染める
久しぶりに連絡があった。"これから行く。"来たのはたったこれだけの文字なのに、心が躍ってしまうあたしは心底馬鹿な女だと思う。
数十分後、ガチャッとカードキーを差す音が聞こえて小走りで玄関へと向かうと、ドアが開いたその先には愛しいゲンマの姿があって。
髪、切ったんだね。前に会った時よりも少し痩せたかな。煙草をくわえながら入ってくるのは変わらないね。
何から話そう、なんて考えてるあたしをよそに、いつのまにか煙草を吸い終えたゲンマは靴を脱いであたしの頭を少しだけ撫でると、言葉を発さないままリビングへと足を進める。あたしも慌てて追いかけると、振り向いたゲンマと目が合った。それまで無表情だった顔がくしゃっと笑顔になって、心臓がどきりと音を立てる。
「…忙しねー奴。」
「えっ、ごめん…。」
「謝んなよ。…そんなに俺に会いたかったか?」
そう言いながらネクタイを慣れた手つきで解いて、どかっとソファーにもたれるゲンマから目を離さずにいると、視線に気づいたのか、ポンポンと自分の隣を軽く叩いてこっちに来いと合図される。素直に横に腰を下ろすと、今さっきソファーを叩いていた手はあたしの腰にまわった。何となく視線をその手にやると、左手の薬指に、控えめに光る指輪が見えた。気にしないようにしていたから気づかなかった。いつもは外して来てくれるのに…。なんだか急に現実に戻された感じがして、じわり、と目に涙が溜まる。
「…あー……悪い。今外す。」
「うん、大丈夫…。シャワー浴びてくる。」
「……こっち来い、ななし。」
立ち上がって浴室へ向かおうとすると手を掴まれて、そのままゲンマの腕の中に引き寄せられた。その衝撃で溜まっていた涙がぽろっと溢れて、じわじわと少しずつゲンマのワイシャツを濡らしていく。久しぶりに会ったのに泣き顔なんて見せたくなかったな、なんて頭の片隅で後悔しながらも、一度溢れた涙は止まる事を知らないみたいにどんどん出てくる。ごめん。ぼそっと、頭の上から降ってきた弱々しい声。ずるいなあ、そんな声出されたら責められないじゃないか。首をふるふると横に振ると、優しく顎を持たれてクイっと上を向かされる。そのまま、お互いに顔を寄せてチュッと短いキスをしたのが合図みたいに、しつこいほどに唇を合わせた。会えなかった時間を埋めるみたいに、お互いの気持ちを確かめるみたいに、何度も何度も。
「…っ、はぁ…ッ、」
「は…っ、シャワー浴びる時間、勿体ねーな。…ベッド行くか。」
「うん…っ、」
………
情事が終わって、2人でベッドに寝転ぶ。ほら、ここ。と自分の胸をトントンするゲンマにゆっくり近付くと、そのままグイッと引き寄せられて、その手であたしの顔にかかった髪を優しく払う。あの後すぐに外してくれた指輪の痕とか、着ていた服から移った柔軟剤の香りとか、目の前に映っているゲンマはあたしだけを見てくれているのに、ちらちらと奥さんの影が見え隠れしてまた涙腺が緩む。気付かれたくなくて背中を向けようとすると、それを阻止するみたいに思いっきり抱きつかれて、身動きがとれない。
「ななし?……もうすぐ、離婚できそうだから。」
「………うん。」
「もう少しだけ待っててくれるか?」
聞き飽きた台詞なのに今日もまた少し期待してしまって、そんな自分に嫌気がさす。分かっている。どれだけ期待しても、どれだけ待っても、ゲンマが奥さんと別れる事なんてないに等しいんだ。本当は仲のいい夫婦だって事も、全部、全部知っているのに。
好き、と言って口づけをするゲンマを受け入れながら、ぽたり、とまた一粒涙を流す。
染まる
(元の色には戻らないのかな。)
(ゲンマ、好き。)
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