傷モノ









怖がっているときに、
いつもより静かになるのはまさの癖だ。

「ほんとにいいの?」
座る横顔に、そっと話しかける。
「うん」
「別に、無理に合わせようとしなくてもいいんだよ?」
反抗期の娘をなだめる母親みたいだ。
「…俺が決めたことだから」
その目は意外と据わっていて、
手は耳にかかる髪の毛を掻きあげた。
「…怖い?」
「ちょっとね」
「肩の力抜いて、手ぇ震えてる」
耳に囁いて、少し笑みをこぼす。
震えて握られた拳に優しく手を添える。
「じゃ、いくよ?」


ばち


指に力を入れた。
音が、肩の震える姿と同時に響いた。
思ったより無機質な音だ。

針が刺さって、多分、細胞が壊れた。
今日、俺はまさの身体に傷をつけた。

(お父さん、お母さんごめんなさい)
誰に懺悔するわけでもないが、
自分が共犯者になった気分だ。
愛されて育った23年間の白い身体。

まさの綺麗な横顔が耳から頬にかけて
赤くなったと思ったら、
くらりと首をもたげ、黒に陰る。
やわい耳に、透明のピアスが不格好だ。
(…ピアスを開けると、)
耳が、敏感になる。
まさの傷ついていない右耳を、ゆるく触る。
「っ……ひっ……」
肩が怯えるように大きく震え、
下を向き、前髪に隠れた瞳が
淡い電球の光を映しだして揺れた。
「…まさ?」
様子がおかしい。触れようとしていた
耳の近くの手を髪にそっとあて、撫でる。
肩どころか手の震えもひどく、
浅くはやく息を繰り返す。
「大丈夫か?」
椅子に座ったまま動かない、
思わず目を閉じる人を抱きしめた。
確かめて、前髪に触って、
下から目を合わせる。

「こ、こわ、こわかった…」
やっと合った視線は、涙を大きな目にいっぱい溜めながらか細く俺のパーカーの裾を握った。
「だから無理すんなって言ったのに…」
落ち着け、とパーカーに触れるTシャツ越しと、背中に当てた手から感じる鼓動を感じながらなだめる。

「だっ、て」
ぐずぐずに融けた声は、
ゆるく俺の耳元で崩れた。
「また、いっしょに居れなくなる、から」
服の灰色を涙で濃く濡らしながら、
震える声で耳の赤さのわがままを訴える。
「湧、に、少しでも、っ…」
離れていくであろう手を、からだを、
たったひとつの穴で繋ごうと、彼は言う。

「…分かった。」

『ピアスなんかじゃなくても、
心はそばにいるだろ』
甘く甘く輝くロリポップを唇に、
そんなふうに言えたらいいんだろうけど。

(口角が、上がる)
ああ、嬉しい自分がいる。

この真っ赤な耳に、
いつか黒を深く掬ったピアスを通して。

軽くキスをして、おまじない。

「よし、よし。まさはいい子だね。」
しゃくりあげる背中を撫でたら、
俺のパーカーを握る力が更に強くなった。

なんて、俺の彼氏は健気なんだろうね。

ごめんね、と言いたい気持ちで俺は死にそうになるよ、ほんと。

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