夏氷、光








やらかい膨らみになだらかな線。
ロリポップを含んだ甘く高い声。
華奢な足首、まとった花の香り。

グリッターを身にまとったような人達に、
彼は目を奪われるのだろうか。


夏氷、光


「お待たせ致しました!ご注文をどうぞ!」

テーブルの横で、しゃんと伸びた背に
華やかな笑顔にミルクブラウンの毛先が
巻かれたポニーテールが揺れる。
曇天の月曜日、もらったオフに
家にずっといるのもなんだし、とふたりで
部屋の暑さから逃れるようにファミレスへ。

「ドリンクバーをふたつと……」
湧のほうをちらと見ると、
視線はウエイトレスさんの右の胸元にある「シライシ」と書かれた名札では
明らかになく、
白いワイシャツがやや大きめに張った
ふくらみに視線が注がれている。

「…湧!」
小声で呼びながらテーブルの下で
軽く湧の靴のつま先を蹴った。
「っえ、あ、ごめん」
チラ見なら分かるけど、ガン見って。
一瞬合って気まずそうに
逸らされた目を睨めつけた。
シライシさんは困ったように
口元に笑顔を浮かべている。

唇を無意識に尖らせながら、
もう一度メニュー表に目を通す。
「えーと…かき氷のいちごをふたつ。」
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
頷くと顔を上げたシライシさんの
髪の毛がまた揺れた。
「ご注文を繰り返します…………」
甘い声に目を奪われる髪の動きにふくらみ。
窓際の席には真夏をたっぷり含んだ、
真水の海にレモンを1滴垂らしたような光が
窓を貫いて届く。


眩しくて目を細めて、顔を背けた。
湧は眩しい窓の外を見ていた。


---
ふんわりと盛られた淡い白に、
眩しい蛍光色のピンク。
銀のスプーンがピンクの雪に埋もれる。
「……さっきの、見すぎ」
ひと掬いして口を開いたついでに言った。
「ごめんごめん、」
湧は眉尻を下げて笑いながら謝った。
いつもそうだ。
見るな、とは言わないけど、
夢中でいつも目を奪われているから
こっちも裾を引っ張ったり、声をかけたり。



さくさく進む夏氷。
スプーンを埋めれば埋めるほど、
触れて硝子の器に光る色水になる。


(恋なんてそんなもんだ、)

実体があると思って手のひらいっぱいに
掬ってみたらあっという間に溶けて、
それだって甘くて溶けるときだって
幸せだなんて思う。

口に含めばみぞれが下の上で溶ける。
甘い、溶ける、甘い。
「おいしい」
無邪気に顔をほころばせる湧を見て、
心臓の真ん中が糖度を増して緩く凪ぐから、
自分は好きの波の中にいるんだって
また気づいて頭を抱えたくなる。

好きなグラビア女優がいる湧に。
週刊誌の袋とじを綺麗に開く方法を
発見したとかではしゃぐ湧に。
露出の多い女の子の、ミニスカートから覗く生脚にいつまで経っても喰いつく湧に。

(……頭いたい……)
氷の表面をアイスピックでなぞるような、
すぐには引かない、かき氷特有の鈍痛。
「……あのさ、」
残り半分、そのうちの三割は
溶けた器の中を一回かき回す。
「ん?」
なに、とスプーンを咥えたまま
答える間抜けな湧の返答。
「や、なんでもない」
ジンジャーエールを大きく一口飲み干す。
「なにー」
あまりにも歯切れの悪い俺の声に、
湧はほんの少しだけ口を尖らせた。
ひと掬いみぞれを口にしたらすぐに溶けた。


「俺じゃ、だめなの?」

俺じゃ、目を奪われませんか?




一瞬見た瞳は驚いたような表情。
ああ、湧の目が鈍い光を放つ俺を見る。
切れかけの蛍光灯、グリッターなんかには
簡単に蹴散らされてしまう微かな光。
「…こんなこと、俺らしくもないし、」
らしくないのに、それなのに、
恋人に願ってしまったんだ。

光が鈍くて鈍すぎて、でも、
気にしてないようにしながら
湧のこと見てるから、
ちかちか照らしてるから、
こっちのことも見てくれないかなって。
恋の人、実体のない水とシロップ。

「……あー、やっぱり女の子が好き?」
陽がかかった右腕があつい。
心底たくさん空気を吸いたい気分。
こんなこと言わなきゃよかった─────




「じゃあ、俺ずっとまさのこと見るわ」
不純物のない笑顔で湧はそう口にした。


「女の子見る代わりに、まさのこと見てる」
粘度を持った熱さが湧の瞳の底に揺れる。
顔は汗ばんでいるのに背中に冷たさが伝う。
すっかり溶けたみぞれを掬って口にした。
「…っ、」
口の端に零れかけた氷を親指で拭われる。
唇に触れた部分が火傷しそう。


視線を外して、首を窓の方に向けたら、
「…ね、まさ?」
首筋にあつい指先の感覚、笑みを含む声。


自分の淡い淡い願いが、
自分の身を駄目にするものになることを、
たった今自覚した。
目に毒が回って、苦しくなる。


前言撤回。やっぱり、目を逸らしていて。
煌めきに目を奪われたままでいて欲しい。


だってそんな目で見つめられたら、

(溶けそうだ)




うん、と頷きそうになる喉に
炭酸の泡が流れ込んだ



通常運転

「そっか〜まさはそんなに見て欲しかったのか〜」
「…もういいからさっきの忘れて」
「ん〜?まさ〜!!こっち見て!!」
「視線が熱い!!!うざったい!!!」
「じゃあ女の子見ちゃお」
「…ていうか23にもなってガン見ってどうなの?どうしたらそのガン見しちゃう癖は治るの?俺がブラジャーでも付けてればいいの??」
「あっそれいいじゃん!!!!」
「……湧なんて死んじゃえ」
「え〜、萌え死ねってこと??!」
「〜ったくもうバカじゃん……」

この後たくさんちゅっちゅした