12
「ここ最近事あるごとに練習抜け出してた理由はなんや」

 まあ、こうなるだろうな、とは思っていた。
 合宿が始まって2日。宿舎に入ってすぐの共有スペースで、何人かの部員が部長の前に仲良く正座をしている。部長の隣では、顔を真っ赤にして怒る副部長の姿もある。正座している部員の中には、数日前に廊下でちらりと見かけた部員もいて、私は思わず憐れみの視線を向けた。どうせきっと廊下での会話を有言実行したのだろう。とはいえ彼女たちはサポートをおろそかにしている訳ではなく、あくまで自分達のやるべきことはやって、それ意外の時間で抜け出したのだろうが。

「あ!なまえ!助けてやあ!」
「部長連れてってえ」
「あはは、飲み物買ってきまーす」

 私の顔を見るなり正座していた部員の数人が私に泣きつく。どうせ部長と同パートの私なら、という少しの希望だろう。助けてやりたい気持ちも少しはあるけれど、ギロリと副部長に睨まれてしまえば、私はその場を去ることしかできない。「置いてくんか!」「鬼!」「普段の聖母キャラどうした!」等々聞こえてくるが、それら全てに聞こえないふりをして宿舎を出る。というか聖母キャラって何。もしかして同パートの後輩との絡みを指してたりする?

 自販機へと辿り着くと、そこは明かりも少なく、かろうじて自販機の放つ光が足元を照らす。少し遠くには普段使用している大きな校舎が真っ黒くそびえ立っていて少しだけ気味の悪さを感じた。
 正直私は、ホラーは得意ではない。まだ愛知に住んでいた頃、林の中に秘密基地を作って日が落ちるまで遊び回り、結果道に迷って泣きながら帰ってきたことがあったのだという。当時まだ5歳かそこらだった私は、その頃から怖いものが苦手だったと母は言っていた。

「気味悪…」

 かさりと揺れる草の音にびくりと肩を震わせる。せめてもの足掻きだと出した声は、情けなく落ち、より一層その場に静寂を生んだ。最悪。こうなればさっさと買って帰ろうと自販機の前で立ち尽くしていた体を動かしてボタンへと腕を伸ばす。と、同時に、その横を何かが通っていく。ピ、と音が鳴った時には、すでに私の頭上になんらかの影がさしており、思わず「ひ」と情けない声が出た。ガコン、とペットボトルの落ちる音がしたけれど、私の体は恐怖で固まり動けない。

「やっぱり。みょうじだった」

 恐怖で動けない私の耳が拾ったのは、見知った声で。おずおずと顔を上にあげると、自販機に肩手をつくようにして角名くんが後ろから覆い被さっていた。どうやら私の腕の横を通ったのは彼の腕だったようだ。正体がわかれば、安心したのか私の体から余計な力が抜けていく。彼は私の後ろで中腰になると、私を避けるようにして取り出し口に腕を伸ばし、なんてことないように「どうぞ」とペットボトルを差し出した。

「え、あ、ありがとう…?」
「びっくりした?」
「え、あ、ウン…」

 正直びっくりなんてものじゃない。腰が抜けるかと思った。いや、抜けてないんだけど。共有スペースで怒られている彼女たちを見捨てたからバチでも当たったんだろうか、なんて考えてしまうくらいには驚いたし、今も驚いている。
 角名くんは、そんな私を見て「オッホホ」と独特な笑い声でこちらを見る。固まった私をよそに、小銭を入れて飲み物を購入していた。ガコン、と先ほど聞いた音が再び鳴る。

「一応言っておくけど、偶然だからね」
「え?」
「たまたま飲み物買いに来たら、みょうじがいたからちょっと驚かせようと思って」 
「え、あ、ああ…そう」

 さっきから私、「え」と「あ」ばっかり言ってる気がする。会話らしい会話ができずにいると、角名くんは気にしていないのかそれに触れることはない。

「みょうじって昔から怖がりだったじゃん」
「…そう、だっけ」
「俺の記憶上そうだったけど。今は違うの?」

 どうみても確信犯な問いに、私はぐっと言葉を詰まらせる。ここまでビビっておいて「怖くありません」なんて言えるほど私は肝が据わってはいない。ここで否定したってあの手この手で逃げ道を塞がれるのがオチなのは目に見えている。

「す、角名くんも合宿だよね?」
「そ。てか、そっちもでしょ?」
「うん、そうだよ」

 練習試合続きで疲れた、と角名くんは自販機にもたれかかるように座りこむ。ぐ、とペットボトルの中身を飲み干して、そういえばとこちらに視線を向けた。

「吹奏楽部っていつまで合宿なの?」
「16日までだよ」
「ふーん」

 そっちから聞いてきたくせに、肝心の角名くんはさほど興味がないのか、世間ではヤンキー座りなんて呼ばれる座り方をしながら、ぼうと自身の伸びた影を見つめている。そこから続く会話などなく、居心地が悪くなった私は、帰ろうと足を動かした。

「あの、さ」

 動かした足は、そこからもう1歩を踏み出すことなく、角名くんの声とともに砂利の音を響かせた。「どうしたの?」とペットボトル片手に首を傾げると、角名くんは「あー」だとか「うー」だとか、まるで先ほどの私のような声をあげている。

「その、部員で行ったりするの?」
「え?」
「明後日の夏祭り」

 角名くんの言葉で、ああと思い出す。そういえば、この合宿中に近くで夏祭りがあるんだっけ。まだ合宿が始まって2日しかたっていないというのにすっかり忘れていた。

「ううん、行かないと思う。基本、合宿中は校外に出るの禁止なの」
「あ、そう…」

 なぜか少しだけ残念そうな顔をする角名くんに首を傾げつつ、「角名くんは?」と聞いてみる。バレー部も合宿中だし、行かないのだろうという意味での問いだった。

「あー、行こうかな、と、思ってた」

 しかし、思わぬ答えに、私は思わず「えっ?」と言葉を返す。え、合宿中、だよね。戸惑った私の心の声が聞こえたのか、「バレー部は合宿中そこまで制限ないから」と角名くんは自身の後頭部を掻いた。

「でもいいかな。練習で疲れてるし」
「合宿中ずっと動いてるんだよね?私には絶対無理」
「なにそれ。吹奏楽部もあんま変わんないじゃん」

 いっつもあの大きい楽器に息吹きかけてるんでしょ、と言った角名くんの表現がなんだか面白くて、まあねと笑う。

「あ、そうだ。みょうじ連絡先教えてよ」
「え?」
「自販機まで怖いだろうから、今度から一緒に行ってあげる」

 そういってヒラヒラとスマホを振る角名くんがなんだか面白くて、私は思わず「なにそれ」と吹き出した。角名くんは、私がそんなに笑うと思わなかったのか、びっくりしていたけど、それに気づかず私は「じゃあお願いしちゃおうかな」と頷いた。お互いに連絡先を交換し、じゃあねと手を振り別れる。はっと我に帰ったのは、自室に戻って後輩から「遅かったですね」と声をかけられてからだった。

20230328



back