XX
※今回男モブキャラ登場します、注意


 銀島がその話を耳にしたのは、本当に偶然だった。


 練習に行こうといつものように渡り廊下を歩いていた時、ふと右肩に違和感を感じて無意識に肩を撫でる。朝はここに何か、重みがあったような――

「あっ!」
「なんや」
「スマン、教室に忘れもんした!」

 先行っとってくれ!と銀島は叫びながら、侑の呆れた声を背に受け元の道を戻る。そうだった、シューズを新しくしたから、今日の練習で慣らそうと持ってきたんやった!
 脳内では、我らがキャプテン北さんが「ちゃんとしいや」と腕を組んでこちらを見るので、さっと顔を青くする。双子ばかり怒っているイメージがある北さんだが、そんなことはなく、ちゃんと平等に他の部員にも言う時は言う。ただ、ほんの少し双子が怒られる回数が多いだけで。
 はよ取りに行って部室行かな、と廊下を走る。稲荷崎の校舎は、1組から順に横に並んでいて、横に長い。バレー部が使用する体育館は、後半クラス側にあるため、2組まで戻るのは少しばかり時間がかかる。ああ、ほんまに、この距離がもどかしい!

「――やねん!なんなんあいつ!」
「おわっ!?なんや!?」

 教室に入った瞬間聞こえた声に、驚きそちらを見れば、帰ったはずのクラスメイトがそこにいた。隣には、違うクラスであるはずの友人――根本がいて、怒りを露わにしている。一体どう言う状況なんだ。
 銀島の声に反応した2人が驚いたようにこちらを見たのも一瞬で「銀島ァ!」と根本がこちらに泣きついてくる。

「ちょ、やめや!俺は今から部活やねん!」
「俺かて部活や!」
「ならはよ行けや!一応野球部のエースやろお前!」

 せやけどお、とメソメソとしている根本に、クラスメイトが呆れたように「振られたんやって」と告げた。なるほど超どうでもいいな!

「誰に振られたん」
「7組のみょうじ」
「みょうじ…?」

 知らない女子の名前に銀島は首を傾げていると、またもクラスメイトがご丁寧に説明をしてくれる。みょうじなまえ、理系クラス唯一の吹奏楽部員らしい。

「あー、えっと、ドンマイ」
「もっと俺を労われや!」
「ええ……?」
「さっきからずっとこの調子やねん」
「やって、俺とみょうじ、同小やし、今クラスも同じやし。いけると思うやん」
「同小なん?仲ええの?」
「いや、中学は離れたしそんな仲よしやないけど」
「ないんかい」

 なら振られるのも頷ける、と銀島は苦笑いを向けた。それより早く行かなければ北さんにどやされてしまう。「俺はもう行くで」と告げた言葉は、根本の「しかもさぁ!」と叫ぶ言葉にかき消されてしまった。

「あいつ、なんて言うた思う!?」
「さ、さあ」
「WどちらさまですかW言うたんや!同小やで俺ら!?」

 しかも今もクラス一緒やん!と叫ぶ根本に、銀島は少しばかり根本に同情した。さすがに好きな子にそんなこと言われたらへこむ。ドンマイ根本。精一杯の慰めに肩を叩く。

「あいつ、昔っからそうやねん!人の名前も顔も覚えてへん!」
「そーかそーか。薄情なやつやなあ」
「そんなやつや分かっててなんで好きになったん?」

 銀島は純粋に疑問に思い、言葉を投げかける。しかし、その瞬間「よぉ聞いてくれたわ!」と目を輝かせた根本を見て、この選択は失敗だったと悟った。

「みょうじは転校生やったんやけど、転校生来る言われてからなんや色々あったみたいで1週間遅れて来た子やってん。やから、みんなどんな子が来るかワクワクしとったんよ」
「ほおん」
「待ちに待ったその日、なんとそこに天使が現れたんや」
「つまり一目惚れか」
「ベタ惚れやん」
「せやねん。小さな頭にぐるっと包帯巻いてて、ほんまに天使の輪っかに見えたわ」
「包帯?」

 当時の状況を思い出しているのか、根本はうっとりとした表情でどこか遠くを見つめている。なんだか聞けば聞くほど不憫に思えてきた。

「そもそも何で包帯?」
「うーん、なんでやっけ。なんか、転校直前に前住んでたところで事故ったとかなんとか聞いたなあ」

 転校の時期遅れたんもそれが理由やったような、と根本は顎に手を当て、当時を思い出しているようだった。

「ところで銀島、部活大丈夫なん?」
「アWッ!!!」

 クラスメイトの言葉に慌てて時計を見る。体育館ではもうアップが始まる頃だろう。慌ててシューズを手に取り「じゃあな!」と捨て台詞のように吐き捨てた。
 教室を後にする頃には、彼らの会話など銀島の頭からはすっかりと抜け落ちていた。

20230309



back