黒衣のキューピッド


「…興味深いですね」
黒衣の運び屋は、その少女を見るなりそう呟いた。
HONKY-TONKに入ってきた異様な男の姿に、カウンターに座っていたモリは思わず息を呑んだ。
「あの、なにか…?」
「失礼しました。私は運び屋をしている赤屍蔵人といいます。…貴女が美堂君のパートナーですか」
どうなんだろう。モリは内心で少し首を傾げた。
パートナーとは、少し違う気がする。仕事仲間かもしれないが、蛮のパートナーは間違いなく銀次だ。
仕事以外でも、蛮のパートナーは銀次しかいないだろうと思う。いつも、彼らは二人一緒だ。
まあ…恋愛とか、そういうのではなくて。
なら、その恋愛的な面では。
そこが、わからない。彼は私を抱く。抱くけど、愛してるも好きだも言われたことはない。
私が彼に思慕していることを実は知っていて、同情してくれているのかもしれないな、とモリは思った。
少なくとも、明確にパートナーなんて羨ましい間柄じゃない。
「蛮さんのパートナーは、銀次さんしかいません。私は、ただの…仕事仲間です」
言って、少し惨めな気持ちになった。わかってはいたけれど、なんだかひどく切ない。
「…そうですか。失礼しました」
赤屍は、柔和でありながら背筋に何かしら冷たいものが走る笑みを浮かべると、わずかに顔を伏せ、思案するように何か呟いた。
「ところで、あなたは優秀な護り屋さんだとか」
「い、一応…護り屋をしています」
優秀、とは程遠いけれど。
そう謙遜したモリに赤屍は緩く口元に笑みを浮かべ、モリの言葉を訂正した。
「謙遜なさる必要はありません。あなたの護り屋としての腕は、裏新宿では有名ですよ」
「そんな…」
赤屍の言ったことは正しい。
彼女自身あまり自覚はないようだが、仕事の依頼も頻繁に来るし、“あの”赤屍蔵人が称賛染みたことを口にしたのが何よりの証拠だ。
「先ほどはすいませんでした。その噂の護り屋さんが、こんな可憐な少女だとは思いませんでしたので」
本当はそれだけが理由ではないのだが、赤屍はそれを言うつもりはなかった。
美堂蛮が大切にしている相手、と聞いていたからてっきりヘヴンのような妙齢の女性をイメージしていたわけだが、体つきは女性でも、まだあどけなさの残る表情が少し予想外だったのだ。
けれど、それは誤解だったらしい。きっぱりと本人に否定されてしまった。真実はともかく事実だけを見るなら、彼女は美堂蛮や天野銀次の仕事仲間であり、優秀な護り屋だということだ。
「……あなたの力を見込んで、お仕事をご一緒させていただきたいのです」


─────『殻(シェル)』
人はモリの能力をそう呼んだ。
自分の最大半径2メートルまでのところに球体状のバリアを作り出すことができ、彼女を攻撃し傷つけようとする敵意や悪意はすべて弾かれ、依頼の品を護り通す。
正に護り屋に相応しい力だ。
ただ、残念なことにこの力は常に受け身でしかなく、奪い屋を始めとする敵が現れたときは、根本的に解決することができる術をもたない。相手が諦めるのを待つしかないのだ。
それを思えば、あの赤屍蔵人と組むということは危険が伴うとしても、相当に助かる。いつも組むGBは、生憎しばらくの間自分たちの依頼に出ていたから、モリには赤屍の申し出を断る理由がなかった。
報酬も条件も申し分ない。少女であろうと、護り屋としての彼女はプロだ。
「よろしくお願いします」
「私もあなたとのお仕事は楽しみですよ。詳細は後程仲介屋さんから…では」
それだけ言うと、運び屋は姿を消した。
そのやりとりを見ていた波児はため息をつき、だが何も言わなかった。少女のことが心配なのだろうが、裏新宿を生き抜いてきた“プロ”の仕事にとやかく口を挟む権利はない。
「モリちゃん、ご注文は。コーヒーかい?」
「コーヒーは苦いから嫌です。えっと…ミルクティーを」
できるのは、こうして少女らしく振る舞う彼女の時間を作ってやることだけだ。

しばらくして現れた仲介屋は、例のごとくヘヴンだった。
「あらモリ、珍しいわね」
「何が、ですか?」
ヘヴンを見留めたモリは、ティーカップから口を離して一礼すると同時に首を傾げた。
それを見て、ヘヴンは苦笑気味に答えを返す。
「GetBackersの二人と組まないなんて、初めてじゃない?」
「…流石に、初めてじゃないですよ。でも確かに、すっごく珍しいことですね」
しかも相手があのドクタージャッカルだなんて。
ヘヴンはモリの強運とも凶運ともとれる巡り合わせに、この少女の行く末が心配でならない。プロとして付き合う分には、頼もしい限りではあるが。
「依頼人は……」
ヘヴンからもたらされる情報を、モリはしっかりとその頭にインプットした。聞いた分ではそう危険な仕事の感じはない。
博覧会の展示品を護り目的地まで運ぶという、比較的表に出る仕事だ。世間に表面化する以上、裏の者が手を出しにくいと考えれば…。
だけど、それだけなら───
「ジャッカルがわざわざあなたと組もうと思うぐらたいよ。…注意した方がいいわ」
慎重に。モリは小さく頷いた。

仕事は無事終わった。
正に懸念通り、赤屍に恨みをもつ多くの奪い屋らしき者が現れたが、全員瞬殺。
あんまりその数が多いせいで僅かにうんざりとした表情を浮かべた赤屍をみとめて、途中からモリは彼の傍に付き“殻”の力を使った。
自分たちの攻撃は何一つ通さないことと、赤屍蔵人の傍らに立つ少女が有数の護り屋だと悟った彼らの多くは早々に撤退してくれたわけだが、それでも向かってくる者は容赦なく赤屍によってメスの錆にされてしまった。一々殺さなくても…と思ったが、相手から向かってきているのでモリは何も言えない。
「助かりましたよ、モリさん」
「い、いえ…私こそ助けていただいて。ありがとうございます」
帰り道を赤屍の運転する車で“運んで”もらいながら、モリは頭を下げた。
あの赤屍蔵人の車に乗るなんて!と初めは戦々恐々としたものの、よく考えたらいざという時は自分の能力で自分自身を護ればいいのだ。そう考えて、大人しく赤屍の車に乗った。
「ん…」
しばらくして。
力を使いすぎたのだろうか。なんだか眠たくなってきた。モリは懸命に瞼を持ち上げて睡魔と格闘する。だが、無駄な抵抗に終わりそうだ。
「どうぞ。眠っていただいて構いませんよ」
本格的にうとうとし出しだモリに気づいた赤屍は、薄く笑ってそう言った。
意外に優しい人だ。と霞む意識の中で率直に思って、モリは頭を下げる。
「すいま、せ………ん」
お言葉に甘えさせてもらうことにしよう。
モリは深い眠りについた。
その行為のせいでどんなことになるかも知らずに。


「んぁ、ひあぁッ……ふ、ぇ?」
甘い刺激に、モリは目を覚ました。薄い暗がりの中、視界に入るコンクリートはアパートの見慣れた天井。自分のベッドに寝ているのはいつも通りのこと。
「やっと起きたか」
降ってきた声だけがイレギュラーだった。
そして、今のモリの状態も。
「蛮さん?どうし……はぅぅ!」
「お仕置きだ。何にもわかってなかったみたいだからよ」
どうやら蛮は怒っているらしい。
今のモリの状態は、あまりにも羞恥を誘うものだった。両手をまとめて布で縛られ、生まれたままの姿でベッドに縫い止められている。
理由はわからずとも状況を理解したモリは、懸命に身を捩り、抵抗した。
「や、ぁっ!…蛮さん離してぇッ」
「離さねぇ。どうしても嫌だって言うなら、テメェの力で俺を弾けよ。…赤屍にしたみてぇに」
「ふぇ……赤屍、さん?」
どうして蛮さんがドクタージャッカルのことを?
私が彼に、何かをした…?
さっぱり言葉の意味を理解していないモリの様子に、蛮は苛立ちを隠すことなく舌打ちする。
それを聞いてモリは怯えたように身を竦め、そんな様子を見て蛮はまた苛立つ。
「あ、ンっ」
今度は舌打ちではなく、噛みつくような荒々しいキスがモリに降ってきた。
押し入ってきた熱い舌がモリの口内で暴れまわる。怯えたように奥で縮こまる舌は無理矢理吸出され、蛮のそれと激しく絡みあった。
「…んっ、ふ……ッ」
無理矢理口内を蹂躙されているにも関わらず、モリの体は舌を愛撫される度に震え、甘い疼きを憶える。
下腹部───子宮が疼くのだ。
「はぅ、ン…」
ちゅぅっ、と大きなリップ音を立ててようやく唇が離される頃には、モリのすっかり抵抗心も溶かされていた。
それに何よりも相手は蛮だ。モリには拒み切れるはずもない。
「まだわかんねェか」
「…蛮さん?」
キスでぼんやりとした頭には、その質問は抽象的だった。普段のモリならいざ知らず、今の状態では意味の断片すらわからない。
困惑するモリに、蛮もそれに気づいたようだ。
「聞き方変えるぜ。俺はモリの何だ」
「………仕事、仲間…です」
無理矢理絞り出した声は、どこまでも嘘だ。けれど「好きな人です」などとは、口が裂けても言えない。
蛮は優しい、本当は誰よりも優しい。言えばきっと困らせる。
モリは、そう思った。
しかしそんな考えに反して、蛮は不機嫌に拍車をかけられてしかいない。苛立ちをぶつけるように、目の前で揺れるモリの柔らかな乳房を鷲掴んだ。
「モリは俺の、仲間じゃない。俺は、モリを同業者だとかなんだとか、そういう風に思ったことは一度もねぇよ」
「い、あっ…痛っ…蛮さん痛いですっ」
鷲掴まれた胸に鈍い痛みが走る。けれどもっと痛いのは、蛮の言葉だ。自分は、自分で思っているよりも蛮から遠い存在だったのだと、モリは解釈した。
モリの瞳から、堪えきれなかった涙が静かに零れ落ちる。
「お前、勘違いしてるだろ」
モリの瞳から溢れる雫を唇で舐め取りながら、蛮が呆れたように言った。
「チッ……いいかモリ、一度しか言わねぇからよく聞いとけよ」
「ふぇ…蛮さん?」
サングラス越しの瞳が、真っ直ぐにモリを捉える。その言葉が嘘偽りなく真実であることを伝えるように。
「俺は、モリを愛してんだよ。仲間とかそういうんじゃねェ、愛しい女としてお前を見てる」
「う、そ…だって、私なんて…!」
「いい加減にわかれよ!…お前が赤屍の車の助手席で無防備に眠りこけてんのを見たとき、俺がどれだけ…ッ……何でもねェ!」
自分の言葉を信じようとしないモリに声を荒げた勢いで、思わず言いかけてしまったのは、らしくない嫉妬心だ。モリも驚いて言葉を失っている。
そんな状況に耐えられなくなった蛮は、自らも服を脱ぎ捨て、性急に挿入を開始した。
「おい、力抜け…挿入るぜ」
「あっや、待っ…はうぅぅぅッ!」
「き、つ…力抜けっつってんだろ…!」
ぎゅうぎゅうと異物を押し返そうとする力は、まるで食い千切られそうなほどだ。なにしろモリが眠っている間に少し慣らした程度でしかない為、蛮の大きすぎる肉棒を受け入れるには準備が不十分だった。
「い、あッ…ひあっ、やああぁっ!?」
れろり、と蛮の舌がモリの乳頭を舐め、口に含んでちゅくちゅくと唾液を絡ませる。また右手では一番敏感な肉芽の包皮を剥いて、それを捏ね回した。
ぐちゅんっ!
溢れだした蜜で滑りの良くなった秘処に、太く逞しい肉棒が奥まで突き刺さる。
「ば、蛮さっんぁッ!らめ、そんなにたくさん…ひぃやぁああっ」
「モリのイイところ全部攻めてやるよ。二度と馬鹿な勘違いしねェようにな」
性感体という性感体を嬲りながら、蛮は何度も腰を打ち付ける。
逃げ出せないようにと縛った両腕で懸命にシーツを掴むのを見て、モリを無理矢理犯しているような気にもなった。だがそれは、モリに伝えたいことの対極にあるべき行為でしかない。
「手はシーツじゃなくて俺の背中だ。爪でも立ててろ」
腕の戒めを解いてやれば、恐る恐る、けれど確かに、モリは蛮の背中に腕を回してきた。
「いい子だ」
ご褒美だと言わんばかりに、硬く張り詰めた肉棒でモリの中を突き上げる。そのたびに降りてきていた子宮の入り口が、熱い男の精を求めて先端に吸い付いた。
「ひあっ!蛮さんのおっきぃぃ…んぁああっやめ…奥はだめッだめえぇぇ!」
「あぁ、モリは子宮口が一番イイんだったな。安心しな、今しっかり犯してやるからよ」
ぐちゅん!ぐちゅんっ!とストロークがより深く重厚なものになり、最奥まで肉棒が突き刺さる。
「あ゙ーっ!?らめ、それらめえぇぇッ」
「蕩けた顔しやがって…」
蛮は開きっぱなしのモリの口の端から流れ落ちる唾液を舐めとり、そのまま唇も舐めあげる。するとそれを合図にしたかのように、モリの膣内が細かく震えはじめた。
絶頂を迎えようとしているのだ。
モリの瞳からは快楽による涙が溢れ出し、蛮の嗜虐心を一層煽る。もっと泣かせたい、と思わさずにはいられないほどに。
「お仕置きだって言ったよなぁ?」
ピタリとあれほど激しかった律動が止まった。
あと一歩で達するところだったモリは、危うくどうしてを口に出しそうになる。蛮に、はしたない女だと思われたくないと思って、咄嗟に口を噤んだ。
「イきてぇか?」
「ち、違っ…ンぁッ」
「違わねぇな。まんこがきゅうきゅう俺を締め付けてくるぜ?」
だが体は正直すぎるほどに反応を示してしまう。そんな様子に、蛮はあっさりとモリの気持ちを看破した。
「イきたかったら、もう一度さっきの質問に答えろ」
「し、しつも…ンっ」
語尾に疑問符を付け、モリがくてり、と首を傾げる。相変わらず一挙一動が蛮の欲を誘っていることに、モリは気づいていない。
蛮は今すぐ律動を再開したい気持ちを抑え込み、モリにもう一度問うた。
「俺は、モリの何だ。…本当のこと言わねぇと、しばらく悪夢(ユメ)見てもらうことになるぜ」
蛮の瞳は本気だった。
これでもうモリは本心を口にするしかない。
「蛮さんは…私にとって、ひンっ…い、一番大切で……や、ぁ……だ、大好きなひ…やあぁぁぁん!?」
「可愛いすぎんだろーが、てめぇはよォ!」
言い終わらない内に腰を打ち付けられ、モリの告白は途中で矯声に変わった。
モリの細腰を掴んで、蛮は夢中で腰を打ち付ける。
「らめえっも、イっちゃぅぅ…もうらめらよぅぅ…!」
「いいぜ、イけよ」
ずぶぶぶぶぶぶっ!
蛮は抜けるギリギリまで肉棒を引き抜き、一気に腰を打ち込む。自身で子宮の入り口を抉じ開け、先端を中にねじ込んだ。
「ひ、ぐ…ッ!?」
あまりの衝撃に、モリの頭は真っ白になる。
「い、イっちゃ…あ、ァァ!蛮さぁんっいやあぁぁぁああ!?」
「ッ…出すぜ、モリ!」
「ま、待っへぇ…ぇああああーっ!」
びゅっ、びゅうううぅぅぅッ!
モリの絶頂に合わせ、蛮も自身の熱を解放した。勢いよく放たれた熱い精が、モリの中を満たしていく。
「へ、ぁぁ…熱いぃ……ふぇ、蛮さん?」
「…モリに俺のこれからをやる、だからお前のも俺に寄越せ」
快楽に蕩けていたモリの瞳が、蛮の言葉に反応して大きく見開いた。次いで、嬉しそうに眦を下げる。
多分いや確実にこれは、プロポーズだ。
「蛮さん、大好きです…」
「ンなこと、最初から知ってるぜ」
蛮は照れ臭そうに笑いながら、モリを力強く抱き締めた。

「あの…ところで」
「なんだよモリ」
蛮に甘く首筋に吸い付かれながら抱き締められていたモリが、不思議そうな声を出した。首筋から顔を離した蛮は、モリの次の言葉を待つ。
「私、赤屍さんの車で寝ちゃってたはずなのに…」
「あぁ、そのことか」
モリの口から赤屍の名前が出たことに顔をしかめながら、蛮はモリの疑問に答えた。

家の前でモリの帰りを待っていた蛮は、赤屍と鉢合わせた。何事かと観察していると、驚いたことに助手席にはモリが乗っているのがわかった。慌てて車に駆け寄りながら、蛮は赤屍への激しい怒りを込み上げさせる。
例え仕事であったとしても、(認めるのも癪だが)赤屍の技量を持ってすればモリの力を借りずに依頼を為せるはずだ。それをわざわざモリを連れていくだなんて、手を出したも同然だ、と。
「おいクソ屍、なに人の女に手ェ出してんだ」
「おや…美堂君ですか。私に、そんなつもりはありませんが」
サラリと蛮の怒りを受け流した赤屍は、眠るモリを助手席から抱き降ろそうとする。
反射的に蛮の口からは怒号が響いていた。
「触んなっ!モリはテメェが触ってもいい女じゃねぇ!」
「随分彼女にご執心のようですね………恋人ではないのに」
赤屍の声音がやけに静かに蛮の耳に届いた。飄々としたからかうようなトーンではなく、心の底から疑問を持っているような。
それに気づいた瞬間、蛮の声音もまたやけに静かになった。
「恋人、じゃない?…モリがそう言ったのか」
「えぇ、はっきり仕事仲間だと彼女は教えてくださいましたよ」
ずっと、恋人だとかそういう密な間柄だと思っていた。
だが、赤屍の口が伝えたモリの考えは、蛮の想いを全く理解していないものだったのだ。
「ところで、悪いのですが彼女を運ぶのを手伝っていただけますか」
呆然とする蛮をよそに、赤屍は淡々と言った。
「美堂君に言われる間でもなく、私ではどうやら彼女に触れられないのですよ」
ほら、こんなふうに。
モリへと伸びた赤屍の手にはめた白い手袋が、モリまであと10センチというところでバチリと火花が散り、黒く焼け焦げる。モリの能力に違い無かった。
「彼女は無意識に、私を危険なものだと認識しているようですから」
「で、恋人でもねぇ俺に運べと?」
「できませんか」
蛮の神経を逆撫でするように、赤屍は挑発的な言葉を選ぶ。
そしてもちろん赤屍の狙い通り、挑発されて黙っているような蛮ではない。
赤屍を脇へ押しやり、モリの体に手を伸ばす。と、驚くほどあっさり蛮の指はモリの体に触れた。障壁などどこにもない。
そのまま膝の裏と背中に手を回してモリを横抱きにすると、蛮は赤屍を振り返ることもなくモリの部屋へ歩みを進めた。
「二度とモリに近づくなよ」
「さて、ね…」
背中越しにバチバチと殺気を充てあいながら少しずつ離れていき、赤屍もまた夜の闇に紛れるようにしてその場を立ち去っていった。
赤屍のような男に関わらないように、蛮はモリにわからせることにした。そして、蛮がモリをどれほど想っているのかも。
という具合で、今に至る。
「いいかモリ、二度と赤屍に近づくんじゃねぇぞ」
「蛮さん…心配、してくれてるんですか?」
「ンだよ、しちゃ悪いかよ」
言いながら蛮は、心の中で心配じゃなくて嫉妬だと訂正した。
不貞腐れた様子は照れ隠しだ。
「い、いえっ!あの…嬉しいです。蛮さんがそんな風に思ってくれて…」
はにかむモリに、蛮もつられて笑みをこぼす。
そんな幸せに浸りながら、モリは思った。
もしかしたら赤屍にはすべてお見通しだったのではないか、と。
すると彼は、恋のキューピッド役を買って出たのか、否か。モリの脳裏に、真っ黒なハートの矢をつがえる赤屍の姿が浮かんだ。…シュールだ。
「モリ、何笑ってんだ?」
「なんでもありません。ちょっと、変なこと考えちゃって」
真相は黒い運び屋の胸の内に───。


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