help me!

 

「良い天気!そうゲーム日和だ!そうは思わないかね?苗字・名前」

にんまりと笑顔を見せ、楽しそうに私に話しかけてくる男の名前は"堕落王"フェムト。朝食を作りながら怪物を作るこの街の立派なイカれた住人だ。

「聞いてるのかい?」
「聞いてないです、聞きたくないです」
「ん〜もう!冷たいなあ!」

何を言っても歯を見せて笑う彼は本当に気味が悪い。今朝、事務所へ向かう最中、何者かに眠らされたかと思うと、目覚めた時にはここにいて椅子に縛り付けられていた。もちろん目の前には堕落王。今日ほどHLを呪ったことはない。

「そんなことより早く帰してください!」
「言っただろ?僕を愉しませてくれたら無事に安全に、何ならお土産付きで返すって」
「あなたならライブラが慌ててるだけで楽しいでしょ?じゃあもう私を誘拐した事実だけで充分じゃないですか!」

キッと睨みつけても嬉しそうに笑うどころか頭を撫でてきた。全くもって意味が分からないの一言に尽きる。

目が覚めて始めに言われたことは「愉しませてくれるかい?」だった。突然の出来事に声も出せずにいると彼は満足そうにビデオを回し始めた。内容は、私が彼を愉しませることが出来たら丸々無事に安全に、お土産付きで返すといったライブラに向けてのビデオメッセージだ。絶対に帰ったら馬鹿にされる、怒られる、ネタにされるの三重苦が待ってる。そもそも本当に無事に帰れる保証はないのだが、それでもどっちに転んでも嫌だ。

「あのさあ?何か勘違いしてないかい、君」

私の目の前に椅子を置き、正面に腰掛け足を組む。余所行きですと言わんばかりのキチッとした服装に唾でもかけてやりたい。

「ライブラなんか眼中にないね!僕が愉しませて欲しいのは君だよ、君ぃ!そこんとこ分かんないかなあ」
「…全く」
「これだから思考を放棄した馬鹿なヒューマンは困るよ。あのさあ?もう少し頭を使って考えるってこと出来ないわけ?」
「なっ…!その馬鹿なヒューマンに楽しませてくれってふわふわしたアホみたいなこと言ってるのはどこの誰なの!!」

売り言葉に買い言葉。つい自分の置かれた状況を忘れて普段のように軽口を叩く。ちょっと血が特別なだけで対して戦闘も索敵も出来ない私が取る行動としてはマイナス100点。バットエンド最短ルートといったところだろうか。それでもこの堕落王の笑顔を少しでも歪ませてやりたいと思うほど腹がたつのだ。

「そうだなあ〜〜、じゃあこうしよう!僕が今頭に浮かべた言葉を言えたら解放しようじゃないか。シンプルで簡単なゲームだろう?ああ!もちろんズルなんてしない」
「しない保証がどこにあるの」
「信用無いなあ〜〜!紙に書いて君の足元に置けば保証出来るだろ?まあ僕はどっちでも構わないんだけどね」

「拒否権がある立場じゃないだろう、君」と文字通り私の足元を見る。始めようと胸ポケットからメッセージカードを取り出し私に見えないようにそれを折り畳んで足元に投げ置いた。そうだ、私には拒否権が存在しない。素直にゲームをするのも癪だが、今は素直に従うほかないのだ。分かっていても腹の立つ笑顔をしている。ビデオメッセージはそろそろライブラに届く頃だろうか。

「クラウス達が辿り着くのが早いか、私が答えるのが早いか、どっちだと思う?」
「君は本当に強気というか、アホというか」
「無敵って言ってちょうだい」
「そうだね、見ていて飽きないよ」

頬に触れようとする堕落王の手を顔を仰け反り避ける。一瞬笑顔が曇った気がするが、気のせいでなければ嬉しい。

「堕落王、朝食は取った?」
「その呼び方、好きじゃないなあ〜〜」

「フェムトと呼んでくれ」とあくまでも自分のペースでゲームを進めようとしてくる。嫌な奴だ。

「…フェムト、朝食は取ったの」
「寝起きにベーコンエッグを自分で作って焼けるまでの間に空いた左手で超高性能瞬間睡眠薬を調合したよ」

その睡眠薬には今朝心当たりがある。まあ朝食は食べたらしいし恐らく食関係は外して良さそうだ。まあ、自分で作るのは驚いたが、そもそも薬と一緒に料理をする人に食に執着はないだろう。彼は簡単と言ったがこんなイカれた堕落王の浮かべた言葉を当てろなんて難しいにもほどがある。

「今って楽しい?」
「愉しいけどそれは違うなあ〜〜」
「楽しませたら帰してもらえるんでしょ?ゲームに勝てばなんて言われてないもん」
「惜しい!無い脳みそをフル回転させて頑張ったんだろうが残念だなあ〜〜!僕が頭に浮かべた言葉を当てれたら解放するとも言ったんだよ!忘れちゃったのかな?」

本当に腹の立つ笑顔だ。

「ああ、でもそうだなあ〜〜。君のお友達たちがこっちに向かってるみたいだし出血大サービス!僕は偏執してるんだ」
「…アリギュラ?」
「何でそうなるのかなあ」

今まで笑顔だった堕落王がため息をつく。ちょっと心外だ。偏執といえば"偏執王"アリギュラで何がダメなのだろう。それともドグ・ハマー?ブローディー?最早何が何か分からない。ヒントのせいでますます分からなくなった気がする。

「君にだよ、君」

だから何だと頭を抱えていれば遠くの方で大きい音が聞こえた。きっとクラウス達だ。にたあっと堕落王に笑顔が戻る。何がそんなに楽しいか分からない。チェスで言うところのチェックメイト状態じゃないか。

「ゲームセットみたいだね」
「オーバーでしょ、堕落王の」
「やだなあ、フェムトだよ。フェムト」

帽子を直し服に付いたシワを伸ばして立ち上がる。私の足元に投げ置いた紙を膝の上に置き直し耳元で囁いた。

「じゃあね、楽しかったよ」
「なっ…!」

文句を言おうとしたその瞬間縄が解かれ、それに気を取られたほんの僅かの隙に目の前から堕落王は姿を消した。さすが堕落王とでもいうのだろうか。辺りを見回して誰もいないのを確認した後、膝に置かれた紙を手に取り開けばそこには"またね"の3文字が書かれていた。


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(偏執する堕落)


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