
「じゃ、ボクからね」
 最早、有無を言わせぬ展開だった。
 乱→秋田→前田、と次々に近付いては私の顔にキスをする。
 ずいぶん楽しそうだな、君ら…。
 そして、ずいっと厚が進み出る。
「…ーーーーーーーっ」
 その顔は赤く染まり、息をしているかどうかも定かではない。
「あー…、厚?」

「っああああああ! 俺にはできねぇえええええっ」

 くるりと背を向け走り去った。
 …大丈夫か、アレ。
「あーあ、しかたないなぁ。じゃ、次、五虎退ちゃんね」
 乱がにっこにっこしながら五虎退の肩をおす。
 なんかこの子もかたまってっけど。
「あの…僕……すみませんっ」
 ぎゅうっと目をつぶり、口を一文字に結ぶ。

 間。

 えー…と、これは…。
 一同を見回す。
 頷き返される。
 私は自ら、ゆっくりと頬を近づける。

 ぴとっ

「あの…主様、僕……」
 頭に乗った子虎を持ち上げ、反対の手で頭をなでる。
「よし、じゃあ今度こそ朝食だ」
「まだですよ、主君」
 前田、秋田に両脇を固められた薬研の姿がそこにあった。
「俺は…」
 何もごもごしてんだ薬研。
「あー、そろそろ訊いてもいいかな、これって」
「駄目ですよ、五虎退だって頑張ったんですから」
 頑張ることなのかこれ、そして主の話はスルーかこら。
「いや、しかし…」
「あのこれってなんの」
「主君も待ってますよ!」
 んー、それはどうだろう。
「…わかった」
 色白な頬がうっすらと上気している。ずいっと近付き、薬研はそっと、こめかみのあたりにキスをした。
 …………………………………何こいつ予想外に優しいキッスやだはっずかしいいいいっ!!!!!
 思わず自分の顔を両手で覆う。
「あ…悪い、大将。大丈夫か?」
 何あやまってんのこの人!
 
 どどどどどどどどどど

「え、何の音」
「あるじさあああああああああっん」
 愛染が…走ってくる!
 私は迷わず逆方向にダッシュした。
「待って待って待って! なんで逃げるんだよ!」
「逃げるわ! 前歯が折れる予感しかしねぇ!」
 しかしこれはどっかで撒かないと、付喪神とかけっこして勝てるとは思えん…!
 よし、向こうの廊下に出て、そっからああ行ってこう行って

 がばっ

 横から突然現れた影に、部屋に引き込まれた。影は私を抱えたまま、さっと戸をすべらせて閉じる。

 ばたばたばたばたばたばたばたばた
「あるじさああああああああんんっどぉこだあああっ」

 走り抜けていく愛染。
 …何だかよくわからないが助かった。
「もう、大丈夫かな?」
 誰かと思えば、光忠だった。
「助かったよ、みっちゃん。ありがとう」
「どういたしまして」
 にっこり微笑み、
「こういうのは、やっぱり二人っきりの時じゃないとね」
 と言った。
「本当はもうちょっと、雰囲気がほしいとこだけど。今回はまぁ、仕方ないかな」
「えー…っと」
「じゃ、どこがいい?」
「は?」
「ほっぺたは多分、短刀クンたちがしちゃっただろ? そうなると、おでこかな?」
「みっちゃん???」
「それとも、もっと別の場所がいい?」
 耳元でささやくなああああああああああああっ
 私が硬直していると、光忠はくすくす笑い、可愛いなぁ、と呟いた。
 頬に熱が上がる。
 光忠は私の前髪を、そのしなやかな指で優しくはらう。ゆっくりと顔を近づけ、ふっと笑いかけてから私のおでこに唇を寄せた。
 なんだろうこいつ、いい匂いする…。
「今回は、このくらいで勘弁してあげようかな」
 だからっ 耳元でええぇっ
「これからもよろしくね、主殿」
 光忠はいたずらっぽく笑い、戸を開けた。
 私はどうしていいかわからず、へらりと笑い返す。
 こ、…これで朝ごはんに向かえる、かな?

 廊下に出て、元来たところを戻る。愛染との追いかけっこで広間は通り過ぎてしまっていた。
「おー、いたいた」
 朗らかに声をかけてきたのは土方沖田組。
 新手来たー…。
「ねぇ、兼さん…ほんとにやるの?」
「ったりめぇじゃねぇか」
 兼定と堀川が私の左右に回り込む。
「いちおう訊くけど、…何?」
「主さん、じっとして」
 反射的に堀川を見る。
「あー…、ほりくに、だいじょぶ?」
 顔、真っ赤ですけど。
「大丈夫です! そんなに見ないでよ…これで結構、恥ずかしいんだから」
 やばい…これはある意味、直視できない…。
「まだぁ? 俺たち待ってんだけど」
「そうイライラすんなって」
 言いながら、兼定は私の頭をがしっと上からつかみ、向きを直す。兼定の手が私の頭をしっかりと抑え込んでいる。
 私の視線の先には、加州と安定。その背後で光忠が微笑んでいる。
 なんじゃこりゃ。
 拷問か?

 と、左右から土方組が同時にほっぺちゅう。

 土方組よ…私を挟んで何してるんだ。
「僕たちはどうしよっか」
「さぁねー、とりあえず、誰かがベタベタ触ったとこにするのは嫌かな」
 さもどうでもよさそうに加州が言う。
 いや、どうでもいいならやめませんか。
 兼定の手が離れ、私はようやく自由になる。
「うーん、じゃ、僕はここにしよっかな」
 ひょこっと目の前に立ち、ちゅっと軽く、鼻の頭にキスをした。
「なんかやっぱり…ちょっとだけ照れるね」
 きみはそれでいいかもしれないがあさめしまえにでくわすやつでくわすやつちゅっちゅちゅっちゅされまくってるわたしはどうなのかねどーーーうなのかねぇっ
 そんで安定の隣で首をかしげている加州。
 んんん? 悩むくらいならしなくていいけど???
「きーめた」
 加州は私の肩を軽く掴み、首元に顔をうずめた。首筋に、噛みつくようなキス。

「っっっっっっっっっっ!!!」

「あれ、どうしたの。感じた?」
「っさいわああああああああああああああっ」
 反射的に。襟首つかんで巴投げしてしまった。反射的に。反射的に。

 どすっ

「…あるじ……ひどい」
「清光君、大丈夫?」
 堀川が加州を助け起こす。
「あはは、主は照れ屋なんだねー」
 相方、のんきに笑ってるし。

 全く…なんて朝だ。

『おぉ、ここにおられましたか主殿!』
 見れば本丸内動物枠担当その弐、鳴狐の姿。
「鳴狐はどっちでするの? やっぱり本体?」
 なんかその須く主にキスをするのが当然みたいな言い方やめてもらえませんか。
「ここは当然、本体だろ?」
「狐くんは代理だからね」
『主殿、鳴狐も是非接吻をと申しております。失礼してもよろしいでしょうか』
 よろしくはないが、ここで拒むのは…もうなんかここまでくるといじめでしかないもんなぁ。
「もういい、好きにしろ」
『では、失礼いたしますぅ』
 仁王立ちで待ち構える私の前へ、進み出る鳴狐。

『ちうっ』
 狐が言ったのと、鳴狐の狐な手が私のおでこに刺さったのは、ほぼ同時だった。

 …………………イラッ

 がしっとその手を掴み、がぶっとくわえてやった。
「!!!!!!!!!!!!」
『主殿、何をなされますか、ご乱心〜〜〜〜っ』
「うるへーーーーーっ」
 くわえこんだまま怒鳴る。
「あ、主さん! 落ち着いて」
「おひふいへいあえうあーーーーっ」
「何言ってるか全然わかんないよ!」
 狼狽える堀川。
「あぁ、もう兼さんも手伝って!」
「え? 俺?」
「おー、やってるな!」
 ひょっこりと顔を出したのは、獅子王。
 まだ来るか。まさか本当に全員来るんじゃなかろうか…。
「…て、主、なんで鳴狐の手なんかくわえてんの?」
「っさい。お前も私に用か」
 鳴狐の手を解放する。
『鳴狐? 鳴狐、大丈夫ですか?』
 余程のダメージだったらしいな。膝から崩れ落ちた。
「あー、そうそう、俺も参加しとかないとってね」
 もういいよ…矢でも鉄砲でも持って来い。
「たしか、アレだろ? こうするんだろ?」

 反応する隙もなし。
 獅子王は何の躊躇いもなく、真正面から唇を重ねた。

「ま、これからもよろしく頼むぜ、主!」
 …何が起きた。
「ん? あれ、どうしたんだ? みんな固まっちゃって」
「そりゃ固まるよ! 獅子王君、いま、だって、えぇっ?!」
 堀川が混乱している。
「あぁ…先越されちゃったなぁ」
「やるねぇ、彼」
「本人、わかってなさそーだけど」
「飯行こうぜ、飯」
「ほら、ね」

 がしっ

「ん? なんだよ」
「…獅子王よ、とりあえずどういうことか訊いてもいいかな」
「どういうことって…あぁ、さっきのか。だって今日、接吻の日なんだろ?」

 …は?

「敬愛の情を接吻に込めるって。昨日の夜からなんかみんなして騒いでたから、俺も参加しよっかなーって」
「…………言い出しっぺは」
「さー、俺よくわかんねーけど、吉行が詳しそうだったぜ」

「むつあああああああああああああんのやろぉほらふきくさってからにぃぃいいいいっ!!!!」
「わーっ、主さん! 落ち着いて落ち着いて!」
「…死んだな、吉行」
「あはは、なんだか大変なことになっちゃったねー」
「さー、朝ごはん朝ごはんー」


 私はその日、朝食を食べたかどうか、全く覚えていない。



(おしまい☆)

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