ショートカット
「ショートカット、可愛いよな」
昼食に出掛けていた午前11時。突然長い私の髪を見ながらザップがつぶやいた。「意味わかんない」と流したけれど思ってたよりもダメージは大きかったみたいで、事務所に帰ってからも自分の髪が気になって仕方がない。
好きな人に自分とは真逆のタイプが好きと言われる女の子の気持ちが分かるだろうか。好きとまでは言ってないけど、あれはそういうことだ。ザップのせいで全く仕事が手につかない。
「…ショートってどう思いますか」
「どうした、髪でも切るのか?」
「いやあ、多分切らないですけど…」
なんだそれと笑われる。目の前で書類整理をしているスティーブンさんに聞いてみても意味がないのは分かっているが一応、だ。そもそも生まれてこのかたショート何てしたことがない。あれは可愛い子がする髪型だと思っていたし、今でもそう思ってる。
髪を見ながら悶々と考えていると窓からチェインが帰ってきた。こんな時は同性に助言を願うのが正解だ。私よりも年上だし、なんか人生経験多そうだし。
「チェイン!」
席を立ち帰ってきたばかりのチェインの手を強く引き部屋を後にする。強引に手を引く私の名前をチェインが何度も呼ぶが今は構ってられない。このままじゃまともに仕事出来るわけがないのだから!近くのカフェまで来て向き直り、意を決して口を開く。
「髪!切ったほうが…いいかな?」
「はあ?」
開口一番、私でもいきなり連れ出されてそんなことを言われればチェインと同じ様に返すだろう。慌てて「あのね」と経緯を一から説明する。ザップの名前を出すたびに引いた顔をするチェインは少し面白い。
「あんたあのクズのどこがいいの?」
「クズって…まあクズだけど」
「人の恋心にケチつける気は無いけどさ、相手があの銀猿って言われると…うーん」
眉間にシワを寄せて大袈裟に悩む姿に思わず同意してしまいそうになる。
「でも、結構良い所もあるんだよ」
「それ騙されてない?」
「あと何て言うか…こう、かっこいいし」
目の前でチェインがあーあという顔をして溜息をつく。言いたいことは分かる。けれど言わない彼女の優しさに甘えて言葉を続ける。
「笑うとね、ちょっと可愛いの」
少し間があって、チェインが口を開いた。
「…とにかく髪切る切らないは自分で決めなさいよ。短くしたからって振り向いてもらえるってわけでもないでしょ?」
「うっ、それは確かに…」
「んーまあ、私は長いほうが好きだけどね」
美人に見つめられてそんなことを言われればときめいてしまう。「じゃあね」と余計な話しが始まる前に彼女は姿を消した。カフェに入り頼んだコーヒーが今さら届く。自分の分を飲み干してお代を置いて席を立った。
ドアベルの音に反応して店員さんが「ありがとうございました」と口を揃えて言う。さてどうしたものかと歩いていると見覚えのある銀髪を見つけた。幸か不幸か、神さまは随分意地悪だ。
「よお、苗字。なにしてんだ?」
私が気が付くのと同じタイミングでこちらを振り向いたザップが人混みを避けながら声を掛けてきた。あなたのせいで悩んでるんですなんて言えるはずもなく、「なにも」と笑って答える。実際なにもしていないし、出来てないのだから嘘ではない。
「ザップは?」
「アンジェラのとこに行く途中」
聞いたことある名前だ。確かチェインの友人だった気がする。遠くから1度見かけたことがあるが小柄で髪は短くて、可愛い子だった。
「あー、ショートカットの子…」
「なんか来てくれって言われてな」
上手く笑えているだろうか。
「もう手出したの?早いなあ、チェインにまた怒られるよ」
目を合わせられない。バカみたいだよなあと思いながら「怒られても知らないよ」何て笑う。いつものことだと、好きになる前から知っていたことだと自分に言い聞かせる。
早くこの場から消えたい。
下げた視線を戻せない。
「なあ、そういえばお前髪切んの?」
その言葉にびっくりしてザップを見れば、それが普通だとでも言うように自然に私の髪に手を伸ばした。「番頭と話してるの聞いた」と、私の髪を触りながら答える。少し顔が熱い。
「失恋?」
「違うし切らないよ」
「なんだ、心配して損した」
「心配じゃなくて好奇心でしょ」と軽口を叩きながらザップの手を払う。ああもう、心臓がうるさい。
「違えよ!本当に心配したんだって!それにお前は長い方が可愛いよ」
「なっ…あほなこと言ってないで早くアンジェラの所行きなよ!じゃあね!」
多分私の顔は真っ赤だ。見られない様に髪で顔を隠しながら逃げるように手を振る。緩む頬を手で押さえてチェインに電話を掛けた。
ショートカット
(後からそんなこと言わないで!)