体温上昇中
蝉の声が聞こえる。こんな普通ではない世界でも夏は暑く、こんな高いビルの中でも蝉の声は届くんだなあとソファに仰向けになりながらギルベルトさん特製アイスキャンデーを頬張れば、デスクから声がした。
「お行儀が悪いぞ」
くるりとうつ伏せになり、ソファの端からちらりと声の方を見れば書類を片手にPCを打つスティーブンと目が合った。へへっと笑って取り繕うがその目は冷ややかだ。
呆れてため息をつくスティーブンは夏にも関わらず涼しげで、世の女性はこの伊達男に騙されるんだろうなあと思いながら寝返りを打つ。もちろんわざとでは無い。再度怒られる前に座り直そうとしたのだ。が、変なことを考えていたせいで滑り落ちたのだ。決してソファの幅を忘れていたとかそんなことではない。アイスキャンデーを食べ切っていたのが不幸中の幸いだろうか。
「っいた!」
「何してるんだ!全く君は…」
「うぅー、膝がひりひりする…痛い」
赤くなった膝を抱えて泣きべそをかく。デスクで頭を抱えて、呆れ果てているスティーブンを涙目で見つめる。クラウスだったらもっとちゃんと心配してくれるのに。
「はあ、待ってろ救急箱を取ってくる」
溜め息をついて席を立つ。今日はよく溜め息をつかれる日なのかもしれない。
カタンっと机の上に救急箱を置き、中から消毒液とガーゼ、絆創膏を取り出し手際よく手当てをしてくれる。紳士的というか何というか、器用に足に触れない様にする辺りいかに女性を普段から意識しているのか分かる。あーやだやだ。そもそもスティーブンが声を掛けなければ怪我なんてしなかったのだ。べっと舌を出してやりたい。
「何だその顔」
「…別に、器用だなあって」
「絶対もっと嫌なこと考えてただろ」
簡単に見透かされ言葉に詰まる。これだからこの人は嫌なんだ。すぐ人を見透かす。
「ほら、またその顔」
「あーーもう!放っておいて!」
手元にあったソファの上のクッションを投げつける。小さい子供をあやす様に「やめるんだ」と諭されるのはとても不愉快だ。私だって大人なのに。
「暑いんじゃなかったのか?そんなに暴れたら更に暑くなると思うが」
「何か言い返してみろよ」と言わんばかりににたりと口角を上げる。ああ、もう!うるさい。蝉の声もいい加減うるさい!
じんわりと滲む汗に髪がへばりつく。せっかく楽しく涼んでいたのにこれでは台無しだ。ギルベルトさんからもう一本アイスキャンデーを貰ってこようと立ち上がる。
「どこに行くんだ?」
「スティーブンさんのせいでまた暑くなったからアイス貰いに行くの!」
「行儀が悪い自分が悪いんだろ」
「それにギルベルトさんは出掛けてるよ」と嫌味っぽく目を合わせずに言う。そういえば午後から買い物に出掛けると言ってた。まだしばらくは帰ってこないだろう。
「あーもう!エアコンは壊れてるし、ギルベルトさんは居ないし、もうやだ!」
「ツェッドはいないのか?」
「いない!ランチに行ったもん」
はははと怒る私を見て笑う。床に座り込んだままおいでと手招くスティーブンさんの胸に飛び込む。ひんやりとした空気が頬に触れ気持ちがいい。
「何だ、思ったより素直だな」
「うるさい!暑いの!」
「いつもこれぐらい可愛げがあればなあ」
スティーブンの顔は見えないが私の頭を撫でながら笑ってるに違いない。可愛くなくて悪かったなあと文句を言う代わりに強く抱き締める。心臓の音が近い。
「そんなに強く抱きつかれたら痛いよ」
「…暑い」
「僕も人間だからくっつけば体温が伝わるに決まってるだろ?ほら」
剥がされるがまますんなりと後ろに回していた手を緩める。私も彼に騙されているのだろうか。時折掠める思いが胸をちくりと刺す。可憐なレディーでもなければ彼に相応しい大人の淑女でもない。そもそも大切にされている気になってるだけで、スティーブンは私のことを本当は好きでは無いのかもしれない。こんなことを考える私は嫌な奴だなあと自分を恨む様にスティーブンの胸元を睨みつける。
「その顔、気に入ってるのかい?」
私よりはるかに大きいその体を屈めて顔を覗き込む。笑う顔も無駄にかっこいいから嫌いだ。顔を背ければふと壁に掛けてある時計が目に入った。時刻は午前11時46分。
「…あれ?」
「怒ったり悩んだり忙しいなあ」
「ねえ、確かギルベルトさんは午後から出掛けるって言ってた気がする」
けれどまだ午前11時。もしかすると私がギルベルトさんの所に行こうとした時はまだ11時にすらなっていなかったかもしれない。
「ああ、そうだが…もしかして本当に気が付いてなかったのかい?シャーロット」
確認しないのが悪い癖。常々そう言われてきたがこれは本当に悪い癖だ。困った様に笑うスティーブンをキッと睨んでさっき投げつけたクッションを再度投げつける。
「嘘つき!最低!女ったらし!」
「痛い痛い、いや、てっきり分かってるんだと思ってたんだ!まさか本当に気が付いてないなんて思うわけないだろ!」
悪かったと懇願するスティーブンの顔めがけてクッションを投げる。上手く受け止めてしまうのがまた腹が立つ。
「つまんない嘘つくな!」
「悪かった、でも君が甘えたいからわざと騙されたフリをしてるもんだと」
「なっ…!」
スティーブンの言葉に顔が熱くなる。
「さっきだってよく分からない事で怒って拗ねてだろ?分かりにくいんだよ、君」
「拗ねてない!スティーブンがすぐ女の人を匂わせるようなことするから…!!」
「ああ、ヤキモチ!本当に分かりにくいな」
墓穴を掘るとはこのことだ。スティーブンの笑い声が更に恥ずかしさを煽る。分かりにくいなんていいながら簡単に見透かしてるんだからタチが悪い。
「〜〜っ!アイス貰ってくる!」
スティーブンから離れようと立ち上がる。振り向いた瞬間手を引かれ、よろけてスティーブンの膝に逆戻りする様に背中から倒れ込んだ。後ろから抱き締められては身動きが取れない。耳元でスティーブンが囁いた。
「俺が嘘をついた理由は考えないのか?」
体温上昇中
(思考回路はショート寸前)