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「明日の練習なんやけどな、早めに切り上げることにしたわ。てことやからお前ら、夏祭り行ってこい」

 顧問が突然そんなことを言い出したのは、角名くんと自販機で出会った夜が明けてすぐのことだった。突然のことに、「ええ!?」とその場にいた全員の声が合致する。
 あの夜こってりと絞られた彼女たちの行動は、当然顧問の耳にも入ることになったらしく、「まあ…ウウン…そりゃ高校生やからなあ……」とそれはそれは渋い顔で顎を撫でていたのたという。コンクール時期は特に鬼になる顧問も、長年思うところがあったらしい。今年のコンクールメンバーの調整が安定しているという理由もあってか、「お前らのこと信じてるからな。今年は特別やで」と笑って言った。ちなみにこの台詞には正直じんとくるものがあったし、感動して泣いている部員までいたのだが、余談である。

「みょうじ」
「はい」
「いい思い出にせえよ」

 去り際に顧問は、私に向かってそう言った。「あ、はい」なんて気の抜けた返事を返す私にフッと笑って、顧問は「1時間パー練や。早よいけ」といつも通りの顔で声を張り上げた。楽しみが原動力になるとはよく言ったもので、心なしかいつもよりテキパキと動く部員に元気だなあと思いつつ、遅れを取らないよう準備を始める。

嬉しさの反面、どこかもやりとする心には気づかないふりをした。


△▼△


「わたあめ!」
「いーや、かき氷やろ!」

 練習を終え、祭り会場に向かうと、右も左も人だらけだった。この地域では大きなお祭りということもあり、どこの道も混み合っていた。行き交う人々は皆さまざまに祭りを楽しんでいる。「なまえは!?」「射的」「なんでや!」なんて噛み付く彼女たちも、心なしかいつもよりも丁寧に髪を結い上げていた。
 各々買いたい屋台に並び、人の流れに沿って歩いていく。行き交う人は、地元住民も多いが、どことなく稲荷崎生が多いような気がした。というより、吹奏楽部員のほとんどがお祭りに来ているようだった。

「あーあ。私、赤木先輩と回りたかったわあ」
「ウチは銀島くん一択や」

 そう言って項垂れる彼女たちの在籍クラスは1組で、宮治と角名くんと同じだ。「宮兄弟じゃなくて?」と、最近知った「宮兄弟はモテる」という噂のもと彼女たちに聞いてみたものの、彼女たちは揃って首を横に振る。モテると噂の宮兄弟も、同級生からの評判はそうでもないらしい。「あんなん見かけだけや」「詐欺や詐欺」と彼女たちは笑い飛ばしていた。

「あ、噂をすれば侑と治や」
「げえっ!隠せ隠せ!盗られてまう!」

 宮兄弟は山賊か何かなのか?
 慌てて先ほど購入した食べ物を隠す彼女たちが面白くて笑っていると、その声に気づいた彼らは「おー」と片手を挙げて寄ってくる。

「みょうじさんやん」
「宮くん」
「の?」
「…侑?」
「……正解や」

 正解したというのに悔しそうにする宮侑に首を傾げる。「間違うたら屋台の食べもん奢らせるつもりやったのに」と当たり前のように言った宮侑は、「つうかサム!お前食いすぎやねん!」と隣を歩いていた片割れにキレ始めた。完全に八つ当たりじゃん。そう思ったのは私だけでないようで、片割れの隣で食べ物をいっぱい持った宮治も嫌そうに顔を歪めている。というかそれ、持ちすぎでは?
 そんな私たちのやりとりをきょとんと見ていた同級生たちは、次第にからかうような表情で「侑、なまえに覚えてもらえてないん?」「カワイソー」と口に手を当てて笑った。
 こうしてみると、宮侑も普通の男子高校生なんだなあ。彼女たちと宮侑の言い合いを聞きながら、未だに第一印象のインパクトが強く残っていたことをなんだか申し訳なく思った。そんな私がショックを受けている隣で、宮治はひたすら屋台で購入したのであろう食べ物に夢中だった。この兄弟、お互い結構マイペースなのだな、と第二の印象が生まれた瞬間だった。

「そういや、みょうじさんたち祭り来たんやな」

 ごっくん。そんな大きな音が聞こえてきそうなくらいに喉を鳴らして、宮治はそう言った。「練習が早く終わったから」と返せば、彼は気怠げな瞳で「ほーん」と頷いた。バレー部も来たんだね、と返そうとしたところで、あれと首を傾げる。いつもならここに角名くんがいるのに、今日はいない。

「バレー部は二人だけ?角名くんは?」
「行かん言うて部屋におる」
「え、そうなの?」

 角名くんとは、自販機で会って以降会っていない。連絡先を交換したとはいえ、自販機に行くだけで呼び出すのは申し訳ないと思ったからだ。「そっかあ」と素直に会えないことを残念がっていると、宮治はなぜかきょとんとした顔でこちらを見つめていた。

「てっきり、みょうじさんに振られたんやと思ってたわ」
「え!?」

 どうやらここ数日、角名くんは事あるごとにスマホをチラチラと確認していたらしい。もしかして、私からの連絡を待っていたりしたのだろうか。なんだか申し訳ないな、と思っていると、宮治は「ちょっと待ってな」と食べ終わった棒を宮侑に押しつけ、「なんっやねん!やめろやサム!」とキレる片割れを気にせずスマホをいじり始める。

「ほい」
「えっ!?」

 突然投げられたスマホを慌ててキャッチすると、画面には「角名」の文字。スマホからは微かにコール音が流れていて、繋がっていることは容易に分かった。なんで急に。慌てて耳に押し当てると、宮治はなんてことない顔でフランクフルトを口に入れている。どれだけ食べるの。

『もしもし、治?』
「っあ、あの…こんばんは。みょうじ、です」

 繋がったスマホからは、驚いたように「え!?」と声を荒げる角名くんの声が聞こえた。
 
『なんで…』
「あ、えっと、今お祭りの会場で宮くんたちと会って。角名くん来てないの?って聞いたら、スマホ渡されて…」

 しどろもどろに説明をすると、角名くんは納得がいったのかスマホ越しに「治…」と呆れたような声を出している。疲れているから来てないのだろうに、申し訳ない。

「なんか、疲れてるのにごめんね」
『…いや、まあ確かに疲れてはいるけど…』
「あ、だ、だよね。ごめん…」
『てかみょうじ、祭り行かないって言ってなかった?』
「そのつもりだったんだけど、昨日急遽顧問からOKが出てね。みんなで来てるの」
『そう…』

 なんとなく気まずい沈黙が流れて、私は慌てて宮治へと視線を向ける。彼は私をチラリと見ると、気にせずチョコバナナを食べ始めた。チョコバナナよりこの電話をどうにかしてください!思わず彼の袖をきゅっと引っ張れば、彼は驚いたようにこちらを見てから、はあとため息を吐いて「さ、そ、え」と口を動かした。誘え!?祭りにってこと!?

『もしもし?みょうじ?』
「あ、ごめん!聞こえてるよ!」

 私から誘われても角名くん来ないんじゃないかなあ。ぐ、と言葉に詰まっていると、いつの間にか宮侑までもニヤニヤとこちらを見て笑っている。ええい、ままよ。このまま視線が集まっているよりは全然マシだ。

「す、角名くん」
『なに?』
「もしよければ、お祭り、一緒に回りませんか!」

 思ったよりも声が大きくなっていたらしい。赤くなる顔に知らんぷりをしていたら、宮侑と同級生のほうから「おおー」と控えめな声と拍手の音がした。
 電話越しの沈黙が辛い。いっそ穴があったら入りたい、と現実逃避をしていると、電話越しにふっと吹き出す声がした。

『うん、いいよ。神社行けばいい?』
「えっ?あ、うん…」

 分かった、と言った角名くんは、『治に変わってくれる?』と言ったので、スマホをおずおずと宮治へと返す。今度はスマホを受け取った彼も、角名くんと2、3言言葉を返すと、スマホをジャージのポケットへと仕舞い込んだ。

「じゃあ、俺ら行くわ」
「いや待て待て待て待て」

 じゃっ、と片手を挙げた双子に、私は待ったをかける。止められた二人は、なぜ止められたのかわからないといった顔で「はあ?」と首を傾げている。

「角名くん待つんでしょ?どこ行くの?」
「は?俺ら角名のこと待つなんて言うてへん」
「…へ?」
「角名んことよろしくな〜」

 そう言って、今度こそヒラヒラと手を振って去っていった双子に呆然としていると、自分の周りがやけに静かなことに気がついた。気づけば同級生二人もどこかへ消えている。
 え、つまり、私一人で角名くんを迎えに行くってこと…?そんな私の呟きは、祭りの喧騒の中に消えていった。

20230329



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